偽物の聖女だと決めつけられたので、追放刑になりました。なのに困っているから助けてくれ?ごめんなさい見捨てます

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 もう過去になってしまった、あの運命の日。

 その日は、私の人生と大勢の人たちの、運命の分かれ道だった。


 けれど、その時はきっと誰も、後にあんなことが待ち受けているとは思わなかっただろう。


 一人の人生の転機も、大勢に破滅をもたらす災いも。

 きっかけは、小さなことだったからだ。





 運命の分かれ道が訪れるその日まで。


 聖女であった私は、毎日真面目に働いていた。


 いつも自分にできる事をこなしながら、必死に聖女として働き、多くの人達を守ろうと力を尽くしていた。


 死に物狂いで、たくさん努力をして、たくさん頑張った。


 一人でも誰かの力になろうと、誰かの命を守ろうと。


 それなのに、そんな私の努力は、全部無駄だったのだ。


 私の頑張りを認めてくれる人間は、その国にはいなかった。





 脳裏の刻みつけられたのは人々から浴びせられた罵声。

 それは数年たっても、消えることのない傷を心に刻みつけている。


 運命の分かれ道を通りすぎ、つらい道を歩き、すべてが終わってしまった後でも。

 私の人生のどんな時でも、人々からかけられた心無い言葉の数々は、鮮明に思い出せた。


「平民のお前が聖女になれるわけがない!」


 とある同僚はそう言って、私に水を浴びせた。

 厳しい修行を乗り越えて、聖女になったものだった。


「今までの聖女はみんな貴族だったんだぞ!」


 私に守ってもらった貴族は、私を突き飛ばしてこういった。

 私が彼を、人類の敵である魔物からかばい、背中に傷を受けた直後だったにも関わらず。


「だから、お前は偽物だ。本物であるわけがない!」


 その国の一番偉い人間は、国内でささやかれている噂をまとめて、私を糾弾した。

 踏み台として悪人を糾弾して、自分の地位を確かなものにする。そのために。


 私は一生忘れられないだろう。


 それらの言葉の数々を。






 この世界には聖女が必要だ。


 汚染され魔物になった動物は凶暴化して人々を襲うし、作物を実らせない土地で人々を生活させるには、浄化の力をもって生まれた聖女は重要だった。いなくてはならない存在だった。


 けれど、私がいた国には貴族至上主義の者達が多かったため、平民であった私の頑張りは認められなかった。


 どんなに強力な力を持っていても、平民であるというだけで、ふさわしくないと言われたのだ。


 共に働いていた同僚も、私が助けた者達も、国の頂点も、私を認めてはくれなかった。






 それでも、聖女として働いている時は、いつか報われる日が来ると思っていた。


 頑張っていれば、いつかみんなが認めてくれると……。


 けれど。


 そんな日は、結局やってこなかった。


 ある日、上司が私を呼び出してこう言った。


「お前が真面目に聖女の仕事をやらなかったせいで、多くの犠牲が出た。お前は聖女失格だ。いや、聖女を騙った犯罪者にそれだけでは生ぬるいな。追放してやる。国の王も賛同してくださるだろうさ」


