第16話 初デート

 バーチャルストラテジーのコネクターが発売されてから4年経った。旧式のコネクターでは、バーチャル世界のクオリティーが低く、完璧な仮想世界とその感覚を実現するのが不可能だった。コネクターSPはその課題をクリアし、より高クオリテイーな風や日光、室温、そのすべてを現実の世界とリンクし、空間の設定をいじれば、現在が夏でも、冬の景色を再現できるなど、あらゆるコンピューターゲームより時代の最先端を行くシステムを現実化した。コネクターSPはモンスターのソリットビジョンを作り出すだけでなく、モンスターのボイス、オブジェクトの効果音、そして魔法カードのさらに派手になった演出。何もかのが進化したコンソールとなった。1台の値段が25000円で3人合わせれば7万を超えるが、部費の機材のやり繰りなども計算して、何とかyou tubeの広告収入と学校側からの部費で3人分はギリギリ買える金額はあった。旧コネクターとコネクターSPでは大きさは変わらないが、内部の構造が若干異なっており、ヘッドセットが今まではヘルメット上のものだったが、それがサングラスに変わっている。


「すばらしい!これがコネクターSPですね!」


 部長の直江は手でぺたぺたと触って、コネクターSPの肌触りを確かめる姿は普段の部長には珍しい子供っぽい様だった。


「いよいよです!大会のオープニングセレモニーがあるので、我々も向かいましょう!私は先に待ってますね!」


 部長はスキップでピョンピョンと弾み、鼻歌を歌いながら、コネクターSPのカプセルに入った。「気が早いね」と言って、俺は詩織の隣の席に座る。


「千歳君はいかないの?」


「いや、その前に、少し、詩織と話したいから」


 俺は深呼吸して再び、言葉を発する。


「俺、詩織のこと好きだよ。だからこそ、これからもずっと、お前のそばにいたい」


 恥ずかしいセリフだが、きれいに場を彩る表現も他に浮かばなかった。


「うん、私、ずっと千歳くんのこと好きだったよ。私も同じ気持ちだよ」


 俺と詩織の顔が近くなる。顔が熱くなっていく。そして目を瞑る。次の瞬間、お互いの唇が重なった。


「初めてだね」


「あ、ああ」


 なんだろう、好きな子とのキスってこんなにも気持ちいいのか。


「さて、私たちもあの世界にいこう!」


 詩織は恥ずかしそうに言う。俺は「だな」と顔を赤くして言う。コネクターSPのドアを開け、中のサングラスを被り、スイッチを起動し、目を閉じる。それと同時に虹色のゲートが視界にくぐり、空中に浮かんだ体がそれをくぐりぬけると、空中に浮かんだ体の下に存在するのは都市だった。中心にある都市の南には洞窟がいくつかあり、西に行くと、湖が見える。都市の東側には森林。ゲームとは思えないくらい、作りこまれた世界だ。自分の体がゆっくりと落下していき、都市の正面へと向かう。俺以外にもすでにこの世界にログインしているプレイヤーが周囲に映り、プレイヤーはみんな俺と同じ中学生くらいの年齢層だ。今回の大会はジュニア、シニア、マスターの部門に分かれていて、ゲームを開始する前に本体の設定で年齢認証があったので、それに基づき、シニアのプレイヤーはシニア用の世界に移ったのだと思う。地に足が着くと、俺の視界の右下にウィンドウが表示される。この広い都市で特定の相手を見つけるのは難しい。そのためにフレンド機能がある。フレンド機能を使えば、アイコンの地図をタップした時、地図内にフレンドのプレイヤーがどこにいるのかを表示できる。フレンド設定は自分のコネクターSPのIDを相手に教えて、フレンドに承認されれば、フレンド設定はできるが、部長は好奇心ですぐにこの世界に飛び出し、詩織に関してはキスしてお互いに上の空になっていたため、IDを交換するのを忘れていた。だから今は町中を探して、2人を見つける必要がある。最悪、オープニングセレモニーが始まれば、自動的に広場に集まるので、最終的には二人と合流はできる。街並みはバーチャル世界や異世界物のライトノベルの設定としてよくある西洋のヨーロッパの景色っぽいが、町の上層部はテーマパークのファンタジーランドのような世界だ。


「あ、千歳君!」


 声の先に詩織はいた。バーチャルのプレイヤーの見た目には頬の赤さは繁栄されないが、声色にはそれが顕著に表れている。


「よお、詩織。ここは現実世界と変わらないんくらいすごい再現度だな」


「うん」


何か言いたげの様子の詩織に「どうした?」と聞く。


「あのね、セレモ二―開始まで、まだ4時間あるし、デートしない?」


「この世界でか?確かに現実のテーマパークと同じくらい派手な出来だしな」


「どう?」


テーマパークは両親を亡くしてから一度も行ったことはないため、どんな場所で何をすればいいか分からない。


「行く場所は詩織に任せるよ」


「やったー!」と詩織はジャンプして、ガッツポーズをして喜ぶ。まず、最初に訪れたのは、この世界で一番速いといわれるジェットコースターだ。絶叫系マシンと聞いて、はじめの方はこんなゆっくりで何を絶叫するか分からなかったが、コースターが坂の頂点に立ったとき、俺はようやくなぜ、絶叫マシンと呼ばれるかを理解した。あまりにも一瞬のアクション、急降下を機械の振動でそれを脳に発生させる技術はさすがだと言える。


「きゃー楽しかった!千歳君!もう一回乗らない?」


「断る!」


 俺はジェットコースターで息が荒くなり、激しい心臓の鼓動さえも感じる。



 次に寄ったのはアイス屋だ。


「なあ、バーチャル世界で味覚を表現するのはさすがに限度がないか?」


「うーん、どうなんだろ?とりあえず食べてみようよ!」


詩織はスプーンでアイスの先端をすくい、それをそのまま彼女の口に運ぶ。


「ん!これおいしい!」


「まさか味覚までリアルにするとか、これじゃあ、どっちが現実か分からんな」


俺もチョコアイスをスプーンにとり口に運ぶと、口の中に広がるチョコの味と程よい甘さがあるバニラの組み合わせが口の中で充満する。ふと思うことがある。このまま技術が進化して今の暮らしが良くなるほど、本当の現実は俺たちから離れていく。元々は空っぽだった世界は次第に物があふれ、気づけば、本来存在しない世界が今となって、現実以上に生きている感じがある世界。パラレルワールドではない選択によって生まれた世界とは違う。もし、俺と詩織が将来結婚したら、そのころには俺たちはどっちの世界で生きているだろう。どっちも現実かと聞かれたら現実だが、決定的に違うとすれば、それは死だ。バーチャル世界のアバターはHPが0になっても、何度でも蘇るが、現実世界の時間は有限だ。今俺たちと同じ世代もしくはそれ以上の歳の人は後100年経てば全員死ぬ。それは不変の事実だ。そう考えると、現実とバーチャルの世界の違いは時間軸かもしれない。


「千歳くん、どうしたの?そんな深刻そうな顔をして?」


「ああ、なんでもないよ。さて、次どこ行く?次はもっと緩いところにしてくれよ」


「じゃあ、映画行こー」


まさか最初のデートが現実ではなくて仮想世界になるとは、世の中何が起こるかわからんな。

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