第35話 可愛いシステムキッチン

 元棚がすっかり木材に戻ってしまうと、アレンがクルリ、と手首を返した。すると、トンカチみたいなものが現れ、組み立てられた木材が瞬く間に小さな台に変化していく。


「|平竈≪ひらかまど≫もだが、水場も近い位置にある方がいいだろ。水魔石をここに付けて……排水口の下にスライム箱を作って……と、となると鋼材もいるな」

「すらいむばこ?」


 真ん中に作業台、右手がそれより一段下がった平台、左手に取っ手のついた小さな風呂桶、みたいな謎の構造だ。

 平竈っていうのはコンロの事だろう。


「ようはトイレと同じ構造だな。あとでこの箱の中にスライムを入れるから、野菜のきれっぱしなんかはこっちから捨てればいい」

「おゆとか、あついあぶらをすててもへいき? すらいむかわいそうじゃない?」

「あ? 勢いよくぶっ叩かなきゃスライムは死なないぞ? 火がつくほどの油なら死ぬだろうけど、そんなものを捨てたら作業台自体が燃えるし危ないぞ」


 思いもよらないところで、匂わないぽっとん便所の謎が解けてしまった。

 しかしお湯も平気なのか、スライム。

 あんなにすぐに死ぬくせに変なとこで強いな。


「鋼材は……あ、いや石でいいか。それなら土魔法で何とかなる」


 風呂桶みたいな部分に手をかざすと、みるみる陶器製の内箱ができて、それを木製の蓋で覆い、さらにその上に陶器製の風呂桶が作られる。

 こいつはまぎれもなくシンクだな。


「まほうだ……!」

「そうだな、魔法だな」


 感動している私を見て面白そうにしながら、アレンは作業を進めていく。

 一段下がった平台の方には、多分平竈――魔法式IHコンロを設置するんだろう。


「すごいすごい、まほうだ! これは……しすてむきっちん!」

「しすてむきっちん?」


 お高いおままごと用の玩具みたいなシステムキッチンがほぼ完成してしまった。

 ちゃんと水も出るし、コンロも付く。排水はスライムが担うとして、本当に使えてしまうシステムキッチンだ。

 木材メインで作られているのと、ステンレスじゃなく陶器で作られているのがレトロ可愛い。

 うわぁ。こんな玩具、貰ったのが子供の頃だったら嬉しすぎて熱出してぶっ倒れてたに違いない。


「すごいね、あれん」

「ふふん、いいぞ。もっと褒め称えろ」


 思わず尊敬のまなざしで見つめると、得意そうにアレンが胸を張る。


「すごいついでに、ぱむをつぶすどうぐもつくれない?」

「ついでって扱い軽いな!? って、パムを潰す?」

「うん」


 すり鉢とまではいわないから、あわよくば薬研みたいなものを作ってくれないかな。

 期待を込めて見つめると、困った顔でアレンが見返してきた。


「そんなの魔力でやりゃいいだろうが」

「できないんだよ」


 見せた方が早いか、と小さな器にパムを入れ、魔力で潰そうとしてみる。

 これでもね、前よりはいくらかいっぱい回せるようになったんだよ。

 からから回るだけだけど。

 ……これがほんとの空回り。

 これがほんとの、とか言いだすヤツはババアだって前世で言われたっけ。

 実際ババアではあるけど、おばあちゃんっ子でもあったから致し方ない。


「潰せてないな?」

「ほんとはね、こなにしたいんだよ。うぅ……」

「魔法の使い方下手だな……びっくりするほど無駄が多いぞ。誰に教わった?」

「ろい……」

「あー……」


 アレンはぐしぐしと頭を掻いて、それから額に手を当てた。


「あいつ、教えるの下手だもんな……」


 アレンは深く溜息をついてから、私の手を取る。

 私の小さくてぷにぷにのおてては、アレンの手と比べると握りつぶせちゃいそうに小さい。


「パムを動かせてるってことは、魔力の放出とイメージはできているんだ。あとは魔力の練り方と操作の仕方を……んんっ!?」


 少し温かいものが流れてきたかと思うと、その手を離したアレンは迷わず私の胸元に突っ込んだ!


「ぎゃあっ! ちかんっ! へんたいっ!」

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