第8話 女王様に変わってしまったお姉ちゃん。

銘田めいださつきさんは今年転校してきた、皆が認める才女ですわ。ですわよね、リカ?」

おっしゃる通りでございます、リコお嬢様。成績優秀、品行方正、まさに絵に描いたような優等生です」



「おぉ、さすがお姉ちゃんだ……」

「……そして我が学園に転校してきてわずか数日で、すでに数多くの男性から告白を受けているようですね。しかしそれらを全て「興味ありませんので」の一言で一蹴。一部の生徒からは氷河期の皐月さつきと恐れられつつも、その端正なルックスと相まって絶大な人気を誇っているようですね」



 銀髪メイドの吹雪のように冷たい口調で放たれた追加情報に、思い描いていたお姉ちゃんのイメージがガラガラと崩れてしまったメイは大きなショックを受ける。



「そんな……俺に対してあんなに明るくて優しいお姉ちゃんだったのに……」



 少なくともメイの記憶の中の彼女は、他人に対してツンツンするような女の子ではなかった。


 彼女と会えることだけが生きる楽しみだったのに、ある時から全く会えなくなってしまった憧れのお姉ちゃん。

 受けた恩を返すためにも、大きくなったらいつか必ず探し出してみせると決めていた。



 それがまさか自分の誕生したこの日に、自分が通っていた学校で運命の様な再会を果たすことができるとは思っていなかった。


 しかしそのチャンスは最悪の結果に終わってしまった。やっと再会できたと思ったのも束の間――あの花の咲いたような笑顔は、もう失われてしまっていたのだ。



 いったい何が彼女を変えてしまったのだろう。彼女の身に何か良くないことがあったのだろうか……そんな考えがメイの頭をグルグルと回る。



 彼女に直接その理由を聞いてみたい。だが先程の再会が酷過ぎるものだったが為に、今のままでは恐らくメイに会ってもくれないだろう。

 では、このまま諦めるのか……?



