第十三話 徴税官アルマーニ
薬草が二五〇万ガルド、毒消し四二〇万ガルド、合わせると六七〇万ガルドの資産価値か。
装備の売却代一〇万ガルドを加えて、オーガの角を含む素材の売却代をだいたい一〇万ガルドと見積もれば六九〇万ガルドくらいになるな。
これなら、きっと徴税で村が支払えなかった分に足りると思うけど。
「エルサさん、今でだいたい六九〇万ガルドくらいの資産価値になるけど、これで足りるかな?」
「たぶん、足りると思うけど……それでいいの? これってロルフ君の物だし」
「違いますよ。二人で作った物ですから、僕とエルサさんの物です。だから、気にしないでください」
「ロルフ君……ありがとう。見ず知らずのあたしのために頑張ってくれて……本当にありがとうね。この恩は絶対に一生かけて返すから」
僕の手を取ったエルサさんの眼から、涙が溢れて伝い落ちていた。
「恩を返すなんて言わないでください。僕にはエルサさんが必要なんですから! ずっと一緒にいて欲しい」
「あたしが……必要? この、あたしが……ロルフ君とずっと一緒に……」
エルサさんが、ギュッと僕の手を握ると目の前に出てくる。
「あ、あのね、あたしの話を笑わないで聞いてくれる?」
「ど、どうしたんですか? 改まって急に……。エルサさんの話を笑うなんてことしませんよ」
出会った時から綺麗なお姉さんだと思っているが、照れている姿はとても可愛らしく感じてしまう。
「あ、あたし! 今までこのスキルのせいで、手袋してても人に触れるのが怖かったんだけど、ロルフ君なら間違って触れても消えることないし……。そ、それに顔も性格も……あたしの……その……」
エルサさんの声が小さくなって聞き取れないでいた。
「え? なんです?」
「だ、だからぁっ! ロルフ君のことを大好きになっていいですかって聞きたいのー!」
突然、愛の告白をしてきたエルサさんが、自分の胸に僕を抱きしめていた。
顔一面が柔らかい感触に包まれ、彼女の甘い体臭が鼻の奥にまで浸透する。
あ、これダメなやつだ……。絶対に僕がエルサさんにメロメロになるやつだろ……コレ。
街ではみんなから『ゴミ拾い』のロルフと馬鹿にされてる僕に、『好きになっていいですか』って聞いてくれる美人のお姉さんがいるなんて……。
これって夢ってやつかな……。
心地よい感触とエルサさんの愛の告白で、僕は完全に舞い上がってしまった。
「あ、あの。こんな僕で良ければ……」
「ロルフ君……ほんとに、ほんと?」
「はい!」
エルサさんが強く抱きしめてきたため、大きな胸が一段と僕の顔を圧迫してきた。
「一生ついて行くからね! ロルフ君」
えっと、それって……。
つまり、結婚も視野にという意味です?
