花散る大木の下で

影神




地元では有名な大木の桜。




『巨木さん』とまで呼称され、




慣れ親しまれたその桜は




沢山の人々を魅了する。






深夜27時。




夜が朝へと切り替わってゆく頃。




新聞配達の途中で俺は休憩する。




ちょうど配達の経路では、




半分以上を終えた状態だ。






「ふぅ~、、」




一息入れるこの時間は唯一の至福だ。




別にサボってる訳じゃない。




普通に行けば早めに上がれるのだが、




近所の方から苦情が来たらしく、




やむ無くこうやって時間を潰してるのだ。






まあ、そういうのも分からなくはない。




誰かの幸せは誰かの不幸であるように、




誰かの休息の時間は誰かの稼働する時間なのだから。






この時間のルート変更は日常的に行われた。




辞める奴や、お化けが出るから代わって欲しいとか、




別に俺は見えるタチでは無かったし、




そもそも断れるものでも無かったので、変わった。






そこでは普通に何事も起きず、無事職務が終了した。




新聞なんて、今じゃ電子版があり、




わざわざ作られた物を買うのは年寄りぐらいだ。






その爺さんが亡くなって、今はこの場所が担当となった。




まあ、臨機応変に対応出来るから回されたって訳だ。






この季節には桜が見えるし、冬は坂がキツいが、




なかなか悪くもない。






この生活を続けて早3年が経とうとしている。




普通の皆と同じように他人と関わって、




"チームワーク"とやらで共存していく事が、




俺には出来なかった。






それに気付くまで、膨大な時間と、




心と言った精神をどれ程削っただろうか、、






だが、今はとても幸せだ。




何かの意味がちゃんとあって働き、




1番は他人との関わりが少なくて済む。






"そもそも俺は人間があまり好きではなかったのだ"






小さい頃からそれなりには育ててもらった。




だが、俺の求めていた愛情と、親がくれた愛情は異なった。






本当の愛情を知らないまま親になると、




子供が出来た時には愛情の与え方や、




子供との接し方、距離等は少しずつ歪んでゆく。






過去の出来事を落書き板の様に消そうとするも、




その後にはうっすらと消せない記憶だけが残る。






「さて、行きますかね、、」




30分ぐらい潰し、残りの配達を済ませる。




この時間になると空は少しずつ明るくなっていく。






シーンとした街は、




まるで、俺だけを取り残したような世界。




バイクの排気音は






"俺はここに居るぞ!"






と自らをアピールをし、




それを助けるかの様に街は音を響かせる。






『この街は嫌いだったが、俺は少しずつ好きになってゆく。




全てはこの桜の木の下から始まった。』






いつの頃か。




もう忘れてしまったが、




桜の咲く季節にふと彼女が現れた。






こんな時間にこんな場所で何をしているのかと、






最初はそんな程度だった。




他に時間を潰せる場所も無かったので、




気にしない事にして、時を過ごした。






仲良くなったきっかけはあの満月の日だった。






彼女は桜の咲く季節以外では現れなかった。






桜の季節をいくらか過ぎると、




彼女の事を待ち遠しくなる自分が居た。






彼女の季節を待ち、桜が好きになっていった。






配達場所の移動の変更が度々あったが、全部断った。






『それはきっと彼女と親しくなりたかったからだ。』






満月の桜の日。




私は思いきって話しかけた。






「あの、、いつもお見掛けしますね、、」




彼女はそっとこちらを見る。




容姿はとても綺麗で、ほっそりとしていて、




病気なのか、血色はあまり良くない。




今で言う、透明感がすごかった。






彼女はゆっくりと話す。




「あなたこそ、桜の季節にはよく会いますね。」




そっと微笑んだ顔がたまらなく美しくて、




思わず顔を反らした。






それからはその時間がただただ、




いとおしかった。






他愛もない話は彼女を繋ぎ止め、




あっという間に彼女との別れが訪れた。






明日は何を話そう、、






そう考える時間すらも幸せだった。






季節が変わり、桜が散る頃には彼女は居なくなってしまう。






その度、彼女にまたお願いをする。




次も会える確証が俺には何も無かったからだ。






「また、春になったら、、




俺と、こうやって、話して頂けますか?」






彼女はにっこりと微笑む。




「えぇ、私で良ければ、、喜んで、」






彼女は歳をとらない。




薄々気付いてたのかもしれない。






"彼女が普通ではないことが"






それでも良かった。




彼女と過ごせるだけで、それが生き甲斐になった。






何の目標も無く生きる生活に張りが出来た。






とっても幸せな人生だった、






彼女のおかげで、






沢山の春を彼女と過ごした。






"でももう、次の桜で彼女に会う事はできないだろう、、"






歳は取りたくないもんだ。




身体の自由が少しずつ奪われていく。






「せめて、あの場所には行かせてくれ、、」




老体にはキツい急な坂だ。






よくバイクでここまで来たものだ。




ゆっくりと桜を目指して歩く。






桜の木の下には彼女が居た。




彼女はこちらに気付くと軽く会釈した。






「こんばんは、、」




息を切らしながらいつもの場所へ座る。




彼女は相変わらず美しい。






伝えようと思っていた事を、




伝えたくない唇が、ゆっくりと告げる。




「私はもう、来年まで待てないかもしれません、、」






風が靡き、彼女の綺麗な髪をさらう。






彼女は分かっていたかの様に応える。




「そうですね、、




あなたも、随分歳をとりましたね、






あなたと出逢えたあの時から、




私はちっとも変わりませんが、






時は残酷なもので




"あなたを変えてしまった"」






彼女はゆっくりと近寄り、柔らかい手で私に触れる。






「そうですかい、、




でも私の想いは今も変わらないですよ、、




出来れば来年も、




そのまた来年も、




ずっと、ずっと、、






あなたとこうして話していたかった、、」






彼女の温もりは優しく桜の香りがした。




こぼれでる涙を彼女は受け止める。






「ずっと、愛していました。」






彼女は私にそっと口付を交わすと、




朝日とともに消えて行った。






明るく眩い光を私は憎く思った。










































































































































































































ニュース「△△△市の桜の木の下で、




男性が遺体となって発見されました。






男性は安らかに息を引き取った様子で、




桜にもたれ掛かる様にして亡くなっていました。






警察では事件性はなく、住人の話によると、




度々男性はこの桜の下で目撃されていたようで、




この場所で力尽き亡くなったのではないかと、




憶測されています。」




































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花散る大木の下で 影神 @kagegami

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