第60話 翌朝


「う……ん……?」


 マルクが目を覚ますと、外はすっかり朝になっていた。


「あれ? 僕、そんなに寝ちゃった……?」


 そう呟いた後、マルクは小さくあくびをしながら起き上がる。窓を開けて外の様子を眺めると、町にはすでに大勢の人間が行き交っていた。


 どうやら、随分と寝てしまったらしい。


「うぅ、こんな時間まで寝ちゃうなんて、だらしないです……」


 マルクは気の緩みを自覚し、がくりと肩を落とす。


「……じゃなかった、落ち込んでる場合じゃありません!」


 しかし、日の光を浴びたことでだいぶ眠気が覚めたマルクは、改めて気合を入れ直した。


「そういえば、カーミラさんは……?」

「ライムちゃんと部屋を代わった」

「わっ!?」


 マルクがふと口にした疑問に答えたのは、いつの間にか背後に立っていたライムだった。


「び、びっくりしました……」

「マルクのこと、脅かしたかった。大成功」

「やめてください……」

「それにしても、マルク独り言多いね。……寂しかったら、ライムちゃんが話し相手になってあげるからいつでも言って」

「憐れまれると余計に悲しくなります……」


 どうやら、全て聞かれていたようだ。マルクは、恥ずかしくていたたまれなくなった。


「マルクも寂しかったんだね……ライムちゃんわかるよ……」

「そ、それより! ――カーミラさんと部屋を代わったって、一体どうしてですか?」

「……よくわからないけど、これ以上間違いを起こさないためにって言ってた。――マルク、ナニしたの?」

「そそそそ、それは……っ!」


 マルクは、昨日あったことを思い出して顔を真っ赤にする。


 首元がうずいて、心臓が高鳴った。


「じーっ」

「うぅぅ……!」


 明らかに動揺しているマルクのことを、訝しげな表情でまじまじと見つめるライム。


「言えないコトしたの?」

「ど、どうなんでしょうか……?」

「何それ。ライムちゃんに聞かないで」


 マルクには、吸血という行為がどのような意味を持っているのかよくわからなかった。


 ただ、血を吸われている間はなんとなくいけない事をしているような気がしたので、口に出すことがはばかられる。


「……じゃあ、えっちなこと?」

「よくわかりません……。でも、言われてみれば少しだけえっちだったような…………って、変なこと言わせないでくださいっ!」

「ライムちゃんが怒られた。すごく理不尽……」


 曖昧な態度のマルクを見て、眉をひそめじれったそうにするライム。


「全然えっちなんかじゃないです! ただ……ちょっと吸われただけで……」

「吸われた!?」

「血が出て、ちょっとだけ痛かったですけど……気持ちよくて、少しえっちな気分になったことは認めます……でも――」

「血が出た!? 気持ちよかった!? ふえぇっ?!」


 断片的な情報から、どんどんとライムの頭の中で妄想が膨らんでいく。


 スライムから人になったばかりのライムに、その妄想はあまりにも刺激が強すぎた。


「……あの、聞いてますか?」

「もうだめ……わかんない……」

「ら、ライム?」


 のぼせあがったライムは、ぐるぐると目を回しながらその場に倒れ込む。


「大丈夫ですか!? しっかりしてくださいっ!」


 それを慌てて抱き止め、必死に呼びかけるマルク。


「さいごに……聞かせて……」

「は、はい?」

「マルクは……吸ったの……?」

「えぇ…………?」


 謎の問いかけをされたマルクは、困惑しながら答えた。


「……な、何を言ってるんですか? 吸血鬼でもないのに、僕が血を吸うわけないでしょう……?」

「ふえ……? 血……?」


 そこまで来てようやく、ライムは自身が勘違いしていたことを悟った。


「カーミラに……血を吸われただけなの……?」

「はい……。というか、ライムは一体何だと思ってたんですか?」

「あわわわ…………!」


 マルクに純粋な疑問を投げかけられ、先ほどまでとは別の恥ずかしさが込み上げてくるライム。


「ぴきーーーーーーっ!」


 その鳴き声が、部屋じゅうに響き渡る。


「……よくわかりませんけど、何かとんでもないことを考えていたことだけはわかりました」


 その一部始終を見届けたマルクは、ため息まじりに呟くのだった。


「とにかく、僕はこれから出かけないといけないので、もういいですか?」

「ま、待って! ライムちゃん、まだ言いたいことがある!」

「言いたいこと……?」

「うん。――そ、その……出かける前に、いっしょに温泉入ろ?」


 ライムはもじもじしながら言った。

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