第45話 始まり

 ガジール帝国の主力となる四万五千の将兵は、囮として堅実に三連装砲の射程内外への侵入と撤退を繰り返していた。射程内に侵入して砲撃される前に射程外へ退避するのが理想なのだが、現実はそう上手くもいかなかった。


 作戦開始より既に何度目かの被害が出ていた。四万五千の将兵が一糸乱れぬ行動を続けるには無理があった。だが、それでも主力部隊の将兵は犠牲に臆する様子も見せずに、恐怖を飲み込みながら無意味に思える射程内外への侵入と撤退を繰り返してくれていた。


 同時に三連装砲射界外からの突撃も開始されていた。左右から城壁沿いに第七から第十特別遊撃小隊を中心とした将兵四千名による突撃だった。


 ボルドが率いる第四特別遊撃小隊を含めた残りの突撃部隊一千名は、城門が破壊されてから突入を開始する手筈になっていた。


 既に五回に渡って、志願兵の犠牲によると思われる大きな爆発が起こっていた。四千の突撃部隊は犠牲を出しながらも着実に幾重もある敵の塹壕を踏破しつつあるようだった。


 ボルドは左隣にいる副官のタダイに無言で視線を向けた。タダイがそれに応えて口を開いた。


「酷いもんですね。志願兵はもちろんそうですが、他の突撃する連中も死ぬために出て行くようなものですよ」


 歴戦の兵士といってよいタダイが、その凄惨さを目の当たりにして完全に血の気が引いた顔をしていた。そして、城門を破壊した後は自分たちもその中に加わることになるのだ。


 背後に目を向けると自分の真後ろに志願兵のルーシャがいることにボルドは気がついた。ルーシャは短く荒い呼吸を繰り返しているようだった。


 それでもボルドの視線に気がつくと、その黒色の瞳をボルドに向けてルーシャは健気にも少しだけ笑って見せた。


「ルーシャ三等陸兵、意識してゆっくりと呼吸しろ。大丈夫だ。俺たちがついている。俺たちが必ずお前を連れて行ってみせる」


 ボルドの言葉にルーシャは無言で頷いた。ボルドはルーシャの様子に呼吸が荒いとはいえ大した精神力だと思う。これまでに幾多の死線をくぐり抜けてきた自負があるボルドでさえ、気を許すと逃げ出すといった言葉が脳裏に浮かんでくるのだ。


 それなのにこの少女は逃れることができない、必ず訪れるであろう死の恐怖を抱えながらこの場にいるのだから。


「少尉、イェンス少尉がいらっしゃってます」


 ハンナがそう言って、重装歩兵小隊を率いるイェンスを伴ってやって来た。イェンスの率いる第三軍重装歩兵第七小隊が、ボルド率いる第四特別遊撃小隊と突入時に行動を共にする予定となっていた。


 イェンスは巨人種で背丈はボルドの一・五倍程もある。背丈が高いことで知られるオーク種よりも、更に頭ひとつは確実に高いだろう。


「ボルド少尉、先発した突撃部隊が苦戦しているようだ」


 立ち上がったボルドに対してイェンス少尉は片膝をついているのだが、それでもイェンスの顔はボルドの遥か上にあった。


「そのようですね。やはり城壁上からの攻撃がかなり熾烈なようです」


 ボルドの言葉にイェンスは無言で頷いた。


「俺たちも、いよいよかもしれん……」


 イェンスがそう呟くように言った時だった。通信兵のマークがまるで転がるようにやってきた。


「通電、通電です! 一四一五、一四一五、突撃を敢行せよとのことです」


 叫ぶマークの顔が青ざめているのが見てとれた。


「来たか……」


 そんな状況でもイェンスは不敵に、にやりと笑ってみせた。


「ボルド少尉、俺たちが何としてでもこの小隊を城門まで送り届ける。だから……後は託すぞ」


 ボルドは黙って頷いた。彼らの突撃はボルドたち特別遊撃小隊を援護するための突撃。それはその時まで自分たちが盾となることを意味していた。そして、この状況下では盾となる以上、生きて帰れる望みは限りなく薄い。そんな絶望に向かって飛び込んで行くかのような突撃と言えるはずだった。


「分かりました。約束しましょう……」


 そう頷くボルドにイェンスが再び口を開いた。


「悪いが志願兵を呼んでほしい。少しだけ話がしたい」

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