こちらの動揺を悟られないように、エルサさんの最後の言葉が聞えなかったフリをして、話題を変えることにした。
「エ、エルサさん。日も暮れてきたし、いったん街に戻りましょう。オーガの落とした素材とか魔結晶を換金すれば当座の資金には困らないだろうし」
急いでエルサさんから身体を離すと、真っ赤になった自分の顔を見られないように彼女の手を引いて荷物を隠した場所に戻る。
隠していた荷物を取り出していると、背後から声が聞えてきた。
「た、助けてくれ……頼む。オーガとゴブリンに襲われたのだ。はぁはぁ」
声の主は身なりの整った老齢の男性だった。
かなりの距離を走ってきたようで、老齢の男性は肩で息を吐いて喘いでいた。
男性の姿を見たエルサさんが、僕の袖を引いて耳打ちしてくる。
『ロルフ君、この人、フォルツェン家の徴税官の一人でアルマーニさんって言うの』
オーガに襲われて逃げ出した徴税官の一人か。
護衛の冒険者たちに見捨てられ、一生懸命に逃げてきたんだろうな。
目の前の男性がフォルツェン家の徴税官と分かると、彼を安心させることにした。
「そのオーガならもうすでに倒しましたよ。ゴブリンたちも一緒に。ほらコレ」
ゴブリンの骨やオーガの角を、アルマーニさんに見せる。
彼は信じられないと言いたげにこちらを見ていたが、手にしている素材を見て納得したように頷いていた。
「君みたいな若くて小さな子が討伐してしまうとは……。はっ! そうだ! 討伐されたのなら、急がねば! 見たところ冒険者のようだが、依頼をさせてもらっていいだろうか?」
アルマーニさんは何かを思い出したようで、荒い息のまま僕の身体を両手でがっしりと掴んでいた。
「依頼ですか?」
「ああ、そうだ! 荷馬車を取りに戻りたいのだ! 討伐されたということは、まだやつらに確保されたわけではなさそうだしな。できれば、取り戻してアグドラファンの街まで持っていきたいのだ。報酬は弾ませてもらう。どうだろうか?」
アルマーニさんは、仕事に一生懸命な徴税官のようで、放棄して置いてきた荷馬車を回収したいと、僕に依頼をしてきていた。
アルマーニさんを手助けして、献上奴隷にされてるエルサさんのことを解放してくれるように彼に頼もう。
足らなかった分は、薬草と毒消し草を物納する形で立て替えられるだろうし。
チラリと隣のエルサさんに視線を送ると、『受けてもいいよ』と言いたげに頷いてくれていた。
「緊急の依頼なので、こちらからも受けるに当たって一つ条件を付けさせてください」
「よ、よかろう」
「では、彼女のことを解放して欲しいのですが、可能でしょうか? 足らなかった分の徴税額相当の物を立て替えさせてもらうつもりでいます」
アルマーニの視線が、僕の隣に立っていたエルサさんに注がれていく。
「おや、君はたしかドラゴ村から徴税の足りない分で献上された子でしたな。服が綺麗になっていて気付きませんでしたぞ」
「道中は色々と気を遣ってくださりありがとうございました。快適とは言えませんでしたが、不快ではありませんでした」
「いえ、私の任務は無事に徴税を終わらせることですので、当たり前のことをしていただけですよ。彼女を奴隷から解放するのが引き受ける条件ですか……。相当額の物を納品してもらえるなら、私の権限でやれますから問題ありません。たしかドラコ村の足りない額は――三〇〇万ガルドほどだったはず」
十分に薬草と毒消し草で物納できる金額だった。
物を売り買いするみたいにエルサさんを扱いたくないけど、献上される奴隷にされてしまっている以上、領主と揉め事にせずに彼女の権利を取り返すにはお金を渡し、革の首輪を外すしかなかった。
「では、こちらの毒消し草を五つほど納品させてもらう形でいいでしょうか。一つ六〇万ガルドになります」
「はっ!? 一個六〇万ガルドですと!? そんな毒消し草があるわけ――」
アルマーニさんは懐のポケットから出した眼鏡で、手にした毒消し草を舐めるように見ていく。
見ているうちに顔色がドンドンと変わっていた。
どうやら徴税官の彼は鑑定スキル持ちのようだ。
「この品質!? たしかに六〇万ガルドでも安いくらいですな。この毒消し草五個を物納して頂けるなら彼女を解放するのは問題ありません。探知の魔法を仕込んだ首輪はすぐに外しましょう」
アルマーニさんは毒消し草を五つ受け取ると、エルサさんの首に巻かれた首輪を外してくれた。
「ロルフ君、取れたよ。取れた。これでずっと一緒だね!」
首輪が外れたことに喜びを爆発させたエルサさんが、僕に抱き付いてきていた。
「エ、エルサさん! アルマーニさんが見てますし!」
「若いというのはいいですなぁー」
眼鏡を外し懐にしまったアルマーニさんが、こちらを見てニコリと笑っていた。
「ひ、日も暮れてくるし、すぐに荷馬車を取りに行きましょう!」
「では、案内させてもらおう」
その後、僕たちは森の奥に放棄された荷馬車を発見し、散乱していた荷物を積み込み直すと、アルマーニさんの運転でアグドラファンの街に戻ることにした。
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