#5ふたりの仲


 「あなたのご先祖は立派なことをしたんですね」


 しばらくディキンソン卿とセラフィーヌは談笑を楽しんだ。そして、会話が一区切りしたところで、セラフィーヌが切り出す。


 「そろそろ昼食の時間ですわ。戻りません?」


 「えぇそうしましょう」と、ディキンソン卿。彼はエスコートのつもりで腕をセラフィーヌの方に差し出して言った。


 「昨夜夕食の時にも思いましたが、フィナデレカテドラルの料理人の腕は相当なものですね。おかげで昨日は本当に楽しめた」


 「うちの料理人はシンガーさんというんです。もともとキャティリィの子爵家に勤めていて、かなり昔にうちで働き始めたんですよ」


 この時セラフィーヌの心の中に何故かいたずら心のようなものが芽生えた。彼女はディキンソン卿をからかってみたくなったのだ。

 19歳の娘が、25歳の年上の男性をからかうなんておかしな話で、誰もそんなことをしようとは思わないが、それをするのがセラフィーヌである。


 「でも、残念ですね。シンガーさんの作る海老のスープは本当に美味しいんですよ。それからきゅうりが入った付け合わせも。付け合わせは、確か東洋風の調味料を使っているんだそうですわ」


 いたずらっけの瞳でセラフィーヌはディキンソン卿の横顔を見たが、ディキンソン卿は依然とニコニコしている。


 「そうなんですね。そんなに美味しいのなら、僕も是非一度味わいたいな」


 彼のその言葉を聞いて、セラフィーヌは自分の耳を疑った。


 「え?」


 つい口から言葉が漏れる。


 「どうかしましたか?」


 この瞬間にセラフィーヌはディキンソン卿に対して、海老ときゅうりのについて聞いてみたかったが、もし聞いてしまったら、先ほどのいたずら心がバレてしまうので、容易に聞けない。聞いてはいけない気がした。


 “どうして?ディキンソン卿は海老ときゅうりが苦手なんでしょ?何故かしら。本当は苦手なんだけれど、わざと関心のあるふりをしているのかしら?だけど、お父様に手紙で知らせた人だもの。わたしの前だとしても言うわよね。”


 セラフィーヌは違和感を感じて、考え込んでしまった。すると、話の流れからかディキンソン卿がいきなり話を違う方向に持っていった。


 「実は兄が海老のアレルギーを持っていて、義姉がきゅうりを好まないんですよ。だからきっと、我が家にシンガーさんがきても、私たち家族はその美味しい料理を食べれませんね」


 一瞬耳を疑ったが、その言葉を聞いたおかげで、セラフィーヌはなんだかしっくりきてしまった。

 父が言っていたのはきっとディキンソン卿の兄のことだ。確かに彼の兄は元ディキンソン卿だけれども、その話が巡り巡ってディキンソン卿=海老アレルギーという認識になってしまったようだった。


 「海老、お好きですか?」


 おずおずとセラフィーヌがディキンソン卿に聞くと、ディキンソン卿は笑顔で答えた。


 「えぇ好きですよ」


 その時セラフィーヌが心の中で、“つまらないの…”と思ったことは、その時の彼女の秘密である。

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