第54話 冒険者とはなにか
「魔王の居所はこのまま北西にずーっといったところじゃ」
揺れる馬車の中、バリストさんは地図の上で指を滑らせ、トントンと叩く。
「ここに大きな門があっての、そこから先がおそらく魔王が持ってる土地じゃろう」
馬車の端のほうで話を聞いていたレオンが口を開く。
「クウガたちはなんで置いてかれたんだ?」
「……門を通り抜けた時に、大量の魔物が襲い掛かってきてしまっての。このままではゆっくり死んでいくだけだと判断したんじゃ。あやつらは儂に救助を頼んで門の外へと投げおったんじゃ」
「……そうか」
門をくぐって、大量の魔物に襲われた……ってことは――
「バリストさん、魔王ってやつにはあってないんですか?」
「門の中もだだっ広い平原での。魔王どころか、魔王の居住地も見つけられんかったの」
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突如としてピタリと馬車が止まる。
「あれ?おかしいな……」
御者がぽつりと呟く。
「どうしたんですか?」
「いや、うちの子がここから先に絶対進まなくてな。普段はこういう子じゃないんだけどなあ」
その言葉を聞いたデリスがおもむろに馬車から降りると、馬の目の前に出る。
「【サモン・にんじん】」
デリスが生み出されたにんじんを馬の前に差し出すも、食べようともしない。
「……この子ってもしかして人参好きじゃなかったですか?」
「いや、大がつくほどの人参好きだ。どうしてもここから進みたくないらしいな。すまないが、馬車はここまでだ。料金は半分で構わない」
御者に礼を言いながら、馬車を降りる。
「こっから先は何が起こるかわからないってか?」
レオンが苦虫を嚙み潰したような顔でそう呟く。
「とりあえず門はこっちじゃ」
どこか不安そうなバリストさんは、少し足早に進んでいく。
それからしばらくして、永遠に平原が続きそうな地平線が終わりを迎える。
平原の向こう側に大きな柵と門が現れる。
「あれ…か」
「閉じておるの……急ぐのじゃ」
足早だったバリストさんはさらに速度を上げ、小走りで門へと向かい始める。
「ここから先が、魔王の領域……」
思わず声が出る。今まで見てきた町の建物を圧倒的に凌駕するほどの高さの門が眼前に存在している。
首を痛めるほど上を見上げて、ようやくその全貌が見えるほどだ。
門の両端からはそこから伸びるように柵が作られており、門の高さほどの柵と人間ほどの柵が両方ある。
「で、でかいですね……」
霊子も上を見上げながら驚いている。
「これって門開くのか?」
「儂らの時は開いておった……二人が閉めたんじゃが、そのままになっておるの……」
軽くレオンが押すが、びくともしない。
「無理やりでも開けるしかない」
デリスが思いっきり助走をつけ、殴り掛かる。
バキリという音を立て、門にこぶし大の穴が開く。
「案外あっさりいけるもんだな」
レオンも続いて門を破壊する。
「……儂もやる。儂も手伝わせてくれ」
二人が門を破壊してるのを少しの間呆然と見ていたバリストさんは、ハッと我に返ったように門へと走り出す。
そうして、全員で門を破壊する作業に取り掛かる。
門は思ったよりも脆く、すぐに撤去が終わる。
「よし、とりあえず一人通れる穴ができたな」
人、一人分通れる穴から全員が門の向こう側へと通り抜ける。
その、向こう側は――
その……向こう……側…は――
辺り一面の魔物の死体、燃焼した肉のにおい、身体が細切れにされて死体かも分からない破片。
ただ、それらよりも目を引くものがある。
二人の、クウガと黒影さんの倒れている姿だ。
「っ!おぬしら!!」
慌ててバリストさんが駆け寄る。
されど、揺すれども揺すれども起きる気配はない。
「……ちょっと見せてください」
彼らは体中に傷を負っており、多量の血が地面を染めている。
それぞれの手首に手を当てて、脈を確認する。
……嘘だ。なんでだ?なんでこんなところでなんだ?
脈はない。
息もしていない。
心臓は動いていない。
彼らは決して起き上がらない。
「クウガとバリストさんは……」
言葉を紡がなくても理解したのか、バリストさんは床に崩れ落ちる。
「嘘じゃろ?なぜじゃ……なぜ儂を置いてった」
ああ、これが別れか。
冒険職の脅威が牙をむいたんだろうか。
死が怖い。手が震えている。
ドンドンと地面を叩きつけていたバリストさんは黒影さんの死体が握っていた大剣を手に取る。
「行くぞ」
「ぇえ、あ…でも」
「あやつらがここの道を切り開いてくれおったんじゃ。儂らはこの先の魔王を討伐してその死に意味を与えるしかないじゃろ」
悔しくて、憎くて、悲しいはずのバリストさんはただ一点、平原のその先を見つめていた。
どうして立ち上がれるんだろうか。
冒険職ならではの意志の強さがそこにあるんだろうか。
それとも私が弱いのか。
もし、仲間の誰かが死んでもそうやって割り切れるのだろうか。
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しばらく歩いていると、いくつかの人工物が目に入る。
小さな柵が作られていて、中にニワトリやウシが入っている。
それらがずらりとはるか遠くまで周囲に広がっていて、柵の中に入っている動物はどれも違う存在だ。
「家畜か?」
「おそらくは生活圏内に入ってきたってことじゃろう。もうしばらく歩けば魔王の根城も見つかるじゃろ」
動物たちの囲いを抜け、また広い平原へと出る。
「生活圏内ではなかった……ってことじゃろうか」
「じゃあなんのために――」
そうレオンが言った瞬間、何かがこちらへとやってくる。
「っ、直感的に……結構でかいです。気をつけてください!」
霊子が叫ぶと同時に眼前にそれは現れる。
人の五倍はするであろう背丈で、白い体毛が通常の二倍の量でくるくるとバネのように渦をえがいている。
見まがうはずもない。
伝説上の動物、ギガントファーシープだ。
「おいおいおいおい、噓だろ噓だろ」
レオンが一歩後ずさる。
ギガントファーシープはファーシープと同様、体毛が特徴だ。
肉体的な攻撃はだいたい毛に触れた瞬間に跳ね返るのはファーシープと一緒だが、ギガントファーシープは魔法も効かないといわれている。
だから伝説上の動物であり、存在しないとされてきた。
ひとまずはこの存在をどうにかして倒さなければ。
魔王にたどり着く前に私たちが殺される。
バリストさんのいう、クウガたちに死した意味を持たせるためにもここで死ぬわけにはいかない。
私たちは空高くから見下ろすギガントファーシープと対峙する。
ギガントファーシープは、こちらに威嚇をするように地が震える咆哮をする。
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