第19話 約束
「詩織、俺たち別れよう」
そのセリフを聞いた詩織は絶句する。当然だ。小学校時代、告白され、中学になったら付き合う約束までした仲だ。お互いの気持ちを伝え、俺自身も生涯をかけて一緒にいる覚悟を決めたはずだった。
「なんで、どうして別れないといけないの?私、悪いことしたなら謝るから」
「そういう問題じゃないんだ」
沈黙が場を支配する。
「俺が別れたい理由は詩織のことを嫌いになったからじゃない。俺はあいつに、木村にリベンジするために帝王高校へ行きたいんだ。あそこで自分を徹底的に鍛えて奴に勝ちたい」
「なら、私も帝王高校を進路にするから、お願い!一緒にいたいの!」「ダメだ、あそこは男子校だ。女の詩織は行くことが出来ないんだ」
俺は泣きそうな顔をする詩織を直で視線を逸らす。俺だって、詩織とは別れたくない気持ちは同じだ。ただ、このまま木村にリベンジしなければ、俺は絶対に後悔する。俺にとってもこれは苦渋の選択だった。
「でも、もしさ、全ての決着が済んだら、大学でまた会いたい。今度こそ、本当の恋人にならないか?」
「でも、3年なんて辛すぎるよ」
「気持ちは分かる。だけど、俺、今になって思うんだ。人生は挑戦することに価値がある。俺の父さんは最後の瞬間まであきらめず、戦い続けたんだ。」
俺の父はバーチャルストラテジーの全国大会で優勝し、そして命を落とした。残酷な結末だったが、今の俺はこう思う。あの時の父は最後の瞬間まで全力で戦った。この人生に一切悔いはないと。
「それが、千歳くんの覚悟なんだね」
少し間をおいて、俺は「ああ!」と言った。
「そうだよね、私のわがままで千歳君の人生の邪魔をしたら駄目だよね」
「ちょっと気分転換に外でないか?」
「うん、いいよ」と言って詩織はコクリと頷いた。
夕暮れの町を俺たちは歩く。バーチャルの派手な世界を旅した後だと、こっちの世界は一見地味に感じられるが、現実の世界も捨てたものじゃない。詩織の手のぬくもり、温かさ、鼓動、汗、それらはバーチャル世界では決して表現できない、この世界の宝物だ。
「ほら、あそこの本屋、前はコンビニがあった場所だったのに新築したんだな」
「こうしてみると懐かしいよね、私たちずっと寮にいたから気づかなかったね」
町は変わっていく、それと同時に俺たちも少しずつ大人になっていく。身長や体形、容姿だけでなく、精神や心も。
「帝王高校に行きたい理由はもう一つあるんだよ。それは奨学金制度だ」
「奨学金?」詩織は首を傾げ、それに対し、俺は口を開く。
「うちのじいちゃん、ばーちゃん、歳だからさ。高校の授業費は年金だけだと足りないみたいだから、奨学金制度に頼りたい。そして高校でバーチャルストラテジーのマスターの部で優勝すれば、俺はその賞金で大学に通うことができる。だから・・・」
俺はそれに続く言葉を発しようとするが、口が硬直して、思い通りに言葉がでない
「千歳くん・・・」
詩織はまじまじと見つめてくる。俺は勇気を出し、その言葉を口にする。
「大学になって再開できたら、俺と結婚してほしい!」
はあ、はあ、と余りの緊張感故に呼吸が荒くなるが、そんな俺を詩織が優しく抱きしめる。
「うん、待ってる。だから千歳くんは自分の挑戦を最後まであきらめないで」
俺は自然と涙が流れた。それは悲しみと喜びの両方の感情が溢れそうになったからだ。愛しい彼女との別れ。この瞬間が一生続いてほしいと願いたいくらい、この時間が愛しい。
「だが、もし詩織が高校行って、仮に別の男を好きになったら、その時は自分の感情を大事にしてほしい。詩織の気持ちを一番大事にしたいんだ」