 ――その答えは否。

 もしかしたらもう一生会えないかもしれないと思っていたのだ。

 それがこの学校に居ると分かったのだから、あとは振り向いてもらうために自分が変わるしかないだろう。

 そう、今こそ漢を見せるのだ。



「……俺はやるよ。これもきっと神様が俺に与えてくれたチャンスかもしれない。なぁ、アカネ! お願いだ、俺がもっと魅力的な男になるように協力してくれ!!」

「え……? わ、私が?」



 幼馴染に突然他の女と仲良くなる手助けをしてくれ、という依頼をされてしまったアカネ。


 究極の二択を迫られたアカネの脳は、この問題を処理するために超高速で演算を始めた。


 第一の選択は恋路を邪魔するためにもメイの願いを断る。――しかしそれは悪手。



 きっとアカネが断ってもキワミも含め、他の女子が手助けをしてしまうだろう。

 その時にはアカネはメイにとっての裏切者、幼馴染から友達以下のゴミクズになってしまう。



 メイの冷めた目で罵られるのも悪くないかもしれないが、アカネが欲しいシチュエーションとはちょっと違う。アレはあくまでプレイでするからいいのだ。

 本当に嫌われてしまっては元も子もない。



 よってこの場合、アカネはメイの協力要請を受けるしかなかった。



「しょ、しょうがないわね……その代わり、私のお願いにも乗ってもらうわよ? 幼馴染は共に支え合うモノよ! そうよね!?」

「アカネのお願い……? なんだ? ゲームに付き合うとか?」

「え? あ、いや……そ、そうね。二人で買い物とか、遊びに行くとか、そういうのよ!!」



 アカネの良く分からない希望にメイは首を傾げる。



「なんで今更? その程度だったら、前から良くやってたじゃないか」

「んむ~っ!? それとこれとは全然違うのよ! そう、これはデート!! 私はメイとデートをしたいの!」


「はあっ!? なんでお前とデートなんてしなくちゃならないんだよ?」

「ひどくないっ!? これは練習よ! そのサツキって先輩とのデートの練習に私がワザワザ付き合ってあげるっていう提案よ! そう、これはメイの為なのよ!」



 即答で断られたことにショックを受けるが、今はへこんでいる場合ではない。

 ここはどうにか押し切って、メイとのデートを取り付けることに全力を尽くすしかないのである。


 どうやってデート権をもぎ取ろうか追撃の案を急いで考えていた彼女に、背後から思わぬ人物の援護射撃がやってきた。



「アカネちゃんの言うことにも一理あるかもな。なぁ、メイ君。私が思うに……キミは先ずイメチェンをする必要があるんじゃないか?」

「イメチェン……ですか?」



 まさか教師であるキワミからもそう言われるとは思っていなかったメイは、彼女にその理由を問う。



「そうだ、女性目線から言わせてもらうとだな。メイ君は端的に言って、非常にダサい!」

「はぁっ!? だ、ダサイ!?」

「ちょっと、先生!! メイにそんな酷い悪口を言わないでよ!! それに私は今のままでも十分……ごにょごにょ」



 つい勢いでメイをフォローしようとしたが、途中で自分が告白まがいなことを良いそうになり言いよどむアカネ。


 しかしキワミはそんなアカネなど気にもせず、メイに向かってズバズバと言ってのけた。



「まずはその髪型! 鼻毛のように伸ばしっぱなしで、見るからに根暗!」

「うぐっ!?」



「そしてその分厚いメガネ! いや、メガネをすること自体は良いのだが、視力を矯正することだけを重視したその分厚いメガネはダサい! 昔のジャパニーズアニメか!!」

「ひぐぅ!!」



「そしてその良く分からないファッションセンス! 高校生だったら普通、もう少し校則に触れない程度にオシャレをするものだぞ!? なんだその、雑誌の付録についてそうな安物のアクセサリーは!?」


「うっ、嘘だッ! これは今流行りのトレンドだってラーメン屋の雑誌で……」

「そんな背油まみれの古い雑誌を鵜呑うのみにするんじゃないっ!!」



 樽に入った髭男に剣を刺すオモチャのように、次々と突き刺さる鋭い言葉たち。

 あっという間にゲームオーバーになったメイは「そんなぁ……」と力なく項垂うなだれてしまった。

 心の体力、HPは恐らく瀕死状態だ。



「はぁ、どうしてこんな子に育ってしまったんだ。――すまない、アカネちゃん。君でもいいんだが、誰かそういうファッションとかに明るい生徒は居ないか? ほら、友人とかモテるクラスメイトだとか……」



 キワミのお願いにアカネは自らメイのプロデューサーになる立候補をしかけるが、それと同時に己のセンスも大概酷かった事を思い出す。


 さすがにメイほどではないのだが、自信を持ってセンスがあるとは言い切れない。

 なにしろ自分も良く通っているラーメン屋に置いてある雑誌に載っていたファッションを購入した記憶があるからだ。



「うぅ~ん、誰か適任は居たかなぁ……あっ、いるいる!! 居るわよ、丁度私たちのクラスに!」

「本当かっ!?」


「ん~、私のクラスでか? あっ、もしかして彼女か?」

「そうです! 彼女でしたらバッチリ!」

「たしかに彼女は学校でも有名なギャルだったな」



 メイとアカネのクラスの担任はこのキワミである。

 なのでアカネが言う適任者というのも、なんとなく察することが出来たようだ。

 しかしクラスメイトに全く興味がないあメイはギャルというワードのみに反応した。



「えぇ~? 俺、ギャルとかチャラい奴は一番苦手なタイプなんだが……」

「大丈夫! とてもいい子だし、私の友達でもあるんだから!!」



 陰キャにとって、陽キャなギャルや五月蠅うるさい連中、リア充などはすべからく敵なのだ。アドバイスのためとはいえ、そんな人物に関わりたくない様子のメイ。


 しかしその人物はアカネの友人であり、大丈夫であると自信たっぷりに薄い胸を張った。




「でもなぁ……昔からアカネがそう言う時って、だいたい良くないことが起こるんだよ……」



 メイは不安そうな表情を浮かべながら、飛び跳ねるようにはしゃぎ回る幼馴染をジト目で見つめていた。

 






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