第65話 誕生日パーティー


「わ、私はこれからしばらく、資料と格闘するから、気長に待っててね! お薬が完成しそうになったら教えてあげるから」

「わかりました。金貨はそれまでに用意しておきます」

「そ、それじゃあ! ……あと、またメイド服が着たくなったらいつでもお邪魔していいからね!」

「遠慮しておきます」


 マルクはきっぱりとそう言った。


「――あ、そうだ! 遅くなっちゃったから、私が町まで送っていくよ!」

「結構です。カサンドラさんは、頑張ってお薬を完成させてください」

「わ、私……もしかして嫌われてる……?」


 おろおろしながらそう呟くカサンドラ。


「ライムちゃんは楽しかった。ありがとう、マサンドラ」

「だ、誰……? 私はカサンドラだよぉ……!」

「――――ばいばい」

「え、ちょ、ちょっと――!?」


 こうして、やっとの思いで解放されたマルクは、ライムを連れて小屋を後にした。


 外はすっかり日が暮れている。


「ふぅ……散々な目にあいました……」

「マルク、可愛かった」

「今日見たことは全部忘れてください」

「えー」


 そんなやり取りをしながら、ぽつぽつと明かりが灯り始めた町まで帰ってくる二人。


 宿屋へ戻り、部屋の扉を開けたその時だった。


「――――え?」


 ――突如として、けたたましい破裂音が鳴り響く。


「おめでとうございます! マルクさん、ライムさん!」


 マルク達の前に現れたのは、手にパーティーグッズを持ったクラリスだ。


「く、クラリスさん!? おめでとうって……一体何が……」

「細かい説明は後にして、お二人ともどうぞお部屋の中へ!」


 こうして、二人はされるがままに部屋の中へ連れ込まれる。


「お帰りなさい、マルク、ライム!」

「二人ともおめでとう! ――うふふ、随分と遅かったじゃない」


 中には、リタとカーミラの姿まであった。


「えっと、その……これは……?」


 訳も分からず、その場に立ち尽くすマルク。


「マルクちゃん、十一歳になったばかりだったのでしょう?」

「本当はボクが誕生日を祝ってあげるつもりだったんだけど……あのクズ――じゃなくてエルネストが勝手にマルクのこと追い出しちゃったから……」

「それで、この機会にみんなでお祝いをしてあげましょうって話になったのよ」


 事の経緯を説明され、マルクははっとした。


「そっか、僕……もう十一歳になってたんだった……」


 ――ここしばらくの間は、大変なことばかり起きていたせいで、すっかり忘れていた。


「ライムちゃんは、マルクが気づかないように今日一日見張ってた」

「だ、だから僕に着いてきたんですか……」

「そう……。でも、どうしてライムちゃんまで祝われてるの……? 今日の主役はマルクだって聞いた」


 そう言って、首をかしげるライム。


「考えてみれば、ライムさんが新たに人の姿で生まれ変わったのもつい最近のことでしょう? ですから、一緒にそのお祝いもしようかと思いまして!」

「なるほど……ライムちゃん、嬉しい!」

「喜んでもらえたようでなによりです!」


 微笑ましいやり取りをする二人。


 リタは、そのそばを通り抜けてマルクの前までやって来る。


「――改めて、誕生日おめでとうマルク! 遅くなっちゃったけど、ケーキとか色々あるからみんなで食べよう!」


 そして、そう言いながらマルクの腕を引っ張った。


「…………マルク?」


 しかし、そこでマルクの様子が少しおかしいことに気づく。


「……どうしちゃったの?」


 その場に立ち尽くしたまま、目から大粒の涙を流しているのである。


「わ、わからないんです……すっごく……嬉しいはずなのに……っ!」

「マルク……」


 リタはそ、そっとマルクの頭を撫でた。


「だって……ずっとそんなこと忘れちゃうくらい大変だったから……どうしたら良いかわからなくって……っ!」

「…………今までよく頑張ったね、マルク」


 そう言いながら、リタはマルクのことを抱きしめた。


「おねえ……ちゃん……っ!」

「そっか、お姉ちゃんに会いたくなっちゃったんだね。――誕生日、いつもこうして祝ってもらってたんだ」


 マルクは、リタの胸に埋まったまま黙ってうなずいた。


「――お父さんと、お母さんのことも……」


 そして、震える声でそう呟く。


「……そっか」


 マルクを抱きしめるリタの腕に、力がこもった。


「お姉ちゃんの誕生日も……僕の誕生日も……いつも僕たち以上に喜んでお祝いしてくれました……」

「優しい人たちだったんだね…………」


 リタの声にも、感情がこもる。


「みんなに……会いたいよぉ…… お父さん……お母さん……おねえちゃんっ……! うぅっ、うわああああああああんっ!」


 今まで我慢していたものが抑えきれなくなったマルクは、声を上げて泣いた。


「マルク…………少し、無理して背負い込みすぎだよ……」


 リタは、そんなマルクを優しく抱きしめて言う。


「ぐすっ――お姉ちゃん……僕が病気を治せるお薬を探しに行くって言ったら……もういいって……早くお父さんとお母さんに会いたいって言ったんです……っ。僕にも、その気持ちはすごく良くわかったから……もしかしたら、僕のしていることはただのわがままなんじゃないかって……!」


 気が緩んだせいか、マルクは今まで溜め込んでいたものを一気に打ち明け始めた。


「僕は……自分が一人になるのが嫌だから……無理にお姉ちゃんのことを引き止めようとしてるんですっ。お姉ちゃんにとっては、僕なんかと居るより…………お父さんやお母さんと会える向こうの方がずっと幸せに暮らせるのに……!」

「そんなこと――「違いますよ、マルクさん」


 そう言ったのは、クラリスだった。


「え……?」

「ご両親は、出来るだけあなた方と再会するまでの時間が伸びることを望んでおられるはずです。マルクさんのしていることは、わがままなどではありません」

「クラリス……さん……」

「それに、お姉様の発言も、本心ではありませんよ。――おそらく、マルクさんの身を案じるあまり、つい言ってしまったことです」

「で、でも……!」

「……お姉様の本心は、長い時間を共に過ごしてきたマルクさんが一番理解しているはずです。――――お姉様は、あなたを残して死ぬことを望んではいない。それを分かっているからこそ、あなたはこうしてこの場所に立っているのでしょう?」


 クラリスは、そう言って微笑んだ。


「あと少しです。元気を出してください、マルクさん!」

「……驚いたわ。聖職者らしいこともたまには言えるのね」

「あなたは黙りなさい。カーミラ」


 そんなやり取りに苦笑いしながら、マルクは涙をぬぐう。


「取り乱して……ごめんなさい。もう大丈夫です。……その――――僕……嬉しいですっ……! こんなふうにしてもらえるなんて、思ってなかったから……すっごく嬉しいですっ……!」


「マルクちゃん、随分と無理をしていたのね……」

「ワタクシとしたことが……もっと早くに気づいてあげるべきでした……」

「とにかく、今日はいっぱい楽しもうよ! ね、マルク! ライム!」


「ライムちゃん、ケーキ食べたい」


 ライムはのんきにそんなことを言いながらも、心の中では、これからしっかりマルクのことを支えていこうという決意を固めるのだった。

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