#5 夕食の席で

 海老の風味のスープの番になって、ケイトは上品に口の端をあげた。

 しかしその雰囲気を壊すように、ひとりセラフィーヌの声が際立った。


 「なんですって?ディキンソン卿が来週お見えになるの?」


 気配を消していなければならない、執事ドリーの眉が小刻みに揺れる。給仕をしていた下僕の手の上の銀食器が耳に痛い音を鳴らした。


 「セラフィーヌ、わたしはディキンソン卿を招待するつもりだと数日前に言ったはずだ。何を驚くことがある?」


 侯爵は正面に座る娘に対して柔らかな口調で対応した。


 「だとしても、来週なんて突然すぎるわ」


 セラフィーヌが、スープをすくっていたスプーンを静かに置いて父の顔を見るが、父は食べることに集中しているように見せかけている。


 「良いと思うわ。ディキンソン卿はお友達が多いと聞いたことがあるの。きっとこちらの方にお友達がいらっしゃるのね」


 姉と父のふたりの空間に入って、ウィレミナが言うと、セラフィーヌは猫のように目を細めて、


 「違うわ、ミナ。そういう話をしているんじゃないの」


と言って、ふたたびスープに手をつけた。


 そこで、


 「だから、ケイト。シンガーさんに海老ときゅうりを使わないようにと伝えておいてくれ」


 すかさずヒューはケイトに対して言った。顔をあげている。

 ケイトはちょうど口にした海老の風味のスープに残念な視線を向けていた。


 「どうして?ディキンソン卿は海老ときゅうりと仲が悪いのかしら?」


 いたずらっけのある口調でセラフィーヌが言うと、ケイトがそれを制した。


 「セラフィーヌ…」


 しかし、セラフィーヌはお構いなしに続けた。


 「わたしは好きよ。海老ときゅうり。特に海老がね。ドリー、シンガーさんに伝えて。このスープ、とても美味しいわ。それから、前に夕食でいただいた海老の香味のオイルソテーは本当に美味だったわ。また食べたいわね」


 セラフィーヌが一気に言うと、彫像のように動かなかったドリーが頭だけをセラフィーヌに向けて会釈をした。

 その光景を見て、ケイトはため息をついた。


 「セラフィーヌ、ドリーが困るようなことはやめなさい」


 ケイトの顔は段々と困り眉になっていた。


 「そうだ、セラフィーヌ。最近ディキンソン卿はドライヴが趣味だそうだ。クロンプトン辺りをドライヴしたいらしい。お前が案内しなさい」


 再び侯爵が口を開く。


 「そんな!その日は…」


 セラフィーヌは唖然として、反論を試みた。しかし失敗に終わった。


 「婿探しとお前個人の予定を比べたら、婿探しの方が重要だ。仮に個人の予定を急がねばならないなら、今ここで言いなさい」


 侯爵は有無を言わせない口調で言い、その夕食の場はそれから闇のように静かになった。


 “海老のスープなんだから、静かに味わせてよ。”


 ケイトは内心そう思っていた。

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