第22話 木村の過去

 夕食の時間となり、俺は校内の学食の入り口から手前の席に座る。この時間帯はカードゲーム部だけでなく、サッカー部、野球部、テニス部などの運動部の連中が集まるが、男子運動部の汗臭い匂いが俺は苦手で、飯の時間が若干辛い。学食で頼んだとんこつラーメンの麺をズズーと音をたてて食べる途中で俺の席の正面に座る人物。木村優希だ。


「やあ、川原君、調子はどうだい?僕は後1000人倒せば、このふざけた世界からお別れできそうだよ」


「なあ、俺は一つお前に聞きたいことがある。お前なんでそんなに変わったんだ?以前のお前はもっと面白い気のいいやつだったのに」


 さっきまで嫌味ったらしく笑っていた木村だが、この質問をしたとたん真剣な眼差しになる。


「僕はね、中学の時、いじめに遭っていたんだ」


「いじめだと?」


「そう、いじめだよ」







 3年前、天門中学のカードゲーム部は廃部間近だった。木村がカードゲーム部に訪れたときに残っていたのはたった2人。木村にとっては驚愕な現実だった。1つ前の年は部員が20人以上いた。木村はその噂を聞いて、千歳や詩織と一緒な中学に行かなかった。


「あん、お前、入部希望者か?」


「は、はい」


 その部員はまじめなカードゲーム部員とはかけ離れた、不良の2人。それでも2人いれば3人で大会に出れる理由から木村はカードゲーム部に入部した。今年の木村の同学年の生徒は木村とは別の小学校から不良と呼ばれる生徒がたくさん入学し、いじめも絶えなかった。木村もいじめの対象となり、毎日お金を取られ、パシリにもされた。それを見かねた木村の両親は学校の教師に訴えた。だが、それに対しての学校側の対応はいじめのアンケート。あなたはいじめにあっていますかの項目はよかったが、あなたはいじめをしましたか?これを不良たちが素直に答えるわけがない。アンケートが終わり、学校側はそれ以上対処はしなかった。むしろ、いじめられても行動を起こさない生徒が悪いという話をする教師もいれば、だからと言って、逆に行動を起こした生徒は余計なことをするなと怒られる始末。結局、木村にとっては最悪な結果となり、いじめもエスカレートした。木村はカードゲーム部にあるコネクターSPの試運転のため、バーチャル世界へと潜っていった。森林エリアを探索していた木村の懐からブブーという効果音が鳴る。それに気づいた木村は視界に映るコマンドからメールをタッチした。初めまして、木村優希さん。私はあなたの味方です。あなたが毎日いじめに遭っているのは知っています。復讐のお手伝いをしますよ。明日あなたの家に手紙を送ります。その内容を確認してください。


「これはいったい」


 なぞのメールの送り主は分からないが、このメールの送り主が木村の現状を知っているのは事実だ。木村は翌朝、家の郵便受けを見ると、そこにはカード1枚と手紙があった。


「呪魂の鳳凰陣?」


 聞いたことないカードだ。おそらく市販のパックには存在しないカードだ。手紙にはこれはただのバグカードではありません。うまく使ってください。としか書いてない。バグカードと言えば、バトルで負けた相手に精神的ダメージを与えるカードだ。ただ、普通の人間に使ったところで、効力はそこまでない。まだ兵器として未完成のカードだが、ネットでは高額で取引されている。木村はポケットにカードと手紙を入れる。


「よお、木村。今日俺たちカラオケ行くから5000円貸せや」


 またこのパターンだ。逆らうのも嫌だったため、木村はポケットに入れたはずのお金を取りだそうとするが、誤って手でつかんだのは、お金ではなく、呪魂の鳳凰陣だった。落としたカードを木村は拾い上げる。その瞬間だった。カードが激しく黒く光り出し、目の前の不良を包む。そして暗い霧からビリビリとした紫の電撃が走り出し、不良は大声で「ぐあーーーー!!!」と叫び出す。その悲鳴が3分くらい続き、その残酷な光景に終わりが来ると、その不良はその場に倒れた。


