第二十四話 冒険商人ベルハルト
夕闇の迫る街に戻り、冒険者ギルドの前にまで行くと、徴税官のアルマーニさんが駆け寄ってきた。
「ロルフ君! 帰ってくるのを待っていたよ!」
「アルマーニさん、どうかしましたか?」
「いや、実は昨日物納してもらった薬草を買い取ってくれた人が、仕入れ先を知りたいと言われてね。私も何度も断ったのだが、高値で薬草を引き取ってくれた手前、断り切れず紹介することになってしまったのだ」
伝説品質の薬草がもう売れたのか。
アルマーニさんは鑑定スキル持ちだから、伝説品質の価値を知っているだろうし、相当な高値を言われない限り手放さないと思ってたけど。
「紹介ですか……」
再生スキルの力で手に入れた薬草なんで、色々と聞かれるとスキルの話をしなくちゃならないけど。
よく考えたら、とんでもなく便利で万能性を持つスキルの可能性もあるんで、下手な人に教えると僕だけでなくエルサさんも巻き込んじゃうからなぁ。
アルマーニさんが僕たちを紹介したいと連れてきた人物に一抹の不安を感じていた。
「ああ、でも安心してくれたまえ。紹介する方の素性は、私が保証させてもらう。なにせ、冒険商人として大陸各地に名を知られた有名冒険者の方だから。ロルフ君も名前くらいは聞いたことがある御方だと思う」
冒険商人と言われる有名冒険者……。
って、もしかして『赤眼のベルハルト』さんかな? まさか、あんな有名な冒険者がアグドラファンの街に来てるわけが。
自分の中に思い浮かんだ名前を即座に打ち消した。
「あ、ベルハルト殿! ヴァネッサ殿、こちらの方たちが例の薬草を仕入れさせてもらった人たちです。男性の方がロルフ君、女性の方はエルサさんという名前になります」
アルマーニさんが、冒険者ギルドの入口から出てきた露出度の高い服を着た女性の魔術師に向かい、僕たちを紹介していた。
「あらー、あんな凄い品質の薬草を見つけてくる冒険者だから、たいそういかつい冒険者なのかと思ってたけど、まだあどけない子供と若い女の子じゃないの!」
青く長い髪をした女性魔術師は、澄んだ空のような青い瞳で、こちらを値踏みするように眺めてきた。
ヴァネッサさんって、もしかして赤眼のベルハルトさんの相棒と言われる『青の大魔術師』ヴァネッサさん!?
もしかしてアルマーニさんの言ってたことは本当だったのか!?
ヴァネッサさんがいるとして、ベルハルトさんの姿が見えないけど……。
憧れの有名冒険者に会えると知り、ウキウキとした気持ちで周囲を見回してみたが、相棒のベルハルトさんの姿が見えなかった。
「ちょっと、リズィー! 吠えちゃダメよ」
街に帰るまでの道中、エルサさんがすでに魔狼の名前をリズィーと決めており、飼う気満々の様子を見せている。
そのリズィーが、僕の足元に向かって吠えていた。
視線を足元に向けると、そこには僕の腰までの身長しかない兎人族の男性が立っているのがみえた。
「すまないな。私は兎人族で人族のように大きく成長できないのでね。視界に入れなかったようだな」
黒い革のロングコートを羽織り、革鎧を着け、トレードマークである左目に眼帯をはめ、兎人族の男性が、僕を見上げる格好で話しかけてきていた。
兎人族なんてほとんど見かけない希少な種族だし、それに左目の眼帯。
本物の『赤眼のベルハルト』さんだ!
「す、すみません!」
「いや、気にしないでくれ。よくあることだ。それよりも、君たちがこの薬草を手に入れたというのは本当かね?」
赤眼のベルハルトさんが、例の伝説品質の薬草を取り出してきて、入手した経緯を訊ねてきた。
「ええ、まぁ。運よく見つけられて――」
エルサさんには帰りの道中で、ものすごい力を持つ再生スキルのことは、あまり人に喋らない方がいいと意見の一致を得ていたので、色々と問われても誤魔化すことにしていた。
「運よくこの品質を何個も?」
「ええ、すごく密生してて。採取してみたら、その品質だったんですよ。本当にびっくりしました」
「ほぅ、密生か……」
僕の返答を聞いたベルハルトさんの赤い眼がきらりと光った気がした。
う、疑われてる!?
