主人公にはなれなかった俺たちだけど

@chauchau

これくらいがちょうど良い


 最初は遂にやったと思ったものだ。


『其方の力が必要だ』


 齢三十歳にして、ようやく俺も主人公になれると内心ガッツポーズをかましたね。


『対価は其方の願い』


 だが、二ヶ月前の俺よ。

 二ヶ月後の俺から言えることはただ一つ。


『さぁ、我が手を』


 世の中そんなに甘い物じゃないってことだ。


 どちらかと言えば異世界ファンタジーが流行っている世の中だけど、俺くらいの年齢から言わせればライトノベルと言えば現代ファンタジーのイメージがある。

 普通の主人公が異能力を与えられて生死を賭けた戦いに身を投じながら、魅力的なヒロインや仲間達と過ごすんだ。普段の学校生活は守られたままでも、守られなくてもどっちの流れでも好きだね。

 当時の俺は興奮しながら読んだものだ。平凡な自分もいつか物語のなかのキャラクターみたいに輝けるんだと。


 それがあり得ないと理解したのはいつ頃だっただろうか。

 普通に勉強して、普通に高校に行って、また普通に勉強して、そこそこの大学に入って、初めて出来た彼女とは一ヶ月で別れて、そこから二度ほどお付き合いを重ねて今は独り身で。

 就職してからはクソ上司に怒られて、時々良い上司に助けてもらって、同期の巻き添えで怒られて、後輩は可愛い奴と生意気な奴がいて。


 そろそろ親からの圧力もあって婚活アプリでも導入しようか悩んでいる矢先のことだった。


 八百万と存在する神々の戦いに巻き込まれたんだ。

 付喪神達の五百年に一度行われる祭典。彼らの頂点を決める由緒正しき戦いのパートナーに選ばれた。


 だけど、残念ながらこれは戦いの臨んだ男の熱い物語じゃない。

 だって。


 もう俺ら負けているし。


「ぶはは! 見てみろ! 熱湯が尻にかかったぞ! あれはきっついなぁ」


 日曜日の朝から寝っ転がってテレビを見ながら煎餅を貪る少女。頼むからおっさんみたいに尻をばりばり掻かないでほしい。


「おい、煎餅が零れるから寝っ転がりながら食べるなって言ってんだろうが」


「あぁ? 煎餅は寝っ転がりながら食べるべしって三億年前から決まってんだよ」


「煎餅ねえよ、その時代」


 俺をパートナーに選んだのはメガネの付喪神。

 正直思ったさ。ちょっと幼すぎるけれど見た目が美少女でやったぜ! とな。それについても二ヶ月前の俺を叱りたい。


「ちっ! ああ言えばこう言いやがって、この駄メガネが」


「その言葉そっくりそのまま返すわ、無能メガネ」


「言ったな!? てっめ! 無能メガネって言ったな? やるぞ? やってやるぞ?」


「何をだよ」


 俺達の戦歴は一戦零勝一敗。つまりは、一回目で負けました。

 それはもう惨敗です。笑えるを通り越して笑えないほど惨敗です。だって、開始数分で相手に土下座して許してもらったくらいだからな。

 この戦いは、お祭りなので命の取り合いなんて物騒なものじゃない。勝敗が付けばそれで良いのだ。だから普通に降参すれば良かったんだけど、あの時は痛すぎて俺も無能メガネも必死だったんだ。相手はドン引きしてたよ。こんちくしょう。


 そんな俺だから自信を込めて言おう。

 この無能メガネが戦闘能力なんて保有していないと。メガネが曇るのをちょっとだけ防ぐ能力しかないんだ。


「服を脱いで泣きながら外に出て、この部屋のおっさんに無理矢理されたって叫んでやる」


「それでも神か、てめぇ」


 一撃必殺ぶち込むな。

 ただでさえこいつを家に置いておくことで大家さんのメガネが怪しく光ってんだぞ。


「くっくっく、武力なぞは不要よ。今の世の中恐るべきはコンプライアンスよな」


「良いから座って食え」


「へいへい」


 渋々座りなおす彼女のメッキが剥がれたのはかなり初期の頃だった。というか、一日持たなかった。最初だから恰好付けたと缶の安酒を飲みだした時はまだ夢を見ていたものだ。こういうキャラクターも居るだろうと。


