第13話 大人しい子ほど実は……えっち?

 レモンとのデートも無事に終わり、再び学校のある月曜日となった。



 今日は委員会の活動が始まる日。

 メイは数ある委員会の中でも、限りなく目立たない保健委員に入った。


 文化祭や体育祭、クラス委員なんてやたら目立つ委員会、絶対に入りたくない。


 何かのイベントの度に代表にさせられたり発表の場があったりと面倒だからだ。

 そんな無駄な時間があるなら、その分をゲームに費やしたいと思うのがメイという男なのである。



 そして委員会には男女で入るのが通例だ。

 同じく目立たない保健委員会を選んでいた人物がもうひとり。


 翠川みどりかわ 水華みかだ。



 実は中学生の時から同じ学校に通っていた二人は、お互いがお互いを陰キャであると認識していた。


 だからといって、今日まで接することはほぼ無かった。過度な接触はお互いに面倒だと理解しているからだ。



 しかし、だ。

 今回委員会が同じになり、少し話してみると――二人のウマがバッチリ合った。



 まず、距離感が絶妙。

 アカネとは違ってグイグイくることもなく、自分の都合に付き合わせてこない。


 かといって、気を遣うほど離れているわけではない。陰キャはうるさいのも嫌がるが、一緒に居るのに静かすぎてもそれはそれで面倒なのだ。


 適当にお互いの趣味の話でポツリポツリと会話が続くので、何とも心が落ち着いた。



 そんな二人は保健委員の初仕事として、健康診断に使用する尿検査キットを保健室に取りに行っていた。



「へぇ~。翠川も少年ステップ読んでるんだ?」


「うん、昔から家にあったから暇潰しに読んでたらハマったの。アレ面白いよね」


「ふぅん、兄弟か親が買ってたとか?」


「えっ、あ……うん。そう、だよ」



 家族の話題を出すと、少しだけ困った表情を浮かべる翠川。もしかすると、彼女の家庭には何か複雑な事情があるのかもしれない。


 メイはしまったな、と心の中で反省しつつ自身がハマっているバトル漫画やラブコメの話に戻していく。

 どうやらミカはバトルや冒険モノよりもラブコメの方が好きらしく、気に入った作品の単行本やグッズは自分でも良く購入しているらしい。



 保健室に行くまでの短い間だったが、二人にしては珍しく積極的にしゃべっていた。



「はい、これが2年B組の分よ」


「「ありがとうございます」」



 白衣を着た保健師の先生がメイたちに袋に入った検査キットをそれぞれ渡す。

 担任教師でありMAYクラブの顧問であるどこかの誰かさんと違って、彼女はとても真面目そうな雰囲気を持っている。


 同じ白衣を着ているのに、なんでこうも違うんだろう……と首をひねるメイ。



「ん? どうしたの、不思議そうな顔をして。私の顔に何か付いてる?」


「……いえ、ウチの担任と違って安心感があるなぁって」


「メイ君、その言い方は将門まさかど先生に失礼だよ。……言いたいことはちょっとだけ分かるけど」



 キワミ先生の担当する生物の授業はとても分かりやすく、彼女の明るいキャラクターもあって生徒からも大人気だ。


 ルックスも美人だし、キワドイ服装をしているので男子ウケもいい。女子には男ウケの良い化粧品や美味しいスイーツの店など幅広い知識を嫌味なく披露してくれるので気に入られている。


 つまりは彼女はかなり優秀なのだ。

 だが時々セクハラ染みた発言をしたり、実験でヒートアップしすぎたりとマッドサイエンティスト味が凄いので、同じ白衣でもメイたちが思うイメージが全く異なるのも仕方ないだろう。



「あぁ、2年B組ってことは将門先生ね。あー……たしかにあなた達の言いたいことも分かるけど、ああ見えて凄く優秀な人なのよ? 海外の有名な大学で研究してた上に、飛び級で卒業までして日本に戻ってきた帰国子女らしいし」


「そうなんだ……見た目と中身は違うって案外良くあることなんだな」



 レモンもそうだったが、どんな人間にも表面には見れない内面がある。


 人との関わりを避けてきたメイも最近になってそれが良く分かってきた。クラブに入ったあの日を境に、彼は精神的な成長期に入ったと言っても過言じゃないだろう。




 袋を抱えて保健室から出る二人。

 不意に翠川がポツリ、と言葉をこぼした。



「ねぇ、メイ君は……将門先生がやってるあのクラブに入ってるの?」


「あぁ、入ってるよ。っていっても、まだ具体的な活動はやってないけど」


「ふぅん……」



 そのまま教室に向かって歩き始めたメイたち。だが、途中で翠川は歩みを止めてしまった。



「ん? どうしたんだ?」


「……あのね、メイ君。これはあんまり……他の人には言ってないことなんだけど」


「うん? ……どうした?」


「実は私の実家ってね……」



 ――ラブホなの。



 翠川のカミングアウトに、一瞬だけ時が止まる。彼女は俯いているので顔色は窺えないが、声が震えていたので羞恥に顔を染めているだろう。


 メイはそんな翠川を見て、表情も少しも変えずに口を開いた。



「ふぅん、そうなんだ」


「えっ!?」


「え? はこっちのセリフなんだけど……家がラブホだからどうしたんだ?」



 まるで気にした様子もないメイに、逆に翠川の方が驚きの表情を見せる。

 だが同時に、安心もしたようだ。



「良かった……これで引かれちゃったら、私どうしようかと……」


「そんなことで引かないよ。第一ウチの親だって……いや、この話はやめよう。でも急にどうしてそんな話を?」


「えっとね……私、こんな見た目と性格をしているけど、親の仕事のせいで……


「ふおぉっ!? ばっか! そっちは流石にビックリするわ!」



 親の家業について、子どもはどうしようもないことはメイには良く分かっていた。

 しかしそれとこれとは話が別である。


 大人しいと思っていたクラスメイト、しかも今日話して少し仲良くなれたと思っていた女の子がいきなり『エッチなことに興味がある』なんて言って来たら、メイだってビックリもする。



「ご、ごめん! だけど知っての通り、こんな性格じゃない? このままじゃ恋人もできないだろうし……いつまでも悶々もんもんとしたまま、私はお婆ちゃんになっちゃうの!」


「う……ん? そうか? そう、なるのか……??」


「だからね、メイ君。もしよかったら……私にもそのクラブを紹介してくれない!?」


「あー、なるほど。そうくるか……そうなっちゃうのかぁ……」



 どうやら翠川は性技術の普及と発展を目指すクラブに入れば、自分の性格でも思う存分エッチなことを知れると思ったのだろう。



「ダメ、かなぁ?」


「いや、いいんじゃね? いちおう俺からキワミ先生に聞いてみるよ」



「やったぁ、ありがとうメイ君!!」



 喜びの余り、そのままメイに抱き着く翠川。

 スリスリと顔を胸元にこすりつけ、犬のように嬉しさをアピールしている。



「えっ、えっ!?」


「ふふふっ、メイ君って思ってたより……おっきいんだね♡」


「ふああっ!?」


「えへへ、照れちゃって……かわいい♪」



 ――やっぱり、女の人って見た目と違う。

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