#4 セラフィーヌ

 「おはよう。お父様」


 2階から1階にかけての階段の上で、寝室からちょうど出てきた父に声をかける。

 数年前に侯爵位を継いで、正式なフィナデレ・カテドラルの当主となった父ヒュー・オルヴィスは、目の前に娘の姿を認めると、目尻を下げてニコニコとした。その笑顔の裏に、年々増す威厳があった。

 父の歩調に合わせて共に階段を降りながら、父ヒューはセラフィーヌに向かって優しげに話し始めた。


 「この間の舞踏会で、ディキンソン卿から求婚されたのか?」


 その問いに、セラフィーヌは考え込む雰囲気を醸し出して、戸惑いを隠そうとした。


 「んんー。その、そうね。求婚はされていないわ。でも、いつかフィナデレ・カテドラルに訪れたいとおっしゃっていたわ」


 話を逸らしたくて、セラフィーヌは言った。実の所、ディキンソン卿から求婚されそうになっていた。しかし、求婚の言葉を述べる前に、セラフィーヌが話題を変えてしまったのだ。

 直球すぎる求婚じゃなくてホッとしたわ、とセラフィーヌは思っていたが、もしこの心中と求婚されそうになっていたという事実を両親が知ったら、かなり機嫌が悪くなる、とも思っていた。


 「それなら…」


 セラフィーヌの問いに侯爵はとある提案をした。


 「来月の春祭りの晩餐会に、ディキンソン卿を招待しよう。彼の家柄私たちよりも高く、首都郊外に屋敷を持っており、そこの領地はここよりも広い。賢いお前なら、最高のディキンソン卿夫人になれるよ。

 さぁ、朝食をいただこう。冷めた朝食を頂こうものなら、料理長のシンガーさんが、怒るから」


 「お父様?…」


 セラフィーヌは呆れ顔で継いだ。


 「求婚なんてされていないわ」


 しかし、セラフィーヌのその言葉に、侯爵はただ笑みを見せただけだった。



 

***



 

 領地を突っ切って、フィナデレ・カテドラルが見えてきた。

 ジョンが優しげにハンドルをきって、屋敷の目の前の丸い広場に車を丁度よく停めた。

 広場には、執事のドリー、家政婦長でジョンの母のアン・カーライル、それから二人のメイドが立っていた。

 執事のドリーは、ウィレミナの父ヒュー・オルヴィスの弟が生まれたその日に下僕として雇われた、侯爵より一回りほど歳が離れた男だった。ウィレミナにとって、大叔父のような存在である。

 家政婦長のカーライルは、ジョンと同じく亜麻色の髪を持った女性だった。


 「この日をお待ちしておりました。ウィレミナお嬢様」


 そう言いながらドリーは車の後部座席の扉を開けて、降りるウィレミナをエスコートした。

 そしてそこに、侯爵夫妻とセラフィーヌが屋敷から順々に現れた。


 「ミナ!よく帰ってきたね」


 そうウィレミナの愛称を呼んで、父が両手を広げている。

 ウィレミナはその腕の中に飛び込んだ。


 「ただいま。お父様!」

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