再生スキルで、再構成に挑戦して品質を上げました、なんて言っても信じてもらえないだろうし。
ベルハルトさんから、疑いの視線に曝されたことで、背中から冷たい汗が流れ落ちていく。
「この品質になるためには、周囲の栄養を全て吸い尽くしてる可能性が高いはずなのだが。それが密生していたとなると、その土地の栄養が過剰にあったということか」
手にしている薬草を眺め、頷いているベルンハルトさんの姿に心臓がドキドキと音を立てていた。
伝説品質の薬草が生えてる場所って、そんな感じなの!?
知らないから密生してるなんて言っちゃったよ!
「でも、ベルちゃん。その子たちが、どこからか盗んだ物ってわけでもなさそうよー。どう見ても駆け出し冒険者だしねー」
ベルハルトさんの相棒である『青の大魔術師』ヴァネッサさんが、微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「たしかにヴァネッサの言う通り、盗品というわけではなさそうだ。アグドラファンの街の近郊に栄養豊富な薬草の自生地があるということか。これだけの品質の物が密生して自生してるとなると、調べておいて損はない。ロルフ君と言ったな。できれば、これを採取した場所に連れて行って欲しいのだが。もちろん、依頼料は相応の物をキチンとお支払いするつもりだ」
「え、ええ? 採取した場所ですか!?」
マズい流れになってきた。
伝説品質の薬草が密生してる場所なんてないよ! アレは僕とエルサさんの再生スキルの力で作り出した物だし。
話がややこしい方へ流れそうな気配を感じたので、丁重に断ることにした。
「せっかくの申し出ですが、場所を教えることは――」
「依頼料は三〇〇万ガルドほどでどうだろうか? いや、五〇〇万までなら即金で出すが」
ベルハルトさんは、いつの間にか懐から取り出した算盤を弾き、依頼料を目の前に提示してきた。
五〇〇万ガルドを即金で!? って、そういうことじゃない。
お金の話じゃないんだった。
「ベルハルトさんって言いましたね。ロルフ君が困っているんでお引き取り頂けます?」
話を見守っていたエルサさんが、僕の前に出るとベルハルトさんの算盤を押し返していた。
「んー、そうくるか。たしかに伝説品質の薬草密生地となると利益ははかり知れない。分かった!
七〇〇万ガルドまで出す。即金は厳しいが、冒険者ギルドに送金してもらうという形でどうだろうか? そう悪い話でもないと思うが」
「あの品質を売り捌くのは、伝手がないと厳しいからねー」
そういう話じゃないんだよな……。
ベルハルトさんたちの対処に困っていたら、背後から声がかかった。
「ベルハルト殿、ヴァネッサ殿! こんなところにおられたのですか! そんな下っ端冒険者のことなんか放っておいて、我が家の晩餐に参加してくだされ。お二方の名は大陸中に鳴り響いておりますので、今夜は武勇伝をお聞かせ願いたい。アルマーニ、すぐにお二人を屋敷にお連れするのだ!」
声の主は貴族冒険者であるフィガロさんだった。
それまで大人しくなっていたリズィーが、猛烈な勢いでフィガロさんに向かい吠えたてる。
「ロルフ君、その犬ころは君のかね? ちゃんとしつけをするべきだと思うが!」
リズィーに吠えたてられたフィガロさんは、若干怯んだ顔を見せていた。
「すみません。リズィー、吠えちゃダメだぞ。ほら、こっちにおいで」
フィガロさんに向かって吠えていたリズィーを抱え上げる。
「全く、これだから野良犬は困る。主人に似て使えない犬っころだ。ささ、こんな奴らは放っておいてどうぞ我が家へ」
「私はロルフ君と商談を――」
フィガロさんは僕たちを追い払う仕草をすると、算盤を持って迫っていたベルハルトさんと、ヴァネッサさんの手を強引に引っ張り、自らの屋敷に向かって連れて行ってくれた。
「ふぅ、危ない。危ない」
「たまにはあの人も役に立つことがあるのね」
さすがにベルハルトさんもヴァネッサさんも、地元の大貴族の嫡男であるフィガロさんの誘いを断ることはできなそうで、こちらをチラチラと見ながらも屋敷の方へ向かっていた。
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