第39話 チーロが寝た後の会話

「ろい、あれん、おやすみー」

「あぁ、おやすみ」

「おう、おやすみ」


 アレンが来たことと、ミルフェが人化できるのを知ったことで今日ははしゃぎすぎたのだろう。

 眠い目を擦りながらチーロは挨拶し、寝室へ向かった。

 寝室の扉が閉じられるのを確認して、チーロを思いやったのかアレンが小さな声で聞く。

 普段の声は大きいが、気遣いができないわけではないのだ。


「……同じ寝室で寝てるのか?」

「……? あぁ」


 この小屋に寝具は一つしかなく、チーロの身体もまだ小さい。

 そのためロイは問題ないと考えていたのだが、アレンの考えはまた違ったようだ。


「不用心が過ぎるだろ。どこの誰かもわからないのに」

「特に武術などの心得はなさそうだし、魔力もあの通り、確認してみたけどおかしな魔術干渉を受けている可能性はないよ?」

「それでも、だ。第一膂力が380もあれば十分力だけで人を殺せるだろうが。それに魔術を使わなくたって人を操る術があるって話だぞ」


 はぁ、と溜息をついてアレンは組んだ両手を額に当てる。


「ミルフェの時も言ったが、近づいてくる奴には注意しろ。安易にテリトリーに入れるな」


 人嫌いのロイにするにはいささか不似合いな忠告をして、アレンは頭を掻きむしる。


「そんなことを言えば、アレンの方が不審者がいるこの家に近づかない方がいいんじゃないか。私よりもずっと狙われる可能性は高いのだから」

「俺なら平気。生まれてこの方油断なんぞしたことがねえよ」


 軽く言ってのける。

 生まれてこの方は大げさにせよ、アレンはこう見えて慎重だ。

 幼い頃から知力を駆使し、己の身を守るための魔道具を開発しているのも、その慎重さゆえだ。

 それらの行動が叡智の神メティウスのお眼鏡にかない、加護を授けられている。


「サカキってどこの家だ。聞いたことがねえ」


 聞き慣れない家名は少々おかしなイントネーションになった。

 チヒロ=サカキ、それがチーロと呼ばれていた少女の本当の名前だ。

 4歳なのだから4はあってもいいレベル、せめて2桁はあるはずの魔力、他のステータスもけして高くない。そのくせ、男であっても200もあれば多いくらいの膂力だけが386もあった。

 何からの加護もないのに。

 普通それだけ何らかのステータスが特出しているからには、何らかの神の干渉があるはずだ。

 ロイ――レクサノール=スクラネカが豊穣の女神アマルテイアに、ゴズモット王国の第三王子アレンダール=セディサン=ゴズモットが叡智の神メティウスに祝福されているように。


「教会でも聞いたが、そのような家はないそうだ」


 家がない、ということは、チヒロ=サカキという少女を探している者がいないどころか、教会に関わったこともないということだ。少なくともこの大陸で、家名を持つような家が、一切教会に届け出をしていないとは考えられない。


「……なんだぁ、そりゃあ」


 呻くように声を絞り出して、アレンは頭を抱えた。


「まるでいきなりあのチビが湧いて出たみたいな話じゃないか」


 ゴーレムやホムンクルスのように誰かが作り出しでもしたというのか。と笑い話めいて呟く。しかしあれほどまでに精巧な人工生命体など聞いたことがない。


「……あるいは、神授しんじゅの森からやってきたか」


 静かな声でロイがひとつの可能性を挙げると、アレンはそれも鼻で笑った。

 神授しんじゅの森――ロイが住むこの小屋がある場所もそう呼ばれる森の一部だと思われているが、実はここが森になったのは、ロイが移り住んでからの事だ。

 かつてここは、神授の森と人里の境だった。

 人里に近い森と、神授の森を隔てて、岩ばかりがあった。

 ひとの近づかないこの地にロイがわび住まいを建て、結界を作って暮らし始めてしばらくのち、森が荒れ地を侵食し始めた。

 おそらくはそれこそがアマルテイアの祝福であったのだろう。

 大地が水を吸い込むのと同じように、実りの地が増えていった。

 まるで神授の森と人里を繋ぐことが赦されたかのように。

 もっとも、神授の森はかつてと同じく人を拒み、見えなくなった境界を越えようとすれば、ぐるぐると同じ森の中を彷徨うことになる。

 諦めるか、憔悴し渇き果てるまで。

 神授の森に入ることができるのは、わずかなりと王族の血が流れる者だけなのだ。

 その王族だとて、用もなく足を踏み入れれば、森に拒まれていることを悟る。

 あるいは悟ることができるからこそ、迷って彷徨うことがないのかもしれない。


「仮に、あのチビが神授の森からやってきたとしたら……アレが神からの贈り物だってことか?」

「そうかもしれない」


 真面目な顔でロイが肯定すると、アレンは考えこむように俯いた。

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