 私はその言葉を聞いて、膝を落とした。

 絶望して、何も考えられなかったからだ。


 抵抗する気力も、講義をする力もなかった私は、聖女の資格をはく奪され、そのまま追放されてしまった。


 そして「もう戻ってくるな」と言われ、国民である資格も失ってしまったのだった。


 言いがかりをつけられた仕事内容では、手を抜いた瞬間はなかった。


 いつも通り私は頑張っていた。


 力が弱まらないように集中していたし、浄化のし忘れがないように、入念にチェックした。


 けれど、他の同僚の聖女フレンダがミスをしてしまったために思ったように浄化が進まず、いつもより仕事が遅くなってしまった。


 それだけでなく、彼女がチェックし忘れた動物が、浄化しきれていなくて暴れだしてしまったのだ。

 損害は大きかった。


 フレンダは自分が悪いとは言わなかった。


 すべてのミスを私に擦り付け、被害者であるかのようにふるまった。


 きちんと調べれば、だれが悪いか明らかになっただろう。


 しかしそれをやろうとしたものは、一人もいなかった。





 そんな出来事があったために、偽物の聖女にされてしまった私は、生まれ育った国を追放された。


 国民達は、門から追い出された私を見ても、手を差し伸べてくれない。


 それどころか、指をさして悪口を言い、せせら笑うだけだった。


 平民の聖女が追放されるという事で話題になったらしいが、それは興味本位やうっぷん晴らしで見学しているにすぎない。


 誰も、やっかいな人間に手を差し伸べてくれはしなかったのだ。






 追放された私はその後、あてもなく彷徨った。


 他国に知り合いはいず、目指したいと思う場所もなかったからだ。


 申し訳程度にもたされたお金は、わずか数日分の飲食代しかない。


 遠からず力尽きてしまうだろう。


 国を無理やり追い出されたときから、私の死は確定したも同然だった。


 しかし、そんな私を追いかけてきてくれた男性がいた。


 彼の名前はザックス。


 聖女を護衛する騎士だった。


 彼は、こんな私にも、何度も声をかけてくれた優しい人だった。


 けれどそれは、仕事に忠実なだけで、私個人に親切にしてくれていたわけではないと思っていた。


 だが、そうではなかった。


 彼は本当に私の事を見て、思いやってくれていたようだ。


「君だけがこんな目に遭うなんておかしい。けれど、濡れ衣だと誰に言っても信じてくれないんだ。すまない俺の力が未熟なばかりに」


 そういった彼は、私の知らないところで、私のことを助けようとしてくれたらしい。


 多くの人が私を冷たい目で見ていたけれど、彼だけは私を優しい目で見てくれたのだ。


 そんな彼は、私の事を放っておけなかったらしい。


「俺は国よりも、他の聖女よりも、君を守る」


 力強く抱きしめてくれた彼は、私を必ず安全な国まで連れていくと誓ってくれた。






 そういうわけで、ザックスと共に私は、貴族や平民などの区別がない国を目指した。


 苦労してその国にたどり着いた後は、やはり大変だった。


 最初はお金がなかったから、生活に苦労したのだ。

 けれど、仕事が見つかってからは、何もかも順調にいきだした。


 彼は力持ちだし、細かい事に気が利くから、多くの人に頼られた。

 私は、子供達に勉強を教えたりして、お金を稼ぐことができた。

 面倒見が良いと評判になって、家族の方から喜ばれながら生活していた。


 そんな日々は、以前の生活からは得られない充実感を与えてくれた。


 ザックスは騎士でなくなり、私も聖女でもなくなったけれど、いくつもの苦境を乗り越えてきた聖女時代に比べれば、この日常は比較的楽だった。


「このままずっと、こんな生活が続けばいいのに」

「ああ、続くよ。俺達が一緒に頑張れば」


 ザックスはかなり高位の騎士だった。その立場を捨ててまで私を助けてくれた。


 彼の優しさに惹かれた私は、次第に好きになっていった。






 幸せな日々が続いていたある日の事、故郷の国が大変な目に遭っているという情報が耳に飛び込んできた。


 聖女が浄化しきれなかった動物が、再び魔物になる、狂暴になってしまったらしい。


 それでその魔物が群れて、国を包囲し、国民を襲っているようだ。


 私を貶めてフレンダは、大聖女となったみたいだが、人々を守り切れな方。


 必死に聖なる力を振るっていたらしいが、その浄化はうまくいっていないとか。


 その関係なのか、生まれ故郷の国から使者がやってきた。


 どうやって私達を見つけたのか分からないが、この国にやってきたその人は、「どうか助けて下さい」と言った。


 けれど、私はもう戻るつもりはなかった。


 巻き込まれる国民達は少し可哀そうではあったが、彼等も私に手を差し伸べてはくれなかった。それに、戻って混乱をおさめた後に待っているものが幸せなものだとは思えなかったからだ。


「貴方たちはさんざん私をなじって、罵倒して、嘲笑してきました。そんな貴方達を助ける義理がどこにあるというんですか?」

「助けてほしいなら、まず彼女に謝るべきだろう。いつだってお前達は、決めつけてばかりだ。平民だからふさわしくないだとか、聖女だから人を助けて当然だとか」


 使者は困り果てていたが、ザックスはすぐに追い出した。


 私はもうあの国に戻りたくなかったから、そんなこちらの態度を気遣ってくれたのだろう。


 その日の夜、私はザックスと相談してある事を決めた。


 国も聖女達も助けないという事を。






 数週間後。

 大聖女フレンダの健闘もむなしく、故郷の国は滅びた。


 けれど、ごく少数の国民は生き延びていた。


 聖女を育成する施設と、国の中心部であった王宮は見るも無残に壊れ果ててしまったが、それ以外の一部分は綺麗に残っていた。


 生き残った国民達は、国を再建するようだったが、もう元の国にはしないと誓っていた。

 

 次に生まれる国は、平民や貴族などの区別がない国になるだろう。


 起きた混乱で、国の王様がいなくなってしまったため、国名が変わり、国の在り方も変わっていくようだ。


 私は国の外から、新しい国となっていくその国の姿を見つめながら、隣に立つザックスへ話しかけた。


「ザックス。これで良かったのかしら。私達はみんなを守る事もできたのに」

「これでよかったんだ。彼らは自業自得で滅んだにすぎない」


 結局私達は全てを見捨てる事ができなかった。


 ぎりぎりで間に合った私は、故郷で聖なる力を行使した。


 そして、平民である私を頼ってきた国民だけを守ったのだ。


 それは、苦しんでいる私を見て見ぬふりをした者達がどうしても許せなかったからだ。


 罪悪感にさいなまれる私を見て、ザックスはこちらの名前を呼んだ。


 幸福の意味を持つ単語から、一文字だけ欠けた、私の名前を。


 もう何十年も前。

 私を生んだ両親は、聖女の力を持った子供が誕生したことで、良い思いができると思っていた。

 生んだ子供が大聖女になれば、その親は楽に暮らせるからだ。


 しかし自分たちが平民だと気が付いてがっかりしたのだ。


 平民という身分dね聖女なんて産まなければよかったと言って、その年にはやった流行病で死んでいった。


 手が届きそうで届かない幸福を見せつけられているから、気分が悪いのだと。


 ただの平民の子供であれば、まだ良いかったのにと言い放ったらしいのだ。


 後に近所の人からそのことを聞いた私の胸の中は複雑だった。





 荒廃した故郷から私たちは去っていく。


「ピネス。他人を幸せにしても意味がないよ、俺達はまず自分達が幸せにならないといけない」

「そうよね」


 ザックスに肩を抱かれた私は、もう振り返ることはなく、生まれ育った国を後にした。


 いくつもの悲しい思い出に蓋をして。


 果たしてこれから、私は自分達の幸福を見つけられるのだろうか。

 

 分からないけれど、だからこそ隣にいる彼の存在が頼もしかった。


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