「くそーなんだこれは?おいお前ら、木村のやつをやっちまおうぜ」


 そして5人の不良は木村に襲い掛かるが、呪魂の鳳凰陣が再び、光だし、今度は5人の体を包み、電撃でなく、炎を発生させる。とてもソリッドビジョンとは思えないくらいの精神的ダメージ。倒れた不良たちの脈を木村は確認する。


「死んだわけでないのか」


 殺人にはならず、木村は一安心するが、それと同時に、この力を手にした脈動感がある。


「これがあれば、僕に逆らえるやつがいなくなる。ふふふ」


 未知の力による恐怖心はわずかにあったが、それは些細なことだ。木村はすぐにカードゲーム部の部室へと向かう。


「先輩、僕と一緒にバーチャルストラテジーシニアの部に参加しましょう」


「あん、木村のくせに偉そうだな」


「偉そうなのはあなたたちですよ。少し痛い目に遭ってもらいますか」


 そう言うと木村は呪魂の鳳凰陣を部員の前に出す。黒光りするカード、悪魔に憑りつかれたように笑う木村。苦しむ部員たち。この日から木村は学園の不良から崇められる存在になった。不良の中には木村のカードをこっそり奪おうとするやつもいたが、呪魂の鳳凰陣に触れた瞬間、体に激しい痛みが伴い、病院送りになったやつもいる。


「このカードを手にした僕は無敵ですよ。このカードで僕は日本一になってみせます」


 木村はデッキに呪魂の鳳凰陣を入れた。そして1つ気づいたことがあった。バーチャル世界ではバグカードと呼ばれるだけあって、最初の手札で必ず初期の手札に来るのだ。乱数の概念を無視した反則カード。試しにマリガンで呪魂の鳳凰陣をデッキに戻しても、必ず手札に来るのだ。バーチャルストラテジーでのPVPで敵に呪魂の鳳凰陣が必ず初期の手札に来ることを悟られない様に、なるべく対戦中に呪魂の鳳凰陣を表に出すのは避けた。バーチャル世界によるバグカードの使用は現実世界による影響より大きな差がある。木村は試しにNPC相手に対戦を申し込み、呪魂の鳳凰陣を使った結果、そのNPCは表示がぐちゃぐちゃになり、そして青い分子の塊がチリとなって消えた。


「それが、お前の過去か」


「そうさ、僕の邪魔をするやつは全員消してやる」


「いじめに遭ったのがつらいのは分かる。だが、だからと言って、関係ないやつを傷つける必要はあるのか!?」


「君、くだらないこときくね。そんなの知らないよ。僕はただ頂点に立つだけさ」


 今の木村には、俺の声は届かないのか。2500人目だ。電脳獣、水妖精、武神、悪戯魔女、夢幻、マキナ、光剣軍、神話、バトルプリンセス、ヒーロー、Gヒーロー、冒険者、ナイトメア、ファンタジア、天使、伝承妖精、家電戦士、顔文字、オーパーツ、ギア、VR、ヴァンプ、自然、スライム、天門、ロボ、今、テーマを組めるデッキはこれくらいだろう。海外ではカードゲームの技術が日本より進んでいて、日本より新弾の発売がはやい。例えば、ヘルナイトメア。このテーマはアメリカの企業、ユニバースが開発したカードだ。ナイトメアデッキの本質は手札を0枚にしてストレージから展開するものが多いが、ヘルナイトメアもそこは変わらない。だが、爆発力と火力、性能が桁違いに違うのだ。木村のヘルナイトメアデッキに勝つために、俺はネット経由でユニバースの情報を調べた。ヘル・ナイトメアのエースカードヘルナイトメアエンド、自分の手札が0枚の時、自分のストレージのナイトメアと名の付いたカード1枚につきパワー+1000するカードだ。ストレージにナイトメアが10枚あれば、パワーは10000になる。しかもカード効果では破壊できない。このモンスターを攻略しない限り、俺には勝機はない。仮に対策出来ても、呪魂の鳳凰陣がある。木村を止められるやつはこの世の中にいるのだろうか、などと俺は疑問に思った。

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