第2話 奈々

「おじさま、日本語がお上手なのですね」と


ななは、楽しそう。



ずっと、個室寝台車でひとりだったから

おしゃべりをしたいのかもしれない。




285系電車、サンライズは

回送表示で、静かに東京駅を出発。



「あーあ、終わっちゃった」と、


ななは、ちょっと名残惜しそうに



ベージュの電車を見送った。



朝の風が、ふたりの間を吹き抜ける。




小さなレザーの、茶色いリュックサックだけの

ななは、なんとなく遠足の小学生みたいだ。




カーブを曲がって、見えなくなるまで

電車を見送った、ななのお腹が鳴って(笑)




ななは、お腹をおさえて笑った。




「さ、じゃあ、ななちゃんかのぉ、

モーニングでも」と、神様は言って




「はい。あたし、夕べから何も」と言って



にこにこ。



10番ホームにはなぜか付いている、銀の鈴へのエレベーター。



最後の寝台列車のホーム、だからか。




そこに、神様は

ななとふたりで乗った。




「ご旅行ですか?日本に」と、ななは




もちろん日本人ふうではない、背の高い

神様を見上げながら。





「わしか?出雲にな。神様の会議」と



神様は本当の事を言った。




ななは、楽しそうに笑い「神無月、って。

それじゃ、おじさまは神様なのね」と


ユーモアだと思って、言葉を返す。



機転の効く子じゃ、と



「ななちゃんは、お話が上手じゃの」と



神様は返答した。




エレベーターが地下、銀の鈴に着いた。





「はい、あたし。話すお仕事だったから」

ななは、にこにこしながら

エレベーターを下りた。



銀の鈴の前に、コーヒースタンドはあるけれど

朝は、オフィス街みたいで

ちょっとせわしい。


神様は、ななと

ゆっくり話がしてみたかったから



地下道の先にあるエスカレーターで


地上に上がり、来る時に寄った


日本食堂に向かった。



「話す仕事?アナウンサーとか?」と

神様は、可愛らしいななの様子を見て



レポーターかな、旅番組の、とか


思ったり(笑)。



ななは、にこにこしながら「いいえ、コールセンターの、電話かかりだったの」と

すこし、口調が砕けて。



それから、すこし、笑顔が曇り空。




神様は、何か思い出があるのかな、と


伺いながら、こじんまりとした


ノースコートの、日本食堂の扉を押した。



7時から営業していることは、意外に

知られていない。




いらっしゃいませ、と


朝でも格調高い洋食のお店で



ななは、それでも気後れする事なく。




「素敵なお店」と




笑顔に戻って。





神様に続いて、お店に入る。







「電話のお仕事じゃな。わしの国には

無いが」と、神様は笑顔になって。



小さな、向かい合わせのテーブルに、ななと

一緒。




「天国にお電話って、無いのかしら」と

ななは冗談の続きのつもりだ(笑)。





本当に、電話はないが

携帯電話はあったりして(笑)





めぐと、メールしたりはする(笑)。





早朝とあって、人影まばらな

お店の奥で、ふたりはモーニング。



なんとなく不釣り合いな神様と


かわいらしいなな、とのカップル(笑)


でも、格調高いこの店では

それを気にする事もない。





「電話のお仕事も、大変じゃろうな」と

神様が言う。



なーんとなく、深夜テレビの通販みたいな

そういうぼんやりとしてイメージで。



「大変!そう。大変だったの。

声だけでお仕事しないとならないし。

最初の頃は、辛くて辛くて。

厳しいお客様もいらしたし」と、ななは

それでも笑顔で。



神様は思う。


それは、人々が

まだ、優しさを忘れていた頃の話じゃろな、と。






「そこのお店で、今年の春だったかしら。

とっても優しい笑顔の、人に出会って。



あれ、あたし、なんでこんな事。


言うつもりなかったのに。ごめんなさい」と



ななは、ちょっと思い出しちゃったらしい。



神様は、「うんうん、そうか。」と



微笑んだまま。






「なんとなく、おじさまに似てる」と

ななは恥ずかしそうに笑う。



「なぜかしら。すっ、って

話せるのって」と、



めがねの奥で笑った。






「そうか。わしは

神様だから」と、神様は

本当の事を言うのだけれど




「おもしろいおじさま。あの人も

ユーモアがあって、ふんわりしてて。

会ったその時から、古いお友達みたいだったの。


誰にでも優しくて。神父さんみたいに静かで」と、ななは思い出を誰かに話したかったのだろう。





でも、偶然神様に出会えて。



話し相手が見つかって、幸せそうだ(笑)。


テーブルには、きちんとクロスが敷かれて


朝だとしても、格調の高いレストランらしい。


サラダとスープを、ウェイターが

颯爽と持ってくる。



見たところ、日本ふうの洋食なので

和風に作られている。


そこが、長年の人気の秘密で

食べ物の好みは、ひとそれぞれだけど



日本で取れる食物をおいしい、と思う

気持ちは日本ふう、の感覚である。




「いただきます」って、ななはにこにこ。



スープを味わうと「おいしいです、とっても。やさしい味。」




ふつうに、食べ物の旨味を煮出したものが

スープだけれども



しっかり作るのは、手間も掛かるので


工場で煮たものを使ったりするのが、流行。



ここのお店は、ずっと昔から東京駅にあった。


改札を抜けて、広い駅の廊下を東に向かう


学校の体育館くらいの、大きな食堂だった事を



もちろん、ななは知らないけれど



伝統のスープは、そういう歴史を伝えてくれて。

やさしい御味で、ななの心に

過ぎた時間の蓄積を伝える。





神様は、ななの愛らしいしぐさを



微笑んで眺める。





それで、クリスタさんやめぐの

姉妹のような可愛らしさを思い出したりする。









「旅の終わり、じゃね。」と、神様はつぶやく。





「はい、おじさまはまだ途中ですね」と


ななは、神様の時間を気にするけれど


もともと神様だから、時間も空間も飛び越えて行けばいいのだ(笑)。



神様は、時間に沿って存在していないから


ななの感じる、想い出を

懐かしむ気持ちも



遠い記憶に残るだけ、である。




「では、これから飛行機で帰られるのですか?」ななは、焼きたてのパンの香ばしさを

喜びつつ、神様の時間を損なっていないか、気遣う。



気のいい子だ、と神様は思う。



そうそう、電話でお仕事をしていたんだっけ。




辞めた理由はいろいろあるだろうけれど、

折角の旅の一日、そういう事を

聞かない方がいいかな、と

神様は思った。





それで「いつ、帰ってもいいんじゃな。わしは、神様だから」と、本当の事を言った。




「いいですね、自由で」と、ななは言い



「あたし、シスターになろうかな、と思ったりもして、それで、お仕事を辞めたんです」と




神様は、キリスト教じゃないから(笑、その神様はイエス様だもの)



ちょっとびっくり。





「かわいらしい、ななちゃんがシスター。

似合うね、きっと、修道服。」と、神様が言うを



ななは、楽しそうに笑い「あの人も、そんなふうに

かわいらしい、って言ってくれて。」

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