ある職場に起きるできごと
野林緑里
ある人はこう言った
ある人がこういった。
「兵隊になったとよ」
その人は認知症の90すぎたおじいちゃんだった。
ある日、突然、そう切り出した。
「兵隊になっていろんなところいったとよ。三人も死んだ。
兄二人と弟が死んだ。兵隊いって死んだとよ」
認知症のために
繰り返し繰り返し同じ言葉を話す。
けれど、しばらく聞いていると話が進んだ。
「兄はね。ガナルガナルで死んだ。弟は特攻でしんだ。もう一人の兄は....」
また巻き戻し。
「兵隊にいったとよ。たくさんいったとよ。おいはシベリアにおった。寒かった。寒かった。ひやかあ」
それを繰り返す。
「おいは兵隊にあったとよ。どこでんいった。
跡取りは五男がついだけん、おいは別に家たてた」
話が飛び飛びだ。
いったい、このおじいちゃんは何人兄弟だろうか。
おじいちゃんの話だと最低六人はいる。
「三人しんだ。でも、姉と妹は死なんかった」
兄弟は8人だろうか。
「弟が兵隊にはならんやった。その前に終わったからなあ」
9人目が出た。
「兵隊になった。あああああ。せまっってくる。早く逃げんと。炎がせまってくる」
火がついていないこといっても納得しないだろうと黙って見守るしかない。
「爆弾じゃ、爆弾じゃ。アメリカの戦闘機がきた。打ち落とさんと、打ち落とさんと。武器をとれ。米軍は打ち落とさんといかん」
おじいちゃんはだんだんと興奮してきて、銃を構えたようなしぐさをとる。
しばらくすると自然と落ち着く
「飯はまだかのう。くっとらんぞ」
昼食が終わったのは十分前、
どうやら、おじいちゃんは食べたこと自身忘れているようだ。
準備するから待つようにつあえるけれど、しばらく飯をくれといっていたおじいちゃん。
けれど、また
「兵隊になったとよ。どこでもいきよった」
また
兵隊の話を始める。
おじいちゃんはずっと
今と昔をいったりきたり
いや、半分以上は
ずっとおじいちゃんは戦い続けているのだろう。
武器をもって、米軍を倒すために
どれほど時がすぎたとしても、
おじいちゃんはいつもあの戦場にいた。
兄や弟が若くして死んだ戦場
何度も
何度も
おじいちゃんはそこへ戻っていくのだろうか。
おじいちゃんは
死ぬまで繰り返すのかもしれない。
そうおもうと、
胸が痛くなった。
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