第44話 最善の策

 大陸で他に類をみない巨大な三連装砲。

 これを要塞都市グリビアは有していた。


 そもそもこの都市はガジール帝国領内の都市だった。それが一年ほど前にイスダリア教国に占拠され、それ以来ガジール帝国はあらゆる局面で劣勢を強いられることとなっていた。


 その原因としては、この都市がガジール帝国内の東西を結ぶ要所だったことが大きい。これを占拠された結果、ガジール帝国は領土内に楔を打ち込まれた格好となってしまい、それ以降はガジール帝国内で東西の物流が大きく滞る状態となっていた。


 その劣勢を挽回すべく、この一年の間に幾度となくガジール帝国側でグリビアの奪還戦が行われてきたのだった。しかし、それをその度に退けてきた大きな要因が、イスダリア教国が占拠後に持ち込んだ巨大な三連装砲であった。


 この三連装砲は長大な射程距離を誇っていた。奪還戦の際、ガジール帝国の将兵が城塞まで辿り着く間にその将兵をほぼ粉砕してしまう程の能力を有していたのだった。


 占拠した要塞都市グリビアにイスダリア教国が持ち込んだこの巨大な三連装砲。ガジール帝国の将兵からは悪魔の兵器として恐れられていた。


「……まず、主力四万五千を三連装砲の射程外に展開させる」


 カイネルはボルドを前にして、今回の作戦についてそう語った。


「次いで展開させた主力を一瞬だけ射程内に移動させる。そして、三連装砲による攻撃が始まり次第、また射程外に移動させる。それを繰り返させる」

「……囮に使うということですか」


 ボルドのそうした問いかけにカイネルは頷いた。


「主力が囮となっている間に三連装砲の射界外、つまり城壁沿いとなるのだが、その左右から志願兵を含めた計五千の将兵を突入させる。その後、城門を突破。内部へ侵入し、塔内に設置されている三連装砲を志願兵によって爆破。三連装砲を無力化した後、主力四万五千を突撃させて、城塞都市グリビアを占拠させる」


 戦術としては至極妥当だとボルドも思う。だが、問題もいくつかあるのではとボルドには思えていた。


「妥当だとは思いますが、いくつかの問題がありますかね」


 ボルドの言葉に微笑を浮かべて、カイネルはそれを言うようにとボルドを促した。


「まずは主力部隊による三連装砲射程内外での動きです。全くの無傷でそれを繰り返せるとは思えませんが?」


 ボルドの言葉にカイネルも頷いた。


「覚悟の上だ。三連装砲を引きつけるための囮だ。多少の犠牲もやむを得ない。だから、主力の被害を最小に抑えるためにも、突入部隊には迅速に三連装砲の無力化を目指してもらう」


 それを覚悟の上だと言うのであれば、これ以上は言うべきことはないなとボルドは思った。


「次に、射界外左右からの突撃ですね。射界外には幾重もの塹壕が設置されており、城壁上にも短距離魔法部隊を筆頭とした敵部隊が多数展開されているはず。重装歩兵の力押しだけでは、塹壕を突破して城門まで辿り着くのは非常に困難かと」

「もっともだな。射界外に設置されている塹壕は、重装歩兵と短距離魔法部隊、そして第七から第十特別遊撃小隊をもって突破させる」

「短距離魔法部隊で応戦できるとはいえ、城壁城から魔法や小銃でほぼ狙い撃ちにされますよ」

「これも犠牲は仕方がない。特別遊撃小隊を各塹壕、及び城門に到達させることが目的だ」


 だがそれでは城門を爆破できたとしても、三連装砲を無力化するために城門内に突入させる将兵の数が不足してくるようにボルドには感じられた。

 ボルドはその疑問を口にした。


「それでは城門内に突入する将兵が数的にも苦戦するのでは」

「そうかもしれない。だがここは残る第一、第二、第四、第五特別遊撃小隊、及び彼らと突入する将兵の力を信じる他にない」

「最後は博打ですか」


 ボルドの言葉にカイネルは首を左右に振った。


「博打ではない。三連装砲に志願兵が到達するまで、突入する全ての将兵が志願兵の盾となる。一人でいい。一人でもそこへ辿りつければ……」


 確かにカイネルの策が上策であるようにボルドにも思えた。だが、一方で犠牲が多すぎるのではとも感じていた。これでは、志願兵も含めた突入部隊がほぼ全滅となる。


 戦争を終えるための犠牲と言えば聞こえはいいが、本当にそれでよいのだろうか。しかし、そう思ったところで今はこれが最善の策に思えることもまた事実だった。


 そもそも、どれが最善の策かなど神でもない限りは、分かりはしないのだ。だから戦争などは、ある意味で大半のことが結果論となってしまうのだ。ならば、現実的には最前線の下士官でしかないボルドとしては、目の前にある事柄を全力で対処していく他にないのかもしれなかった。

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