第61話 温泉
「ライムと……温泉に……?」
突然の誘いに、困惑するマルク。
「うん。ここの温泉、こんよく? なんだって」
「えぇっ!? そ、そうだったんですか!?」
「そう、ライムちゃん昨日はずっと寝てて入れなかったの。だからいっしょに入ろ?」
「さ、流石にそれは恥ずかしいです…………」
「ライムちゃん、熱いお湯に入ったら溶けちゃうかもしれないから一人だと心配なの……だから我慢して……? お願いマルク……」
そう言いながら、ライムは同情を誘うような目つきでマルクのことを見た。
「……それならクラリスさんとかを誘えば――」
「つべこべ言わないでついて来なさい!」
「うえぇっ!?」
こうしてマルクは、半ば強引に部屋の外へ引きずられていくのだった。
*
「よかった……脱衣所は別々なんですね」
「ライムちゃんは先に行くから、マルクも逃げないでちゃんと来て」
「さすがに、ここまで来たら逃げたりしませんよ……」
マルクは苦笑いしながら、ライムと別れて脱衣所へ入っていく。
中は閑散としていて、自分以外の誰かが先に入っている形跡がなかった。
「誰もいませんね……この宿屋さん、ちゃんと儲かってるんでしょうか?」
マルクは、がらがらの脱衣所を見て少しだけ不安になりながらも、服を脱ぎ始める。
脱いだ服を入れる籠の中には、入浴中に着るものと思しき水着が一緒に入っていた。
「なるほど、これを着れば大事なところはちゃんと隠れますね!」
ほっとしながら水着に着替え、脱衣所の外へ出るマルク。
温泉は思ったより広く、奥の方は湯けむりが立ち込めていてよく見えなかった。
「外にお風呂があるなんて……新感覚です……!」
マルクはそう呟きながら、かけ湯で体を流す。
そして、貸し切り状態の温泉へと足を踏み入れるのだった。
「あぁぁ〜」
温泉につかってすぐ、気持ちよさのあまり変な声を出すマルク。
「溶けちゃうかもしれないって、ライムは大げされすねぇ〜。ほへぇぇ〜」
マルクが今にも溶け出してしまいそうな声でそう言ったその時だった。
「すっごく気持ちいいね、マルク~」
「リ、リタお姉ちゃん!?」
突然、背後からリタが姿を現す。どうやら、先に温泉へ入っていたらしい。
「ほらほら、マルクもちゃんと肩までつからないとだめだよ〜!」
「ひゃうっ!?」
わさわさとした手つきでマルクの肩に触り、温泉につからせるリタ。
「マルクさ〜ん。温泉は気持ちいですかぁ〜?」
「く、クラリスさんまでいたんですかっ!?」
そして別方向からは、身体に対して明らかに小さすぎるぴちぴちの水着を着て迫るクラリスの姿があった。
「あ、あわわわっ……!」
「あれ、どうかしましたかマルクさん?」
今にも大事な部分がこぼれ落ちてしまいそうなクラリスの格好に、マルクは思わず目を泳がせる。
「お、お二人とも、どうしてここに!?」
「だって、温泉ですよ? 何度だって入るに決まっています!」
「クラリスの言うとおりよ。……それにここの温泉、美肌効果もあるの!」
「その声は……カーミラさん……」
さらに、いつの間にかカーミラも近くへ寄ってきていた。
「き、昨日ぶりね! ごきげんようマルクちゃん! …………。あ、アタシは向こうでゆっくり温泉につかってるわっ! それじゃあっ!」
しかし、今日のカーミラはどこかよそよそしい。その態度に、マルクは思わず首をかしげた。
「何かあったんでしょうか……?」
「ふぅ〜っ」
「ひゃあッ!」
その時、唐突にリタがマルクの耳元へ息を吹きかける。
「な、なんですかぁ……!」
「マルク……最初に話してたのはボクでしょ……? ちゃんとボクのこと見てね……」
「最近のリタお姉ちゃん、なんかちょっと怖いです……」
どこか狂気を宿したリタの瞳を見て、マルクは身じろぎした。
「――ところでマルクさん。昨日はカーミラに何かされませんでしたか? ワタクシ、とても心配です!」
しかし逃げようとした先には、クラリスが待ち構えている。
「ぼ、僕は大丈夫です。それより、クラリスさんはもっと大きめの水着を――」
「うぅ、良かったです! 安心しましたっ!」
「ふぇ?!」
マルクは、安堵したクラリスに抱きしめられた。胸に顔を埋められ、身動きが取れなくなる。
「部屋割りはマルクさんが決めたこととはいえ、ワタクシ、昨晩は心配で眠れなくてっ!」
「あ、クラリスばっかりずるい! ボクもやる!」
背後からリタが抱きついてきて、柔らかい感触のものがマルクの背中にも当たる。
「う……ぐ……!」
――もしかして、クラリスさんが一番危ない人なのかな……?
散々もみくちゃにされたマルクは、そう思いつつあった。
「マルクー、どこー?」
その時、脱衣所の扉が開いてライムの声がした。
「おやおや、ライムさ……ん……?」
マルクの頭をなでていたクラリスの動きが、ぴたりと止まる。
「あれ……? クラリスとリタがいる。……もしかして、先に入ってたの?」
「ええ、そうです。それより――」
クラリスの力が緩んだ隙に、マルクはさりげなく抱擁から抜け出した。
そして、救いを求めてライムの方へ目をやる。
「――どうして、水着を着ていらっしゃらないのですか?」
だが、ライムは何も着ていなかった。
「……え? だって、そういう決まりだから……?」
「ライム……この温泉はね、混浴だからボク達みたいに水着を着るんだよ。脱衣所にあったでしょ?」
「へぇっ!?」
「……ま、知らなかったなら仕方ないね!」
「あ、あわわ!?」
驚きと恥ずかしさが混ざった表情のまま、その場であたふたするライム。
「お願いですから……みなさんもう少し僕に対する恥じらいを持ってくださいっ!」
色々なものを見せつけられてしまったマルクは、心の底から叫んだのだった。
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