第39話 詭弁

 ボルドに向けられていたカイネルの赤い瞳が、まるで自分の瞳を射抜いてしまうようだとボルドは感じていた。それ程までにカイネルの瞳は力強さを放っている。


「厳しい言い方をすれば、死ぬのは容易だ。楽になれるからな。だが、お前の責務はその苦しみを背負ったままで何ができるのか、何をするのかを考えることなのではないか?」


 カイネルはそこまで言うと表情を和らげた。


「ま、綺麗ごとだし詭弁でもあるのだかな。単に俺はお前に生きていてほしい、それだけのことだ」


 ボルドは無言で頷いた。カイネルの言うことを全面的に受け入れられるわけではない。だが、即座に間違っているとも否定はできなかった。


 間違っていると言うのならば、そもそも、このようなイ号作戦自体が間違っているのだろう。だが、この作戦をなしにしては不可能なことは最早、誰の目にも明らかだった。泥沼に入り込んだかに見えるこの戦争をガジール帝国に有利な状況で終わらせることは。


 いや、作戦自体が間違っていると言うのであれば、このような作戦を立案しなければならなくなるような戦争を何故始めたのか、何故ここまでそんな戦争を続けてしまったのかということも言い出したくなってくる。そして、非人道的な作戦の根底には、いいように利用されている人族の身分問題もあるのだ。


 様々な問題が複雑に絡み合っている。それを現時点で可能な限り最善の方法で解決をと考えると、カイネルが行おうとしていることになってしまうのだろうか。


 そんなに上手くことが運ぶのかとも思うが、座していても何も始まらない。それに何よりも、カイネルであればやり遂げてしまう気もする。


「それはそうとして、志願兵たちの様子はどうだ?」


 思考の淵に沈もうとするボルドにカイネルがそう声をかけた。


「健気ですよ。仲間の死に動揺することもなく……いや、違いますね。動揺を見せないよう懸命に頑張っています」

「そうか……」


 今更の話だが、まだ十四、五の子供なのだ。そんな彼らが仲間の死を乗り越えながら、自分の死を受け入れようとしている。前例のない普通では想像し難い状況なのだ。


「酷な言い方だが、作戦に支障がないようにしてほしい」


 カイネルの冷たい言い方に一瞬、頭に血を昇らせたボルドだったが、カイネルとしてはこの言い方しかできないのだろうとすぐに思い直す。


「……奪還戦はいつですか?」

「二週間後だ。志願兵を含めて五万の兵をもって一気に攻め落とす。グリビアを奪還できれば形勢が一気に逆転する。そして、その時の犠牲を考えると決して失敗は許されない」


 ……城塞都市グリビア奪還戦。

この戦いの勝敗に関係なく、志願兵たちは全員が死ぬことになるのだろうか。その時、自分はどうするのだろうか。何をするのだろうか?


 最初からわかっていたことだ。それを承知の上で自分はこの部隊に来たのではなかったのかとボルドは思う。だが、そのことがボルドの心に重くのしかかっているのも事実だった。


「そういえば……」


 カイネルはそれまでと違う口調でボルドに声をかけた。


「出立前に父上と会ったぞ。ボルド、お前のことを父上が心配していた。お前を前線に再び送ったこと、まだ許していないと俺は怒られたぞ」


 カイネルの言葉にボルドは苦笑した。


「ウィルクス閣下のお心を煩わせる話ではありませんよ」

「閣下じゃない。俺の父親としての話だ。他人行儀はよしてくれ」


 カイネルは嫌そうな顔をしてボルドの言葉を訂正した。ボルドは軽く肩をすくめて見せた。


「何かと目をかけてもらっているウィルクス様に心配をかけるのは心苦しいですが、最終的には私が決めたことです。ウィルクス様の息子ひとりが悪いわけではないです」


 今度はカイネルが肩をすくめて見せる番だった。


「お前の口から父上にそう伝えてくれ。どうも父上は俺の都合だけでお前を前線に送ったと思っている節があるのでな」


 そう言って口を尖らせるカイネルを見てボルドは少しだけ口元を綻ばせた。そんなボルドの様子を見てカイネルは少しだけ安心したような表情を浮かべた。


「ボルド、あまり思い詰めるな。お前に死んで欲しくない者は沢山いる」


 ボルドは自分に向けられたカイネルの赤い瞳を見つめた。自分は恵まれているのだろうとボルドは改めて思う。人族の血を引きながらも差別されることもなく、こうして周りの魔族に受け入れられている。


 人族の血を引きながら……自身をそのように卑下するつもりはないが、どう足掻いたところでこの国はそういう国なのだ。


 ならばその国自体を変えようとするのは、自分の巡り合わせと言うべき事柄なのだろうか。人族の血を引きながらもこの立場にいる自分こそが、物言えぬ人族の思いを掬い取るべきなのだろうか。


 カイネルの赤い瞳に見つめられながら、ボルドはそう考えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る