ある人は笑顔を浮かべている

私の施設にいるあるおじいちゃんは、いつも同じソファーに座っている。


ただなにをするでもなく、ソファーに座ってリビングを眺めていた。


けれど、私たちが話しかけるといつも楽しそうに笑顔を浮かべてくれる。なにも話すことはなかったのたが、表情だけで私たちに意思を伝えていたのだ。


孫ほど離れた若い私がいうものおかしいのかもしれない。


その笑顔がかわいくてたまらない。


おじいちゃんの笑顔は私たち介護職員にとっては癒しそのもので、ほんとうに好い人だということが雰囲気だけでわかる。


その証拠に、おじいちゃんの元に家族がよく面会に来ていた。


おじいちゃん、元気していた?


おじいちゃん、具合悪いところない?


とか、おじいちゃんの笑顔をみたくて家族もやってきているのが表情を見ればわかる。


自分の子供にも、お嫁さんや娘婿。孫たち。


だれもがおじいちゃんのことが大好きで、おじいちゃんもかわいがってきたのだとわかる。


だから、おじいちゃんの人生そのものはしらないけれど、おじいちゃんがだれにも優しい人だと想像できた。



そんなおじいちゃんだけど、


夜になると凶変する。


昼間はソファーからほとんど動かなかったおじいちゃんが突然動き出すのだ。


ベッドに寝ていたはずのおじいちゃん。


いつのまにか、廊下にでるなり、「おーい、おーい」と叫びながら、歩きだす。


もう夜だから寝ましょうといってもまったく聞き耳持たずだ。


「おーい、おーい○○やーい」


家族の名前をよんでいるようだったが、家族すべての名前を知っているはずのない私たちには、「だれ?」と毎回ツッコミをいれたくなるほど、次々といろんな名前を呼ぶ。


寝てほしい。


その声がうるさくて、ほかの人たちが起きるのではないかとひやひやする。


けれど、不思議なものでおじいちゃんが騒いでいるときは意外とほかは静かなのだ。


空気をよんでいるのか。


ただ耳が遠いだけなのかはわからない。


どうすることもできない。

ほかのひとも起きないし、おじいちゃんもとりあえず、スロープをにぎりながら歩いているから倒れる危険性もすくないということで見守ることにした。


おじいちゃんが叫びながら歩きはじめて一時間。


ようやく、部屋に戻っていった。


一時間



まったく止まることなく歩き続けたおじいちゃん。


どんだけ体力あるんだろうか?


そのために


おじいちゃんは


昼間ソファーでじっとして、


体力温存していたのかもしれない。



そして、朝になる。


いつものように、


おじいちゃんはなにごともなかったように

ソファーに座る。


疲れた。


そう思いながらも


「お早うございます」


とおじいちゃんに話しかける。



おじいちゃんは笑顔を浮かべる。



あんなに騒動したおじいちゃんに振り回された私。


それなのに、


なぜか


その笑顔に


ほっこりする自分がいる。



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