地下牢
暗い牢獄の中、聞こえるのは
…どうしてこうなったんだ。
…いやこれは俺自身が招いたこと。
祖国を裏切り、アミーラの信頼を裏切り、リーナ師団長に手を出し…。
このままじゃラウラ…サリーをこの手で守るという約束も果たせなくなる。
…ラウラとサリーに誓いを立てることで、復讐心から開放されたと同時に、少し調子に乗っていたみたいだ。
もっと人間関係を丁寧に気付くべきだった。
裏切り者の俺が信頼を得るには人一倍誠実に努める必要があったのに。
今更後悔しても詮無いか…。
でも…リーナ師団長とアミーラからあそこまで嫌われていたとは。
一人になるとついつい後ろ向きな考えばかりが頭を巡る。
俺が出来ることといえばせめて戦で皆が死なぬように祈ることだけ。
「おいおい、にいちゃん。こんな大戦の真っ最中にに捕まるなんざいったい何をしでかしたんだい。火事場泥棒か、はたまた謀反を起こしたとか?」
この薄暗い地下牢にいるのは俺一人だけかと思ったが、既にここには先住民がいたようだ。どこからともなく、それなりに歳がいってるであろう男性の声が聞こえてくる。
「にいちゃんよだんまりか。お互いの素性当てゲームでもしようぜ」
男は俺の心情などお構いなしに無神経に話し掛けてくる。
「おっさん…そんな不毛な事をしてなんになる?」
「おっさんとは酷いねえ…こう見えてまだ40手前だぜ…って俺の姿は見えないのか。それに地下牢に囚われる以上に不毛なことなんざないだろうさ」
「40手前も充分おっさんだと思うが…」
「おっ…にいちゃん、いいつっこみだねえ。それにしても兄ちゃんはいつまでここにいるつもりだい?」
「さあな、下手すりゃ一生かもな」
「あらま、それはずいぶん悪行を重ねたようだね。カタリーナ第二師団長の胸でも揉んだかい?」
「…なっ!なぜそれを…」
「はっはっは…さて兄ちゃん作戦の続きだ。そろそろここから出るぞ」
男は先ほどのヘラヘラした口調から急に真面目な声の調子に変わる。
…え?
男が何を言ってるか理解しようとするが納得のいく答えに辿り着かなかった。
「どうしたにいちゃん…こんな不毛なことをまだ続けたいのか?」
「作戦の続きってどういうことだよ」
「まったく鈍いねえ、謀反を企ている奴を上手く動かすための作戦だろうよ」
さっきまでどこからか話掛けられているか分からなかった男の声が、牢屋の鉄格子の前から聴こえてくる。
「さあにいちゃん、行くぞ!」
謎の男は気付けば鉄格子の扉を開けており、俺に手を差し出している。
俺はその手を掴み立ち上がった。
どうしてこうなったか分からないが俺は今、得体のしれないおっさんと共に薄暗い地下牢を進んでいる。
「…で、おっさんそろそろ身元を明かしてくれてもいいんじゃないか」
「うーん、そうだな。とりあえずザーフィアで」
「なんだよとりあえずって。まあいい、ところでそろそろその作戦と状況を教えてくれ」
「にいちゃんは少しは自分で考える努力をしたほうがいいんじゃない?」
「そんな余裕ねえだろ、教えてくれ」
「まったく…」
ザーフィアと名乗る男はやれやれといった様子で作戦の概要を説明する。
内容をまとめるとこうだ。
第十二師団の副官ガルガン・ワーリオンがエウリオ軍と通じている可能性があり今回、逢魔へエウリオ軍の侵攻に関する情報を流したのも彼だろうとのこと。
マー・サーリンの襲撃からリーナ第二師団長とジーク第一師団長はガルガンを怪しいと睨んでいたが、アイナ第十二師団長が庇っていたことと、千里眼では怪しい動きが視えなかったことも踏まえて、なかなか身柄の拘束まで踏み切れずにいたそうだ。
そこで、元エウリオ軍である俺に目をつけたリーナ師団長がガルガンの前で俺を捕らえる事によって、油断した彼が隙を見せないか伺っていたとのこと。
「ザーフィアのおっさんがここに来たって事はガルガン副官は尻尾を出したのか?」
「おっ!少しは頭が働くようになったねえ」
ザーフィアは茶化すように返答する。
「今、ガルガン副官が大胆な動きを見せている。いろいろ手は打ってるが俺たちも参戦した方が良さそうだ。今からカタリーナ第二師団長の元へ向かう」
俺はザーフィアの話を聞いて何を言えばいいか分からなくなっていた。リーナ師団長もダルホスと同じように、何か意図があったのだろうが俺には作戦内容は伝えずに結果俺を騙すような形をとった。
やはり、指揮官としては正しい事なのか。
俺は今になって過去のトラウマが蘇る。
逆流してきた胃の中身を無理やり押し戻し、必死に吐き気を堪えていた。
「…にいちゃんもいろいろ抱えているとは思うが、リーナ嬢を許してやってくれ」
穏やかにそう話すザーフィアはリーナ師団長に個人的な思い入れがあるように感じた。
「なあ、おっさんなら俺と同じ立場になったらどうする…」
俺は何故か、
ザーフィアは俺が話し終えるまで何も言わず。そのまま押し黙った。
暫し沈黙が流れだ後にザーフィアがゆっくり口を開く。
「そうさね…にいちゃんも辛かったな。ただ、ダルホスの行動は指揮官としては満点に近い。囮として死を覚悟しないといけないと分かれば足が
「やっぱり…そうか」
薄々わかってはいたが、ダルホスの行動は指揮官としては正しかった。俺がまだ青かっただけだ。
必死にそう言い聞かせるが、心は納得など到底できない。
「でもなにいちゃん…俺も同じことをされたらダルホスを許さないだろうさ。そして、今回の作戦で言えばにいちゃんはまだ何も失ってないだろ?」
「確かにそうだな…強いて言うなら牢屋に閉じ込められ、胡散臭いおっさんに絡まれたってぐらいだな」
「にいちゃん、それはあんまりじゃない。少なくとも俺はこの出会いに感謝してるんだぞ」
この男、やっぱり胡散臭い。
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