「そんなことあるわけないじゃん!」と言って詩織は俺の頬に思いっきり平手打ちする。正直かなり効いた。
「そんなこと絶対ない!」
「痛てて、仮だって仮。俺はお前を縛りたくないだけだよ」
「ばか!」
この様子だと大学が終わっても一生待っていそうで逆に心配になる。余計に俺の決断に責任とプレッシャーがかかるわけだが、逆にこれくらい強い意志がないと、夢は叶わないだろう。
「将来、詩織を幸せにすることを約束するよ。だから楽しみに待ってろよ。後、大学一緒のところに行くなら文通でもするか?」
「いいね!私、毎日手紙書くから!」
「毎日は勘弁してくれよ」
俺はおかしくなって微笑する。今思えば、詩織とは長い付き合いだ。小学4年の時、彼女は同じクラスの女子グループからいじめを受けて1か月引きこもり状態が続いた。その時は同じ兄弟の兄の亮と姉の唯が度々様子を見ていたようだが、それでも学校には通えなかった。俺が詩織の家に来たときは、詩織の落胆ぶりは酷かったが、バーチャルストラテジーを通じて、お互いを分かりあえた。
「千歳くん、さよならのキスする?」
「それは次に再開にした時にとっておこうぜ、今したら、分かれるのがつらくなる」
「ご、ごめんなさい」
「いいんだよ」
俺は詩織の背中をポンポンと叩き、優しく頭を撫でる。
「もう、私子供じゃないよ」
「お前まだガキだろ。大人を名乗るのはまだ5年早いな」
「私、5年経ったら、千歳君をムラムラされるくらい魅力ある大人になるんだから!」
「ムラムラなんて表現使ってる時点で前途多難だな」
俺たちは顔を合わせそして笑いあう。高校生が一番の成長期になるというが、詩織はどんな姿へと変貌するだろう。そして俺はこの挑戦の先に何が待って、そして何を得られるだろうか。
「千歳くんは将来どんな家に住みたい?」
「唐突だな、まだ始まったばかりなのに」
「いいからいいから」と詩織が急かすので、少し考えた後、返事をする。
「そうだな、貧乏な家に暮らしていたから、将来は欲言えば豪邸に住みたいな。メイドとか執事とか雇って、のんびりと暮らしてみたいよ」
「ふふふ」と詩織は口を手で隠して笑う。そんな変なこと言ったかな?と思ったが、よくよく考えると、中学生で豪邸に住みたいは珍回答だと気づく。
「いいだろ、夢は大きく持った方が面白いだろ。叶えるか叶えたいかではなくて、やるかやらないかだろ」
「ふふふ、そうだね」
さっきまで町を照らしていた太陽が境界線から沈み、視界が暗くなる。腕時計で時間がすでに6時を過ぎており、寮の夕食の時間になっていた。
「もう、こんな時間だね。楽しい時間はすぐ過ぎるよね」
「そうだな」
俺たちはもうすぐで卒業が待っている。そして俺は帝王高校に行く。俺の人生の一番の修羅場は高校時代になるだろう。打倒!木村。そして、バーチャルストラテジーマスター部門の優勝。マスターはシニアの部とは違い、一般の社会人も出場する、大規模な大会であり、かつて高校生でマスターの部で優勝した人物は1人。そう、それは俺の父良平だ。父はあまり強さ故にプロになってからはいろんなデッキでお客さんを楽しませるエンターテイナーとして、ゲームをプレイしていたが、本来の父の強さをじーちゃんから聞いたときは驚愕した。俺は父を尊敬している。そして俺は父がいていた夢を見てみたい。今度は自分だけの力で。だからこそ、帝王高校で自分を極限まで鍛えて、優勝したい。それが俺の今の夢だ。それを成し遂げなければ、詩織と合わせる顔がない。俺はあきらめない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます