怪力幼女は恋愛関係おことわり!
白生荼汰
プロローグ こうして私は死にました
第1話 完全なる巻き込まれ事故
「今の人、めちゃめちゃイケメンだったねぇ」
あまりに感心して、つい感想が口から零れる。
足りない資材を借りに来た他店舗のマネージャーが、あまりにもイケメンだった。
バイトの花村さんなんて、ぽうっとしたままずっと視線で背中を追っている。
何であの人、ハンバーガー屋の店員なんかしてるんだろ。
夢を諦めて社員選んだ口かしら。
「既婚者だよ、あいつ。残念でした」
田所マネージャーが馬鹿にしてくる。
「残念って……別にそういうつもりじゃ……」
なんでこうすぐ恋愛に結びつけるかな。
見た目がかっこいいからって、付き合いたいわけじゃないし。
単なる感想だっての。
「ですよね。榊マネージャーみたいなおばさんに迫られても向こうだって迷惑だし、勘違いしない方がいいですよ」
田所の尻馬に乗って、花村さんがニヤニヤしながら言った。
せっかくの可愛い顔が歪んで台無しだ。
だから、そういうつもりじゃないって言ってるじゃん!
なにかい、38歳のBBAはイケメンに感心しちゃいけないのかい?
このくそガキャ、失礼だな!
なーんて内心はおくびにも出さずに、私は笑って見せる。
「花村さんはかっこいいと思わなかった?」
「そうですかぁー? 私のタイプではないっていうかー……」
途端にもじもじとシナを作って田所を見上げる花村さん。
よく言うわ。
口を半開きにしたまま見とれてたくせに。
話ふっといてなんだけど、正直付き合いきれないから、えーじゃどんな人がタイプなの、なんてどうでもいい会話を繋げながらも、目だけはシフト表をチェックしている。
あー、もう退勤時間過ぎてるじゃん!
早く上がりたい!
「やっぱりー、話が合う人が一番ですよねー……」
くねくね、くねくね。
上目遣い、田所ガンロック。
あからさますぎて見てらんない。
年齢層が低くくて出入りが激しい弊店のようなファストフード店が職場だと、くっついたり離れたりなんて、ありがちっちゃありがち。
「だよな! ま、あんまり世代が離れてると話合わせるのも難しいけど」
田所がこっちを見ながらせせら笑う。
花村さんとあんたも十歳くらい離れてるのに、同世代扱いは図々しくない?
弄り、というか、私に悪意をぶつけてきてるんだけど、それをどうとったのか、花村さんがむうっとして私を睨む。
なんなんだ。
勝手にふたりでイチャイチャしときなさいよ。
いや、仕事して。
このふたりは付き合っている……らしい。といっても、田所は他のバイトにも手を出してるって噂もあるけど。
田所には他地区に本命の彼女がいるんだけどな!
彼女も社員だから私も知ってるし、田所の浮気を勘ぐってるのか、探りを入れてくるためなのか時々連絡取りあってるんだよね。
本命彼女を知ってるおかげで、その分田所と距離が近く見えるんだろう私を、花村さんが気に喰わない、というのもよく知ってる。
付き合ってる娘がいるとかバラしちゃうとバイトの女の子の勤労意欲がー、とかわけのわかんないことを言う田所がめんどくさくて、そのあたりノータッチにしてるから誤解されてるっぽい。
いくら私が独身高齢だからって、十歳も年下だと子供にしか思えないし、そもそもあっちこっちに手を出すような軽薄な男はお断りしたい。
「ったく、彼女にチクるぞ」
小さな声で呟きながら退勤処理をする。
「んじゃお先ー」
「お疲れ様ですー」
「お疲れー。あ、上がる時ポテト三箱下ろしといて。ミートパティも一箱」
な・ん・で!
上がるって言ってんのに、仕事追加するかなぁ!?
しかも、ポテト三箱とか重いでしょ!
おばさんおばさん言うんなら、少しは労わってよね。
そんなの若い
ムカムカしつつ階段を上る。
うちの店は一階にカウンターとカウンター席が5席、2階がメインの客席、3階にスタッフルームがあって、その上に冷蔵庫と冷凍庫がある資材倉庫がある構造になっている。
「先に搬入だけやっちゃうか」
めんどくさいなー、もう。
階段を上る足が重い。
お客さんの目がなくなったおかげで気を抜いた私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。
「この泥棒猫!」
はい、泥棒猫いただきましたー。
イマドキ言う?
泥棒猫いず何?
叫んだ伊藤さん、高校生でしょ。
ひょっとしてサバ読んでた?
罵声が飛び交っているのは客席じゃなくて、スタッフルームで、私はその場にしゃがみ込んで頭を抱えたくなった。
こんな大声で騒いでたら、客席にも聞こえちゃうよ。
クレームものでしょ。
しかも、泥棒猫って、修羅場中なの?
「なによ、このアバズレ!」
はい、アバズレいただきましたー。
イマドキ言う? ふたたび。
意味わかって使ってんの、それ。
パートの鈴木さん、あなたまだ二十代よね?
あなたも歳誤魔化してない?
「足軽に言われたくないわよ!」
尻軽、な。多分言いたいのは。
戦国武将来ちゃうよ、出会え出会えー。
伊藤さん、鈴木さんは突っ込んでないけど、もっとお勉強しようね。
声で誰と誰が言い争ってるのかはわかったし、原因もうっすら分かったけど、これ私が止めなきゃいけないの?
……いけないんだろうな。
はっきり言って私関係なくない?
でも、一応、社内コンプライアンス的には、バイトさん同士のいざこざも社員である私の裁量の内だし、ましてや不倫してるとか社会的な問題行為があるようなら、注意しなきゃいけない。それでなくても、これだけ店員が騒いでたらクレームものだし。
そう、不倫、なんだ。
鈴木さん、既婚者だし。相手の男は多分、大学生バイトくんだから。
今日は一体何なんだ。
下でも盛り、上でも盛り。
くっついたの離れたの、好きにしてもらってもいいけど、私の目につかないとこでやってもらえませんかね?
何と言って止めたものか、とりあえずスタッフルームに入ろうと、階段の最後の段に足を開けた瞬間――。
「え?」
ばたん、とドアが開かれ、飛び出してきた人が私にぶつかった。
「きゃあっ!」
階段を上る途中で、中途半端な姿勢でいた私はバランスを崩し――そのまま階段を転がり落ちた。
がん、がん、がん、と、頭や肩や腰が階段の角にぶつかるけど、勢いは止まらない。
「きゃああああああああああああ!」
店内を照らす室内灯がやたらに眩しく見える。
どろり、と頭から生温い何かが溢れて広がる感触があった。
痛いはずなのに、痛みよりもそんな感触を知覚しているのが、どこかおかしい。
複数の悲鳴と、私に呼びかける声。
返事もできず、そちらに視線を向けることもできない。
あぁ、これ死んでますわ。
我ながらのんきに納得して、眩しい光がますます眩しくなっていくのを受け入れた。
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