第47話 使用料の相場はおいくら万円?
「はーい、今日の夕食はクッカドゥリルの煮込み、ムシュト添えだよ。飲み物は別料金ね。お代わりも別料金だ」
ドン、ドン、ドン、と有無を言わせずに置かれたのは、お肉入りのラタトゥユっぽいものにマッシュポテトっぽいムシュトを添えたヤツと、スープ、黒っぽいパンだ。
どうやらメニューはひとつだけらしい。
給仕をしてくれたマーニャさんはミーニャさんのお母さんで、この山猫亭のおかみさんだそうだ。
毛並みに少し白いものが混じっているけど、ミーニャさんによく似ていて、ミーニャさんが年を取ったらこんな感じだろう。
「……こんなにたべられるかな」
「心配するな。俺が食う。腹がはちきれない程度にいいだけ食いな」
「はーい」
「ロイもな」
「あぁ」
アレクが手慣れた様子で飲み物を頼んでくれてから、さっそく私たちは夕飯を食べ始めた。
「おいしい!」
「そいつは良かったな。気に入ったようで何よりだ」
多分、お肉がクッカドゥリルなんだろうけど、肉質は鶏肉に似ていて、よく煮込まれているためか、スプーンでつついただけでもほろほろと崩れる。
クッカドゥリルっていうのは、事典の記述を見る限りでは鶏に似ている。
味も似ているあたり、ほぼ鶏だと思って差し支えないだろう。
大きめの一口大に切ったそれを、
添えられているムシュトは、アレンが持ってきたクリーム状によく練られたモノとは違って、潰し方が荒くポロポロするし、混ぜ物も少なめなのか、素材感が残っていて素朴なコロッケの中身みたいな感じ。その分、煮込みの汁っ気と油分を吸い込んでよく合う。
アレンは黒パンに煮込みを塗るようにして乗っけて食べていた。
気持ちいいくらいに皿の中身が消えていく。
若さもあるんだろうけど、よく食べる人だ。
「そういえば、泡立て器っていうのを作ってたけど、泡を立ててどうするんだ?」
「あわだてきは、あわをたてるだけじゃなくて、いろんなものをてばやくきんいつにかきまぜるのにもべんりなんだけど……」
この世界には、どうやら泡立てる、という技法がないらしいのだ。
むしろ、魔法を使って混ぜるときに泡立ってしまうのは、緻密な魔力の操作が出来てないってことで失敗の部類に入るんだとか。
だから泡を立てて作られた食べ物っていうのがない。
泡が立つって言うと、連想されるのは石鹸で、なぜ調理器具を作るのに洗濯用の器具を作るんだ、なんて聞かれたのよね。
想像がつかないものだから、あまり興味が引かれなかったのか、泡だて器とハンドミキサーはその他のすりおろしたり、潰したりといった道具に比べて、ガヴァスお爺さんもアレンも反応が薄かった。
うーん、難しい。
どうやって説明したらいいだろう。
「まちでうってるぱんにくらべて、あれんがいつももってくるぱんはやわらかいでしょう?」
「ん? あぁ、そうだな」
「あれんがもってくるぱんのほうが、なかにいっぱいあながあいてるの、しってる?」
「穴?」
アレンはさっそくパンを千切ると、しげしげと断面を見た。
「おんなじおもさのものでも、くうきがいっぱいはいってると、やわらかくなるの。あわだてると、やわらかくなる」
「チーロが言ってたミルクや卵はそもそも固くないだろ?」
ますますわからない、という風にアレンは首を傾げた。
……そーね。
でも『口当たりがー』とか言っても、食べたこともないものを理解できるとも思えない。
ぐぬぬぬぬ……。
「うーん」
私たちの会話を聞いていたロイが首を傾げた。
「話を聞いても想像ができないから、実際作ってもらったらどうかな」
「それだ!」
アレンは大きな声を上げると、手を上げておかみさんを呼びとめた。
「悪いが厨房を借りられないか?」
「え? いま?」
びっくりして思わず声を上げてしまった。
思いがけない申し出だったのか、呼びとめられたおかみさんもきょとんとしている。
「もちろん使用料は払う」
さっとアレンが差し出したのは金貨だ。
「あ、あの……お客さん?」
宿泊料がふたり(私は幼女ということで無料)で半銀貨1枚と銅貨10枚だったから、アレンが出したのは一人の宿泊料の約17倍。
厨房の使用料としては破格なんじゃないかな。
「いくら何でもそりゃ貰いすぎ。何作るんだか知らないけど、お心づけならもう少し貰いやすい色がいいねえ」
苦笑いしたおかみさんは、そっとアレンの手を握るようにして金貨を押し戻すと、どうぞ、と私たちを案内してくれた。
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