ディープブルー
門前払 勝無
第1話
ディープブルー 壱
寂しいなんて思ったのが愚かだったんだ…。
「え?」
誰かが耳元で何か言ったのが聞こえた。
「え?…じゃねぇよ!なんでkゴム輪持ってきてんだよ!…使えねぇヤツだな…」
「すいません…」
ミツオは舌打ちしながらkゴム輪を段ボールに投げ入れた。ミツオは水道工事の現場でアルバイトをしている。
しかし、工事現場の雰囲気に馴染めなくてイラつきながら過ごしている。態度のでかいヤツらばかりで、悪態ばかり言われていて、毎日が苦痛であった。
我慢するなんて…バカみたい…。
「なに?」
また耳元で誰かが何か言った。
「なんだよ!」
「イヤ、なんでもないっす」
「気持ち悪いヤツだなぁ」
「すいません…」
ミツオはダンプを運転しながら、先輩の臭い息に嫌気がした。
数日後、ミツオは会社をクビになった。理由は、仲間の輪を乱すと言う事であった。
これで仕事をクビになるのは五件目であった。
「慣れちまったよ…」
ミツオはファミリーマートで菓子パンと缶コーヒーを買って、西武新宿の駅へ向かった。
一本だけ腐った街路樹があり、その脇に老人が立っている。
ミツオには昔から特殊な能力がある。霊感が有るのである。しかし、ミツオは霊能力の勉強や知識が無いから、ただ見るだけなのである。見てみぬふりをするだけである。
東京には歩いているだけでそこら辺に霊がいる。普通の人に混ざって歩いていたり、怨みのある人にベッタリくっついていたり、同じ場所にじっとしていたり、様々である。
霊も生きている人間と同じである。
ミツオは下落合にボロいアパートを借りて暮らしている。ここの大家はミツオと同じくらいの息子を一昨年亡くしており、ミツオの事を息子みたいに可愛がってくれていて家賃を滞納しても待ってくれたりしている。それどころか、たまに夕飯まで食べさせてくれたりするのである。
水道工事の会社をクビになってから、毎日のように新宿の職安へ通っているのだがなかなか就職先が見つからないでいた。職安には生きている人に混ざって、霊も就職情報のボード前に数人たっていた。
ある日、ミツオはしょんべん横丁で酒を飲んだ。雨が降っていたから、小さな居酒屋に長居していた。つまみを頼むと高くつくから焼酎ばかり飲んだ。持ち金も少なくなってきたから店を出て、路地を歩いていると軍歌を歌う兵隊が数人いた。軍人達は肩を組ながら楽しそうに歌っている。酒を飲み感覚が敏感になっているのか、いつも以上に幽霊が見えるのである。
ミツオは千鳥足で西武新宿駅のホームで缶コーヒーを飲みながらベンチに座った。ホームのライトに霧雨が反射して滝のように見えた。薄っらと迫る眠気の中、霧雨を見つめていると線路に黒い人影を見つけた。
徐々に近づいて来る。
ミツオは目の前まできて髪の長い女だと認識した。
女は身軽にホームに上がってきた。
ミツオの横に腰掛けてたばこを加えた。
「幽霊がたばこ…」
ミツオは初めて見る光景に少し笑えた。
「悪い?」
「え?」
女がミツオを見ながら言った。
「火ある?」
ミツオはきょとんとして辺りを見回した。
「あんたよ。あんたに言ってんの」
ミツオはびっくりしながらもライターを差し出した。
女はライターを受け取りたばこに火をつけた。
「え?なんで?」
「なんでって?」
ミツオは女が幽霊だと確信はあるのだが幽霊がライターでたばこに火をつけれるとは思わなった。
「君…生きてる?」
ミツオはもしかしたらと思って聞いてみた。
女はクスクスと笑いながら黒のレースのカーディガンを捲って見せた。チューブトップとスカートの間の下腹に生々しい大きな刺傷があった。傷口は塞がってない、よく見ると女の肌は青白く、生気がなかった。やはり幽霊であると確信した。
「あ、ごめんね」
「なに謝ってんの?」
「イヤ、失礼な事を聞いちゃったから…」
女はクスクスからケラケラと声を出して笑い始めた。
「そんな笑わなくてもいいじゃんよ」
「あぁ、ごめんごめん。お兄さん変わってるなぁって思ってね」
「変わってる?」
「うん、だって怖がらないし、ライター貸してくるし、幽霊に謝ってきたりさぁ」
ミツオも少し可笑しくて微笑んだ。
しばらくして電車がきて、女に軽く頭を下げて乗り込んだ。
女は減らないたばこを吸いながらミツオを見つめていた。
ミツオはアパートについて着替えもせずに布団に入った。いつも見る幽霊とは明かに別物を見た事が頭から離れなかった。
「明日、姉ちゃんに聞いてみるか…」
ミツオは昼過ぎに起きて、布団から携帯電話に手を伸ばして、姉に電話をかけた。
「もしもし?俺だけど…」
「どうしたの?」
「昨日なんだけどさぁ…」
ミツオは昨日の女の幽霊の事を話した。
「あんた、それは悪霊よ…関わらない方がいいよ」
「悪霊なの?」
「そうよ。霊がライターで火をつけれるわけないじゃない」
「俺も初めて見たよ」
「気を付けなさいよ」
「わかった…ありがとうね」
「それより、母さんが出所してくるわよ」
「そうなんだ…」
「来週だから、顔出しなさいよ」
「わかったよ…」
しばらく話してから電話を切った。布団からノソノソと出てテーブルの上のたばこを取ろうとしたが無くなっていた。アレと思って辺りを見回すと、窓際に昨日の女が座ってたばこを吸っていた。
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