第40話 麻疹みたいなもの

 「今回の作戦、幕僚本部のカイネル大佐が指揮を取られるのでしょうか?」


 何の用事で来たのかは知らないが、ボルドの天幕に入ってきたハンナがそう最初にボルドへ問いかけた。


 思えばこのエルフ種の衛生兵、今では頻繁に何かにつけては自分の所にやってくるようになったとボルドは思っていた。


 自分に興味があるからでは……とは流石に思わないが、他に思いあたる節がないボルドだった。


「そのようだ。まだ作戦の詳細は明からにされていないが、カイネル大佐は優秀な軍人だ。無様な戦いにはならないだろうよ。それに、それだけ重要な戦いになるということでもある」

「そうですね……」

「志願兵……ルーシャとラルクの様子はどうだ?」

「仲間の死にも必死に耐えています。ですが、精神は安定しているようです。正直、あの歳で立派だと思います。でも、それだけに可哀想でもありますね」


 端正なハンナの顔に悲哀の色が浮かんだ。


「そうだな……」


 仲間の死にも必死に耐えている。心が痛くなる言葉だなとボルドは思った。仲間の死に耐えながら彼らが離さずに抱えている物。それは一体、何なのだろうかとボルドは思う。困窮する両親など家族のことなのか。それともそれ以外の何かなのか。


 彼らが志願した理由をボルドは知らない。だが、おおよその想像はついた。彼らがこの状況でも取り乱したりしないのはそれが理由なのだろうか。


 怖いからもう死なせてくれと言ったセシリア。これから死ぬというのに、最後まで仲間のことを心配し、思い遣っていたセシリア。


 きっと、それはまともではないのだ。まともな状態ではないのだ。

 彼女にそんなことを言わせてしまった自分が。そして、この戦争自体、この国の身分制度が。社会も、いやこの国そのものがそうなのかもしれない。


 それら全てがまともではないのだ。それら全ての物に押し潰されそうになって必死で耐えている彼らを犠牲にして、この戦争を終わらせる。果たしてそれは正しいことなのだろうか。

 彼らに死ねと命じた自分がのうのうと生き残ってしまうことが、果たして正しいことなのだろうか。


 だからこそこの国を変えなければならないというカイネルの言うことは分かる。だが……。


「ボルド少尉、少尉からも彼らに声をかけて下さいね。小隊の隊長から声をかけてもらえるだけでも、彼らの精神が落ち着くことだってありますから」


「わかった。そうするように努めよう」


 ハンナの言葉にボルドは頷く。実際は情けないことに何と声をかければよいのか分からなかったが、そうボルドはハンナに言葉を返した。


「特にルーシャ三等陸兵は少尉に憧れていますからね」

「憧れ?」


 思いがけない言葉に反応したボルドの顔が意外だったのだろうか。ハンナがその顔を見て面白そうに笑う。


「あら、彼女も年頃の女の子ですからね。当然、そういったことだってありますよ」

「憧れと言っても……あの年齢によくある歳上への憧れ……麻疹みたいなものだろう」


 面白そうに笑っているハンナを見ながらボルドは憮然とした顔で言う。


「少尉は意外と女心が分からないんですね。例え麻疹だったとしても恋は恋ですよ。大切な物なんです」


 ハンナは尚も面白そうにしながら言う。


「……女性とはあまり縁がなかったんでな」


 相変わらず憮然とした表情のボルドを面白そうに見ながらハンナは再び口を開いた。


「あの年頃にしかできない思い出もあります。例え明日がもうないとしても……いえ、違いますね。だからこそ、あの子にとって大切な思い出にしてあげてください」


 ハンナがやんわりと、だがはっきりとした口調で言う。


「……わ、分かった」


 何が分かったのか分からないままでボルドはハンナの言葉に頷くのだった。

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