第15話「戦いへのいざない」

「それでお前は何なんだよ。」


 パンクした頭を整理するため清志は指輪に問い詰めた。ほんの数分前、トロールに追い詰められた清志は魔導王と名乗るこの指輪と内容のわからない契約をした。すると目の前に刀が現れそれを抜きトロールを倒したのだ。その後ほかのみんなと合流したのだが、刀を抜いた清志は自分のゲームアバターによく似た姿に変貌していたのだ。刀を鞘に戻してしばらくすると戻ったわけであるが、わからないことが多すぎる。


『二度同じことを言わせるな。俺は魔導王だ。』


「なんですか魔導王って中二病ですか?」


『言葉だけ取れば確かに俺もそう思うが、気づいたらそれに任命されてたんだよ。好きで名乗ってないんだよ。お願いだからその返しはやめてくれ。いやホント。』


 洋子の冷ややかな視線に動揺を見せる魔導王。なんだよかっこいいじゃんとも思う清志であったが、今はそんなことはどうでもいいのだ。


「僕たちが聞きたいのは君がこの場所に連れてきたのかってことと、脱出する方法と、清ちゃんの言ってた契約について…位だよね?」


「ああ。」


 皆夫がまとめてくれたおかげで質問を明確化する手間が省けた。いまだ頭がこんがらがっているのか清志にはそこまでわかりやすい質問はできなかったのだ。


『それか。』


「そうだな。順番に頼むよ。」


『よかろう。まずここにお前たちを連れてきたのは俺ではない。どうやってここに入ってきたかも知らん。…寝てたし。』


「今聞き捨てならないこと言いませんでした?」


『次に脱出方法についてだが、俺が少し労力を割けば簡単に脱出可能だ。必要なら今すぐにでも出してやろう。』


「マジでか!」


 いきなり問題解決来たこれ!まさかここまで早く肩が着くとは思ってなかったので全員の表情が明るくなる。皆夫だけを除いて。


「それで契約の内容は何なのさ?」


「あ、そういえば。」


 自分に関係ないとでも思っているのか間の抜けた言葉が瞳から出る。しかし皆夫にとって一番の懸念はそこだった。


『何簡単な話だ。お前たちにはある盗人を捕まえてもらう。そして盗んだものを取り戻すことだ。その義務が、お前たちとの契約だ。』


「お前たちだと!?契約は俺とだけのはずだ!」


 清志は声を荒げる。契約したのは自分だ。しかし「おまえら」、魔導王の言い方はまるでここにいる全員が契約対象であるかのようだ。


『馬鹿を言うな。この俺が力を貸してやるのはお前たち全員だろう?それともお前は他の全員ここに置き去りにして、自分だけ元の世界に戻りたいとでもいうのかね?』


「ふざけんな。契約したのは俺だけだ。その契約だけでみんなをもとの場所に戻すくらい十分だろうが。」


 清志の言い分を聞いたとき、全員が気づいた。指輪から恐ろしい雰囲気が吹く出したことを感じた。まるで象よりも巨大な肉食獣が今自分たちを喰らわんとしているかのような迫力だ。今すぐにでも殺される気がして、清志の額から冷や汗がにじみ出る。


『なめるなよクソガキ。この俺の力を行使する権利が、お前ひとりの人生だけで賄えるわけがなかろう?一人で賄うとしたらそうだな、生娘の貞操、労働、人生すべて差し出して釣り合いが取れよう。お前がここで生贄一人を選ぶか清志よ?』


 女性陣が一歩後退りした。ここから出るために瞳たちの中から一人差し出せというのか?ふざけるなと清志はこぶしを握り締めた。


『拒否権などすでにないが教えてやろう。この契約は割が良いのだ。お前たちはどうしてここに飛ばされたかも、対処法も分からんのだろう?教えてやる。その原因は俺の言った盗人だ。盗人を追うということは対処法を得るということなのだ。ただそれだけの労働で、本来生贄のいる力が行使できるということだ。これほど割のいいことはなかろう?』


 蛇に睨まれた蛙、いや不完全に悪魔を呼び出してしまった召喚者というべきだろうか。清志たちはすでに対処しようがない時点に来てしまっていた。この指輪に従うしかないのだと第六感のようなもので理解してしまった。


