さくらの想い 社会人

   社会人


社会人、三年目、二十五歳。私は中堅企業の広告代理店の企画部に属していた。毎日仕事に追われていたが、土日祝日、休日は休みを謳歌出来ていた。


 社会人になってから、私は春楓以外の人と付き合った経験がある。でも、長くは続かなかった。相手の男性から言われた言葉が、私の胸に突き刺さりそうになる。


「君の中には、僕以外の誰かがいるんだろ?」


 そう言って、その人は別れを切り出してきた。当初思っていたよりも、私はその別れをあっさり受け入れられていた。私の中には、別の誰かがいる……。


(春楓がいる……)


 私は、その事実と、五年置きに春楓と会う約束。それが今年である事に、不安と、淡い期待を寄せていた。同じ大学を出た牡丹とは交流があるけれど、春楓とは、久しぶりになる。




 四月五日が近づいてきた、そんなある日の夜。私のスマホにLINEの着信が入った。見ると、春楓からのLINEだった。私はベッドから飛び起きて、スマホに噛り付いた。




春楓 さくら、五年置き四月五日に会う約束の年、今年だよね




さくら うん、春楓!




春楓 今年も会えないかい?




さくら 大丈夫!会えるわ!




春楓 伝えたい事があるんだ。さくらに、ぜひ




さくら 分かったわ




春楓 じゃあ、四月五日、午後二時に会おう




さくら うん




 そのLINEを見て、私は思い出していた。今年、春楓が私に伝えたい事。……期待していいのだろうか?私は春楓に想いを募らせる。




 四月五日、当日。私は街の公園へと歩みを進めている所だった。その年は桜が咲くのが早く、早いところではもう散り際の桜もある。街の公園で桜が咲いている事を祈りながら、春楓に想いを募らせながら、街の公園へと歩む。


 私は街の公園に着いたが、春楓はまだ来ていないようだった。スマホの時計を見ると午後二時前だった。


 その年、街の公園の桜も散り際の桜吹雪が舞っていた。私は桜の花びらが舞う中春楓を待っていた。今年こそは、春楓に振り向いてもらう。私はそう誓い、唇をぎゅっと噛んだ。


 そして午後二時頃、春楓がやって来た。


 楓と共に……。


(――楓……!)


 私はそうか、やっぱり春楓は楓と付き合っているんだ。と思うと涙が溢れてきた。そして、泣きじゃくる様に、春楓の名を呼んだ。


「春楓、春楓!ふぁ~ん!春楓!」


 私は春の日差しの中一人、春楓の名を呼んで泣き叫んだ。


その時、私の名を呼ぶ、何かが私を待っていた。


「さくらちゃん、さくらちゃん」


 私は「ふぁ」と返事にならない返事をした。見ると、あんなに舞っていた桜吹雪が空で止まっていて、公園の人々も止まり、縄跳びをしている子供達が空中で止まっている。


 私が訳も分からずしていると、また私の名を呼ぶ何かがそこにいた。


「さくらちゃん」


 見ると、そこには、白くて可愛らしいぬいぐるみの様な存在が街の公園の一番大きな桜から飛び出してきた。


「さくらちゃん」


 私の名を呼ぶその白いぬいぐるみの様な存在は、私の周りを飛んでいた。


「何!?あなた何者!?」


 その白いぬいぐるみの様な何かは、こう答えてきた。


「僕は、キュリオネール。桜の妖精だよ!」


「キュリオネール!?桜の妖精!?」


「そう、桜の妖精!さくらちゃん、すごく、久しぶり!」


 その時、私は記憶の海に自分の思い出を重ねていた。そう、あれは今から二十年前。春楓と一緒に、街の公園の桜にお願い事をしに行った時。




その時、私は街の公園の一番大きな桜の木に何かが居るのを見つけたの。


「あ、あれは!」


 私は大きな声を上げる。


「さくらのようせいさん!」


 街の公園の一番大きな桜の木に、白くて可愛いぬいぐるみみたいな妖精さんが居たの。私は妖精さんに話しかける。


「ようせいさん、ねがいごと、きっとかなえてね!」


 妖精さんはにっこり笑うと、大きな桜の木の向こう側に行っちゃったの。




 そう、そうだ。あれだ。今、目の前に居るのは……。


「桜の妖精さん!」


「そう、そうだよ!桜の妖精のキュリオネール!さくらちゃん、思い出してくれたんだね!」


「……!?」


 今目の前に居るのは桜の妖精……。


「この時が止まった様になっているのもあなたがやったの?」


「うん、そうだよ」


 公園の外で、自転車に乗った人が見事に二輪で縦に止まっている。公園の小鳥達が、空中で羽根を広げて止まっている……。


「桜の妖精、ね。この状況では、そう信じるしかないようね……でも、何で?」


「さくらちゃんがあんまりにも悲しそうにしてるから、僕、出てきちゃった」


 そう言う桜の妖精だけが、私、さくらと共にこの世界で動いていた。公園の入り口に居る春楓や楓も止まっている。桜の妖精の後ろにある桜の木は、ピンク色に、この世界に彩りを添えていた。


「それで、桜の妖精さん、時を止めて、私と何がしたいの?」


「さくらちゃん、悲しいんだよね?」


 私の問いに、桜の妖精さんは質問で返してきた。そしてまた、こう言った。


「さくらちゃんの時を戻してあげようか?」


 その言葉に、私は一瞬「えっ」と唸った。――時を戻す……。時を止めているこの妖精さんなら、出来るかもしれない。


「時を戻す……ね、……出来るの?」


 私の問いに、桜の妖精さんは「出来るよ!」と即答した。時を戻す……。そうしたら、もしかしたら、春楓に振り向いてもらえるかもしれない。


「でも、時を戻すって、具体的にどうやるの?」


「僕は、桜の妖精だから、桜の時期に、何回か時を戻せるんだ」


「――桜の時期、ね」


 私はちょっと考えてから、桜の妖精さん、キュリオネールに向かって話し出した。


「桜の妖精さん、じゃあ、私が十歳、小学生の時と、十五歳、中学生の時と、十八歳、高校生の時と、二十歳、大学生の時に、時を戻せるかしら?」


「うん、分かった!大丈夫!」


 桜の妖精さんはそう言うと「準備はいい?」と聞いてきたので、思わず私は「うん」と答えた。桜の妖精さんは魔法の様な呪文を唱えた。


「ラジカル、ラルカル、ラリルルルルルルル!さくらちゃんが小学生の時に、レッツゴー!」


 桜の妖精さんがそう唱えると、記憶と時間の海が、私に押し寄せてきた。私は時を巡る波の中、桜の妖精さんに誘われ、自身の過去へと、旅立っていった。


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