第38話 カイネルの思い

「仕方がなかろう。あやつは体が丈夫ではない」


 一等国民の中でも最上位に位置するカイネルたち貴族には兵役の義務があった。だが、その義務は嫡出子が二人以上であるなら、その中の一人が兵役の義務を負えばよいというものであった。


 ボルドは後妻の子供とはいえテオドール家の正式な嫡出子と認められていた。よって、ボルドが兵役の義務を負えば兄のロスラフはその義務を負わなくてもよくなるのだった。


 だが、ここで問題が生じる。ボルドは母親が人族であるため、貴族の家に生まれながらもボルド自身は二等国民でしかなかった。軍部の規則では二等国民は下士官以上にはなれない。


 つまりは運よく後方勤務にでもならない限りは、常にその身を最前線に置かなければならないということになるのだった。


 通常であれば、家督を継ぐ者が兵役の義務を負うのが慣例なのだ。だが、ロスラフは自分の体が病弱なことを理由にして母親が異なるボルドを兵役に就かせた。兵役に就けばボルドが最前線での兵役義務となる可能性が高いと分かっていながらだ。


 それなりの理由があるにせよ穿った見方をすれば、自分可愛さでボルドの身を案じることはなく彼に兵役の義務を押しつけたということだ。少なくともカイネルはそう思っていた。


 皇帝の一族に連なるスライ家の力で、ボルドの配属先に相応の便宜を図ることもできた。だが、ボルドがそれを良しとはしなかった。ボルドという人間は幼い頃から頑固でそういった融通が効かない男なのだ。やせ我慢も時にはよいのだが、死んでしまってはどうにもならないと思わないのだろうか。


 結局、ボルドは片手を失うこととなってしまった。命が助かったからよかったものの、それを思うとカイネルは暗澹たる気分になる。


 よって今回の作戦でボルドの存在が必要となった時、カイネルが真っ先に手筈を整えたのが最前線でボルドを護衛できる者の存在だった。そうして厳選して用意させた護衛。稀代の稀に見る彼女の魔法能力であれば、激戦となる最前線でも十分にボルドを守り得るだろうとカイネルは思っていた。


 勿論、戦場である以上は絶対などない。カイネルの意に反してボルドが命を落とすこともあるかもしれない。


 だが、人族の身分を向上させるという数百年もの間、変わることなく続いている身分制度を劇的に変えようというのだ。本音では避けたいところだが、ある程度の危険性が伴ってしまうことは、どうしても仕方がないことだとカイネルは思っていた。


「いずれにせよ、要塞都市グリビアを奪還。そしてイスダリア教国の主要都市を奪取してからの和平締結。全てはそれからです。そのための第一歩です。必ずグリビアを奪還してみせます」


 カイネルはそう言いながら、自身の決意を新たにするのだった。





 「大佐が今回の指揮を取るのですか?」


 ボルドは自分の天幕に訪れたカイネルを前にして驚きの声を上げていた。


「イ号作戦を立案したのはこの俺だ。何のためにこの作戦を立案したのかと言えば、要塞都市グリビアを奪還して最終的には有利な和平を結ぶためだ。となればこの奪還戦に失敗は許されない」

「だからといって、最前線で大佐が陣頭指揮を取る必要はないでしょうに」

「……危険だからか? いらん心配だ。最前線とはいえ司令部は後方だ。危険などはまずない」


 そうではなくて万が一の話をしているのだと思ったボルドだったが、その言葉を飲み込んだ。どうせボルドが何を言ったところで、この幼馴染みは言い出したら他者の意見など受け入れはしないだろう。昔から妙に頑固なところがこの幼馴染みにはあるのだとボルドは思っている。


 軽く溜息を吐いたボルドの様子を見てカイネルが苦笑を浮かべた。


「俺が頑固だからといってそんな顔をするな、ボルド。俺に言わせれば、お前の方が頑固だぞ。それに、お前が俺の身を案じているのは分かっている。だが、後方で隠れている俺の心配なんかよりも、俺はお前に自分の心配をしてほしい」


 カイネルにそう言われて、ボルドは黒色の瞳をカイネルに向けた。


「厳しい言い方になるが、お前が自爆をしに行くわけではない。だから、無茶はするな。死ぬことなんぞは俺が決して許さんからな」


 カイネルの言葉を聞きながら、死ぬことを望んでいるわけではないとボルドは思う。だが、他者に死ぬことを命じておきながら、それを命じた自分が生きていてよいものだろうかとも思う。


 志願兵だけではない。これまでも多くの仲間や部下が死んでいった。それなのに自分だけが生きていてよいのか。その疑問はいつもボルドの中に根強くあるのだった。

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