「人の夢、人の夢」


「うるさいな、モノローグに口出してくるな」


「あっ! 馬鹿っ! そこで後ろを向いた、ぁぁあ!! ああ、くそ負けたぁぁ!!」


「お前が応援する神様って絶対に負けるよな」


「なぜだぁぁ!!」


 付喪神たちの戦いは祭典であり娯楽だ。

 一般的に普通だった俺のテレビは、いまでは存在しないテレビ局が放映する戦いを映し出す謎の機械へと進化を遂げている。ていうか、持ち主である俺よりすごくならないでほしい。


 早々に負けた俺たちに残されたのはテレビを通して誰が勝つか予想するしか……。


「なあ」


「んぁ?」


「いつまで居る気なんだ?」


「何が?」


「特に気にしなかった俺も俺だけど、もう負けたんだからお前がここに居る意味ってなくね?」


「意味とか言い出したら人生つまらないものになるぞ」


「分かった。居座っているだけなんだな」


 二か月も一緒に居れば分かることもある。

 今のこいつは必死に都合の悪いことから逃げようとしている時の声色で顔色だ。


「そうだけど」


「認めるのかよ」


「ここまで来たら最後まで良いだろ」


「戦いの決着が着くまで? 確かにそれくらいならまぁ」


「お前が死ぬまで」


「おっと、話が変わってきたぞ」


 それは憑かれていると表現するなにかだ。

 なまじっか俺以外でも普通に認識出来るのが余計にたちが悪い。


「モノは大切にするべきだと言うだろうが」


「生憎付喪神を大切にしろとは言われたことがない」


「口では言いつつも、この生活を楽しみ始めている男であった、まる」


「そうだけどよ」


 久しく彼女も居らず、三十歳という境で仕事も重要なモノを任せてもらえるようになってきて楽しいせいか人付き合いというものを仕事を除いてないがしろにしていた反動か、家に帰れば誰かがいるという事実に満足していることは本当だ。

 本当ではあるけれど。


「結婚出来なくなるじゃんか」


「……? 元々出来ないのにか?」


「婚活アプリがあるわい!?」


 見た目が良いとは言わないが、身なりには気を遣っているし、そこそこ貯蓄も給料もあるのだから根気よく続ければ不可能ではない!! はず!!


「…………そうだな」


「優しい目で見るなっつーに!」


 なお、このメガネの付喪神と俺との関係は延々続くことになる。まさしく無駄に長く。

 だがまぁ、他の付喪神のパートナーをしていた女性とこいつのおかげで知り合って、結婚することになるのだから、全てが無駄ってわけではないだろうけど。


「死んだら、どうなるんだ」


「死んだことないから分からん」


「神様のくせに」


「付喪神にそこまで求められても」


「はは……」


「ああ、でもあれだな」


「おう」


「お前が死んだら、どこかへ旅に行こうとは思うな」


「そこは俺の子どもとか孫とかを守るとか言えし」


「嫌だよ、面倒臭い」


「ありがたみもクソもねえ……」


 五十年以上も付き合いが続けば、家族のようなものになる。

 皺くちゃになってしまった身体は思うように動かすことが出来なくなっても、こいつと話す時だけは、昔の自分に戻ったようでもあって。

 普段は優しいのに怒ると怖い嫁さんに、貴方はいつまでも若いままですねと笑われてしまうのは俺だけのせいじゃないはずだ。


「お前のせいだろ」


「モノローグに口出してくるな」


 結局。

 子どもの頃に読んだライトノベルの主人公のように俺たちはなれなかったけど、ちょっと不思議で止まってしまう俺だったけど。


「良かっただろ?」


「だから、読むなっての」

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