第49話 ふわふわしゅわしゅわ賛否両論

 確認のために蓋を開けたら、ふちの辺りが茶色っぽくなってる。

 うん、いい感じに焼けてそう。


「そろそろいいかな。おさらにうつして」

「おう。……あ」


 お皿に移そうとして手元が狂ったのか、ぱたん、とオムレツが折れ曲がった。

 アレンは失敗したと思ったのか悲壮な声を上げたけど、私にしたらよく慣れ親しんだ半月状のオムレツの形だ。


「そうそう、こういうかたちにするの。やきいろがよくみえるでしょ。あれん、はじめてつくったのにすごい!」

「そ、そうなのか?」


 半信半疑といった調子でアレンが首を傾げてるけど、この世界で多分はじめて作られたのだろうモン・サン・ミッシェル風のオムレツなのだから、私がこうと言えばこうなのだ!


「さぁ、あったかいうちにたべないとぺしょんてつぶれちゃうから、いそいであじみしよ!」


 スプーンで一口切り取って口に運ぶ。

 うん、食べられる。


「ろいも、あーん」

「ありがとう」


 私を抱き上げていて手がふさがっているから、ロイの分は私が口に運んであげる。

 ロイと私は同じスプーンだし、お皿から(箸じゃないけど)直箸になってるからお行儀は悪い。でも、味見だもん。こんなものでいいよね。


「あー、不思議な食感だな」

「卵味の霞を食べているかのようだ」


 アレンとロイは、口に入れてもまだ不可解なものを目にしたみたいな反応だ。


「ふわふわでしゅわしゅわってしてるね。私は嫌いじゃないかも」

「あはは、こんなもの初めて食べたよ」

「うーん、腹にはたまらなさそうな頼りなさだな」


 ミーニャさんとおかみさん、旦那さんの山猫亭ご一家は、吟味するかのように真剣に味見をしている。


 あの、そんなに真剣に味見するほどのものじゃないです……。

 そしてあまり評価の方はよろしくないっぽい。


 卵に塩胡椒だもん、まずいわけがない。

 でも、言ってしまえばそれだけなんだよね。

 作る工程や食感は面白いけど、バターとミルクと卵をたっぷり使って作ったトロトロのふっつーのオムレツの方が、正直言って美味しいと私は思う。

 好みの問題だけど、茹で卵と目玉焼きは断然半熟派の私にしてみたら、オムレツもやっぱり半熟でトロトロしてた方が嬉しい。

 でもまぁ、今回は泡立て器をどうやって使うか、って話だからね。


「おさとういれてあまくしてもおいしいよ。そのときはこげやすいから、おさらにいれておーぶんでやいたほうがいいかも」

「ふーむ、なるほどなぁ……」


 一番反応のよろしくなかった旦那さんが、唸るようにして残ったオムレツを眺めている。

 だんだん冷めてきたオムレツは、徐々にしおしおとへしゃげてきて残念な様相を呈してきた。


「残りの卵食べちゃっていい?」

「どうぞどうぞ」


 ミーニャさんは食感が気に入ったのか、残ったオムレツをぱくん、と食べると、ペロッと口の周りを舐めた。


「お嬢ちゃん、この料理なんて言うんだい?」


 旦那さんが興味深そうに問いかけてきた。

 一見人族に見えた旦那さんは、よく見ると固そうな髪の毛に埋まるようにして猫にしては丸っこい耳があるから、虎とかライオンとか、その辺りの大型ネコ科の獣人なのかもしれない。


「うーんと、もん・さん・みっしぇるふうおむれつ?」

「誰だい、それ」


 モン・サン・ミッシェルを人名だと思ったのか、おかみさんが聞いてくる。

 いや、人名……なのか?

 ホテルの名前とかじゃなかったっけ?

 いやーでも、海外だと割とお店に自分の名前そのまま付けたりするしなー。


「ミッシェル氏というのは、チーロとどんな関係なんだい?」


 耳元でぼそぼそとロイが質問するからくすぐったい。


「しりあいじゃないよ。ひとづてにつくりかたをおしえてもらっただけ」

「しかし、そのミッシェルさんは溶き卵を泡立てようなんて酔狂なことをするね。わざわざ魔道具まで作ってさ」


 いやー、ミッシェル氏(仮)この世界の人じゃないですからね。

 なんでわざわざ卵を泡立てたのかは知りませんけど。


「甘いのが本当なんじゃない? ほら、甘いものがすっごく好きだったとかさ。ねえねえ、うちでも作ってみようよ」


 しゅた、っと手を上げてミーニャさんがおねだりするみたいにお父さんを見たけど、旦那さんは肩を竦めてしまった。


「砂糖だって安くはないぞ。だいたい、こんな魔道具を買う金はうちにはねーよ」

「そっかぁ……」


 ミーニャさんがしょんぼりして、猫耳がイカ耳になってしまっている。

 ふぉう! かわええ!


「仮に買えたとしても、泡を立てるためだけに魔力を使ってたんじゃ、他の物を作る魔力が残るかどうか……」

「そんなときのための……アレン、まりょくつかわなくていいほうだして!」

「お、おう」

「……こちらです!」


 じゃじゃーん、とアレンが出した泡立て器を手で指し示す。


「まりょくがさみしいそこのあなた! こんきよくがしゃがしゃすれば、しゅどうでもめれんげやほいっぷくりーむがおもいのまま!」

「おぉー! でもお高いんでしょー?」


 ノリノリのミーシャさんが合いの手を入れてくれる。

 なんでそんなお約束を知ってるんだ。


「なんとおねだんは……しまった、しらない!」


 ノリで続けようとしてすべってしまった。

 失敗失敗。

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