第66話 勇者エルネストの憂鬱 その1
下水道に作り出された隠し小部屋の中で、禍々しい声が響き渡る。
「はっぴぃばーすでーえぇぇるねぇすとぉぉぉぉ! はっぴぃばーすでーえぇぇるねぇぇぇぇすとっ! はっぴぃばーすでーでぃあぁ――「鬱陶しいわボケがッ!」
エルネストは、魔王が用意したちゃぶ台を派手にひっくり返した。
その上に乗っていたろうそく付きケーキは、ぶっ飛んで壁にぶち当たりグチャグチャになる。
「一体いつまで俺を訳の分からない儀式に付き合わせるつもりだッ! 力を与えるんじゃなかったのか!?」
エルネストは床に落ちたケーキの残骸をさらに踏みにじりながら叫んだ。
「あーあー……ムードぶち壊しじゃよ……」
「質問に答えろッ! 俺は一体何に付き合わされているんだ!!!」
「じゃ、じゃからその……今は、一通り儀式が終わったので、にゅーエルネスト誕生パーティーをしようかと思ってのう……」
「いらん! 誕生パーティーなど、この世で最も非生産的な行為だ。そんなものが好きな奴はこの世に生まれたことを後悔しながら●ねばいい!」
「うわー……魔王としてもその発想はなかったのう…………こいつ悪魔じゃろ」
「俺は勇者エルネストだ」
「勇者はそんなこと言わないもん!」
叫ぶ魔王。
「黙れ馬鹿。お前きもいぞ。反吐が出る」
「……………………」
エルネストの冷酷な人間性に、さしもの魔王も若干引き気味のようだ。
「……もしかして、ワシが封印されておる間に人間どもは魔物より極悪非道な存在になってしまったのかのう……?」
あごひげを触りながらぽつりとそんなことを呟く魔王。
「俺はそこら辺の愚民どもとは頭の出来が違う。この俺を人間のスタンダード……ステレオタイプだと見なすのは間違いだろうな」
「そ、そうか。よくわからんが、それを聞いて安心したわい……」
魔王はほっとため息をつきながら続ける。
「――ともかく、これでワシとお主はふぁみりーじゃよ、ふぁみりー。儀式を通してかたい絆で結ばれ、ワシの魔力の一部をお主も使えるようになったのじゃ」
「御託はいい――――パワーアップが終わったのなら、俺が為すべきことの
「意識高いのう……(笑)」
魔王は、関わる相手を間違えたことを感じ取りつつあった。
――ま、まあ、意識低い奴よりは働いてくれそうじゃし、多少の難点には目をつぶろう。
後悔しつつも、心の中でそんなことを考える魔王。
「……さて、それではお望み通り、手短にお主のすべき事を話すとしようかの」
「ようやくか。待ちくたびれたぞ」
「…………こほん。お主にやって貰いたいことは、ワシの力のおよそ半分を封じ込められた魔物……つまり、ワシの半身となる存在を連れてくるのじゃ」
「ほう、そいつはどこにいる?」
「今は……町の外を移動中じゃ。微弱ながら、ワシと同質の魔力を発しておる。気配を辿れば、お主にも見つけることができるはずじゃ。ほれ、目を閉じろ」
「気配を……辿るだと……? そんなことが可能なのか……?」
エルネストは疑問に思いながらも、魔王の指示通りに目を閉じる。
「――――――っ!?」
すると、魔王と同じ禍々しい魔力を放つ存在を、近くに感じ取ることができた。
背筋に鳥肌が立ち、足がすくむ。
「こ、こんな存在が……今まで我が物顔で町の外をうろついていたのか……!?」
エルネストは激しくうろたえながら言った。
「どうやら、感じ取ることができたようじゃな」
「こんな奴を……連れてこいだと……? 不可能だ! Sランク冒険者を遥かに凌駕する魔力の持ち主だぞ!?」
「…………安心せい。温厚な性格の魔物に封じ込めておいたから、おそらくワシの半身はまだ自分自身の力に気付いとらんよ」
「……信じて良いんだな」
「もちろん。それに、お主にはワシが分け与えた魔力があるじゃろう? 仮に交戦したとしても、そこそこ渡り合えるとおもうぞい?」
「……ふん。気に喰わんが理解した。言う通りにしてやろう。感謝することだな」
エルネストはそう言い残し、魔王の用意した隠し通路を通って下水道を後にした。
「………………」
その姿を見届けた魔王は、悲しそうな表情で、ぶちまけられたケーキの片づけを始めるのだった。
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