第80話 頭脳戦

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい! どうしてアタシがマルクちゃんとお別れしなければいけないのっ!?」


カーミラは、案の定大慌てでマルクに詰め寄る。


「だって……僕の血も吸わせてあげましたし、もう僕に用事なんて無いのでは?」

「そ、そんな薄情なこと言わないでちょうだいっ! だってまだ……」

「まだ?」


その時、カーミラはルドガー達の鋭い視線を感じて、言うのをやめた。


「いつの間にやらマルクさんの血を吸っていたうえに、この期に及んでまだ何かするつもりなのですか!? この破廉恥サキュバスはっ!」

「ボクとしても、ちょっと今のは聞き捨てならないかなぁ?」

「カーミラ、えっち。へんたい」


クラリス達から、口々にそしられる。


「そ、そういえば、あんた達はどうしてそんなに暢気にしているのよ!? マルクちゃんとお別れしなきゃいけないのは、あんた達も同じでしょう!?」


 苦し紛れに、危機的状況を擦り付けようとするカーミラ。


「ワタクシは、この国を離れてマルクさんの国で布教することに決めましたから」

「ボクも、マルクの住んでる国に移住するし……」

「ライムちゃんはそもそもマルクと住むから」

 

 しかし、全員から言い返されてしまった。


「め、滅茶苦茶じゃない……!」

「カーミラさんも、何か僕の住んでる国に用事があるんですか?」

「それは…………!」


 刹那、カーミラの脳は高速で回転する。どうにかして、都合の良い言い訳を思いつかなければ、このままマルクとお別れになってしまうからだ。


 ここでとれる選択肢は、いくつか存在する。


 その一、マルクちゃんのことは諦めて、大人しく手を引く。一番平和な策だが、これは論外だ。


 そのニ、マルクちゃんのおち●ち●をまだ吸えていないので、ここで別れるわけにはいかないと正直に話す。この場合、その場にいる他の人間全員を敵に回すことになり、最悪牢獄行きだ。


 エルネストを衛兵に突き出して早々に衛兵のお世話になっては、シャレにならない。


 その三、リタやクラリスのように、適当な理由を考えて無理やり付いて行く。無論、これが一番現実的な選択肢になるが、その適当な理由が思いつかないから、こうして困っているのである。


「カーミラさん? 顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

「ええ……も、問題ないわマルクちゃん」

「それじゃあ、山を降りたらお別れですね。少し寂しくなりますけど、達者でいてください!」


 そう言って、マルクはカーミラに微笑みかける。


「………………くっ!」


 ――小悪魔……いいえ、悪魔よ!


 この時ばかりは、自分の種族を忘れて、マルクのことを悪魔だと思った。


「いやぁ……君のとぼけた姿を久々に見れて、楽しかったよ☆」とルドガー。


 普段なら怒るところだが、しかしこの時のカーミラは違った。


「…………そうよ!」

「え? どうしたんだい☆?」

「あんた、アタシが昔貸したお金、返してないじゃない!」

「……………………え☆」

「それを返してもらうまで、アンタに付きまとってやるわ!」


 我ながら素晴らしい案だと、カーミラは思った。何も、マルクに付いて行く理由を考え出す必要はないのだ。


 師匠であるルドガーに理由をつけて付きまとえば、必然的に弟子であるマルクと一緒にいられることになる。


 カーミラは勝ちを悟り、心の中で笑った。


「――それじゃあ決まりね。ルドガー、あんたがお金を返すまでは絶対に……」

「ごめんなさい、カーミラさん。師匠が借りた分のお金はぼくが利息をつけてきっちり支払います……」

「ほえ…………?」


 意表を突かれ、目が点になるカーミラ。


「おお! 流石は我が弟子だ☆!」

「師匠は反省してください!」

「誠に申し訳ありませんでした。これからはマルク様と呼ばせていただきます」

「そ、そこまではしなくてもいいですけど……」


 もはや、二人の会話など耳に入って来なかった。


「それで……師匠が借りたお金っていくらくらいなんですか?」

「金貨……百枚……」

「そこそこの大金ですけど、今の僕ならちゃんと払えます! 安心してくださいね、カーミラさん!」


「うええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

「えええええええっ!?」


 追い詰められたカーミラは、とうとう泣き出してしまうのだった。

 



 

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