「清志君。」


 瞳は清志に笑いかけた。清志はみんなを見た。あきらめに満ちた表情を見た。そして奥歯をかみしめて絞り出すように言った。


「ごめん…みんな。」


 清志は魔導王の要求を承諾した。



「それで、盗人をどうやって捕まえるんですか?」


「あ、もしかしてさっきの清ちゃんみたいなアイテムもらえるのかな?」


「いいなそれ!マジカル聖女アイちゃんの誕生ってことか!?」


『うむ、それはだな…。』


「ちょっと待てえええい!」 


 いきなり大声を出す清志に三人と指輪はいぶかしげだ。そんな様子を見て清志は腹を立てた。


「お前ら切り替え速すぎだろ!」


「それは仕方ないだろ?もうやるしかないんだしさ。」


「そうですよ。くよくよしてても仕方ないのです。」


「ええー…。俺がおかしいの?」


 先ほどまでの雰囲気から一転まるで緊張感のない会話だ。その代わりように清志はあっけにとられた。そんな彼のことなど気にもしないで三人と魔導王は話を続ける。


『アイテムについてはすぐにとはいかんが作るつもりだ。あの盗人をつかめるにも戦力がいるからな。』


「盗人っていうけど何を盗んだんだ?」


『俺が労力を割いて集めた財宝の一つだ。替えの効かんものだからな。取り返す必要があるのだ。』


「自分で取り戻せばいいじゃないですか。」


『そうもいかん。俺の肉体は現在休養中だ。だからわざわざこんな指輪の姿になってここまで来たのだ。魔力が回復すれば仮の体は作れるがな。戦闘まで想定はできん。』


「でも僕たちに捕まえられるかな?その盗人さんに世界の果てまで逃げられたら僕たちどうしようもないよ?」


『奴の狙いは予想がつく。それが達成されるまでこの地域を離れることはあるまい。むしろ逃げてくれる方が楽でいい。俺の魔力を回復させれば弱体化したままの奴ならば楽に倒せるからな。』


「つまりこの町にその盗人が強化できる何かがあるってことか。」


『そういうことだ。時間をかければたとえ奴がどれほど強くなろうとも問題ないが、面倒だ。時は金だからな。』


 まとめるとこういうことらしい。魔導王の財宝を盗んだ盗人がこの町に潜伏している。何らかの方法で奴は力をつけるつもりでそれまでここから離れることはない。清志たちはこれから与えられるアイテムを使ってその盗人を捕まえる必要がある、ということだ。清志はもう流れのまま会話に参加することにしていた。


『これは契約のあかしだ。』


 清志たちの左腕に腕時計のような腕輪が現れた。清志の刀はそれに吸い込まれるように光にのまれた。


『お前たちに与えるアイテムの収納及び拘束具だ。俺が契約違反と判断した場合爆発するから気を付けるんだな。あと電話機能を付けた。』


「はわわかっこいいです!」


「なんかあれだな、ヒーローのあかしみたいでかっこいい!」


「ならグループ名でも考えようか、あでもギルド名と一緒でもいいかな?」


「お、お前らな…。」


 本来脅しである場面だというのにのんきな三人にはもはや突っ込むまいと思った清志だった。


「そうだ千歳!リズは大丈夫そうか?」


 はっとした瞳は千歳たちに目を向ける。千歳に膝枕されて寝ているリズはいまだ具合が悪そうだった。


「ちょっと体温が高いです。息も荒いのであまりいい状態ではないですね。」


『ん?この場にあてられたか。フム、まあ問題あるまい。』


 その時指輪が紅く光った。するとリズの荒かった息が整い、穏やかなものへと変わる。


「何をしたんですか?」


『体調を整えただけだ。すぐ立てるようになるだろう。さて、帰るか。』


 すると清志たちの目の前で空間がゆがみ裂けそこによく見慣れた夕焼けの帰り道が見えた。


「おお!」


『なるほど、この場所が特異点というわけか。』


 その夕焼けが清志たちにどれほどの安心感を与えたかきっと魔導王にはわからないだろう。大喜びの彼らはすぐに戻ろうとしたのだが、


「ちょっと待ってください!」


 洋子に引き留められた。


「どうしたんだ洋子?何か忘れものか?」


「そうじゃないのですが、ほらさっき作ったじゃないですか木の皮を編んで作った鍋!これを試さないと気が収まらないのです!」


「ああ!そういえば一緒に作ったな!」


 そう言って洋子が取り出したのは確かにブランケットのように編まれて作られた鍋だった。どうやら清志たちが水場を探していた時瞳とともに作ったらしい。


「リズの具合もいいようですし、駄目でしょうか?」


 洋子は魔導王に伺いを立てる。話の流れから察するに洋子は清志たちが見つけた水場で使いたいようだ。清志としても苦労して見つけたのだから一度くらいあの水場を活用したいという思いはあった。しかし魔導王がそれを許すかいや…。


『別に構わん。』


 許した!?と清志はずっこけた。どうやらノリがいい魔導王のようだった。


「ありがとうございます!」


 けれどこうして笑顔を見ると清志もまた笑みが漏れたのだ。


 水場につき洋子と瞳が鍋を持って汲む。


「むむむ。」


「むんむむん…。」


 少量の水が鍋に流れる。しかし、水はたまるどころか網目からどんどん流れてしまった。


「うがああああ!何でですかなんでですか!」


『なかなか器用に作ってあるが文字通り穴が多いな。出直すことだ。』


「畜生です!この恨みどうして晴らしてくれよう!」


「清ちゃんなんか洋子ちゃんがおかしいから早めに帰ろうか。」


「…おうさっさと帰ろうキリキリ帰ろう。」


「次また機会があったら私も手伝うよ。頑張ろうな洋子。」


「…ばっかじゃないの?はあ、死にたい。」


「しゃべる指輪か~かっこいいなー。」


「覚えてらっしゃいナノです――!」


 洋子のせいでなんだかよりコミカルになってしまったが、こうして清志たち一行は無事家に帰りそして戦いの舞台へ足を踏み入れることとなったのだった。

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