第42話 異世界タコスと異世界串焼き

「ふぉおおおお、どねるけばぶ……!」

「……なんて?」


 目の前では、巨大な柱のようになった肉がクルクルと回し焼かれている。

 何か棒上の調理器具に、肉を刺すんだか巻き付けるだかして焼いて、焼けたところから削ぎ切っているようだ。

 鉄板の上で削ぎ切った肉を炒め、その横では捏ねた粉を薄くのばしたものを焼いている。


「どねるけばぶとは、マグナッドスーナのことかな?」

「まぐなっどすーな?」

「親父、とりあえず3つくれ」

「あいよ、ひとつ銅貨4枚だ」


 屋台のおじさんは、作り置きの薄焼きパンをさっと焼き直すと、上にレタスっぽいものを細かく刻んだのと、トマトによく似たカラーシのみじん切り、角切りにされたクリーム色の何か、それと炒めたお肉を載せ、ネーモを絞ってから砕いたナッツにスパイスを混ぜたものを振って、パタンと二つ折りにして葉っぱで包んだ。


「毎度あり。うちは味自慢だよ」

「ほら、チーロ。これがマグナッドスーナだ」


 差し出されたものは、タコスっぽい感じ。

 具沢山なところが美味しそう。


「そこに腰掛けて食べよう」

「……もが?」


 ラーネルラを持ってくれたアレンはもう食べ始めているけど、ロイが道の端に置いてある木箱を指さした。


「さすがに歩きながら食べるのは行儀が悪すぎる」

「へーへー、子どもの前で教育に悪いことをしてすみませんでした」


 咎めるロイに首を竦め、アレンが木箱の上に座らせてくれた。


「いただきまーす」

「神よ、今日も恵みに感謝いたします」


 あむっと大きく口を開けて、マグナッドスーナを一口。

 一口だと葉っぱのとこと薄焼きパンのとこしか口に入らなかったから、ムグムグ噛んで飲み込んで、続けてもう一口。

 あ、ヤバいこぼれる……こぼした。

 あー、もう! 口が小さいと思うように上手に食べられないな。


「あ、おいしい……」

「お、口に合ったならよかった。んじゃ、俺、果実水買ってくるな」

「たべるのはやい……ちゃんとかんでる?」

「噛んでる噛んでる」


 わたしが二口目を食べるのに四苦八苦している間に、アレンはもう食べ終えてしまっていて、次の買い物に行ってしまった。

 歩きながらの一口で1/4くらい食べてたもんなぁ……。


「もう、おちつきがないなぁ」

「いつものことだよ」


 口元だけストールを下ろしたロイは、器用にこぼすことなくマグナッドスーナを口に運んでいる。

 どれだけ顔を見られたくないのか、一口ごとにストールを戻す念の入れようだ。


 細かく切られてたっぷりと盛られた野菜とお肉は、私の小さな口と手ではものすごく食べにくい。

 気をつけて食べているつもりなのに、ボロボロとこぼしてしまっているから、手どころか身体の前面一面汚してしまっている。

 しょーがないといえばしょーがないけど、ものすごく恥ずかしい。

 美味しいんだけどね。

 クリーム色の何かはチーズかアボカドみたいな感じで、噛むととろっとしていてこってりしている。ちょっぴり青臭さがあるし、種が入っていたような形状をしているから、野菜の一種なんだろう。

 食べ物のことに関してだけはロイには期待できないから、あとでアレンに聞こう。

 このアボカドもどきがソースみたいな役割を果たしていて、無味の野菜と炒めたお肉と振りかけたスパイスをまとめ上げている。

 しょっぱくて脂っこいお肉と、振りかけたネーモの酸っぱさ、それとは異なるカラーシの酸っぱさ、刻んである緑の野菜のみずみずしさを、土台になった薄焼きパンの甘さが受け止める。

 うんうん。この世界に料理チートは必要ないな。

 あとはこの世界の美味しいものに、どうやってロイに興味を持ってもらうかだけ。

 もしくは、早いところ成長して好きに食べ歩けるようになるだけだ。


「果実水買ってきたぞ。あと、ボアルラとブルルラな。喰いたいものあるか?」

「あれん……」


 アレンは果実水ふたつと、バルログ持ちにした串焼きで両手をいっぱいにしている。

 どこに向けてやんちゃ小僧アピールしてんの。

 しかもこの串焼きが、焼き鳥サイズじゃなくて、縁日で売ってる牛串サイズに大きいんだけども。

 どれだけ食べるつもりなの。


「受け取ってくれ。この持ち方結構手が疲れるんだ」

「……ありがとうと言うべきなのかな」

「果実水はふたつ買ってくるのが限度だったから、ふたりで飲んでくれ」

「……わかった」


 ロイは受け取った果実水を私との間に置くと、仕方なさそうに片手分の串焼きを受け取った。


「好きなの喰っていいからな」

「すきなのっていわれても……」


 二種類あるけど、どっちがどっちなのかわからないし、私のちいさなおなかはマグナッドスーナで割といっぱいになれる。

 こぼしまくってるって言ったって、幼女のおなかの容量はそんなにない。


「どっちがどっち……? あと、こんなにたべられないよ」

「あぁ、そうか。じゃ、あーん」


 言われるままに口を開けて、アレンが差し出してくれたやや白っぽくて色が薄いお肉をもぐもぐ食べる。

 少しだけ癖のある匂いがするけど、スパイスが効いているおかげか、そこまでは気にならないし、甘い脂の味がする。

 これは……豚肉?


「こっちがボアルラな。何ボアだか知らないけど、多分一番安いブラウンボアじゃねーかなー。で、こっちがブルルラ」


 なんだかたらこ唇の中の人の叫び声か、いかがわしいお店みたいな名称だな。

 ボアルラの肉をごくんと飲み込んでから、色が濃い方を食べさせてもらう。

 これは……牛?

 こっちもこっちでさっきとは違う癖があり、少し血の気が濃い味がする。やっぱりスパイスが効いてるけど、ボアルラのスパイスとは違うみたい。

 この間アレンが持ってきてくれたお肉様と似た味だけど、あれよりもだいぶ硬いし癖も強い。


「多分プレーリーブルだと思うけど、どうだ? どっちが美味かった?」

「ねーらるらちょうだい」

「おう。そうそう、そうやって食うと美味いんだ」


 口直しにネーラルラをもらって、口の中をさっぱりさせてから果実水を飲ませてもらう。


「どっちもおいしかった」

「お、そうか。もっと食うか?」

「ううん。おなかいっぱいになっちゃうから、まぐなっどすーなたべる」


 赤い果物のやつがネーラルラで、ボアがボアルラ、ブルがブルルラってことは、ルラって多分串の事なんだろうな。

 牛串、豚串、みたいな。


「あーあー、チーロこぼし過ぎ」

「あ」


 考え事をしながら食べていたら、ただでさえこぼしちゃってるのに、えらいことになった。


「ごめんなさい……」

「別にいいけどな。次に喰う時は食べやすいように中身減らしてもらおうな」

「うん」

「俺も気がつかなくて悪かった。ガキはこういうもん好きだと思ってよ」


 とっても美味しかったけど、たぶん自分が好きなんだね。

 ……って、けっこう大きな串焼き、ペロッと食べたな。

 半分食べてロイが持て余した残りも食べますか。そーですか。

 まだ若いもんね……いや、ロイも同い年なんだけど。

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