黒星

「総帥、お待ちを!」


 カタリーナが叫ぶ中、鈍色にびいろに輝く黒刀が俺の首に届く既所すんでのところで、

 第二師団の宿舎に置いてきたハチェットが扉を突き破り黒刀の一振りを受け止めた。


「へぇ〜やるじゃねぇか」


 俺はハチェットを掴み間合いをとる。

「ツヴァイト総帥!俺は争う気はない」

 正直、太刀筋は殆ど見えなかった。剣速だけならたぶんダルホスより上だ。やばい…ハチェットが飛んでこなければ確実に殺られていた。


「おいおい、つまんねぇこと言うなよ!あの紫電と剣を交えて生き残ったんだろ?本気を見せてみろや!」

 総帥が再び間合いを詰め刀を振り降ろす。

 直後、カタリーナが俺を突き飛ばし、白の剣を抜き総帥の一太刀を受け止める。


「総帥!お戯れを」


「リーナ!邪魔すんな」

 総帥がカタリーナとの鍔迫りを押し切り、カタリーナをはじき飛ばす。


「くっ!」

 カタリーナは吹き飛ばされボロ家の壁に衝突する。


 ツヴァイト総帥はそのままの勢いで獣の如く、俺に斬り掛かってくる。


「まったくキミは…常に揉め事を起こさないと気がすまないのかい?」


 突如、俺の目の前にまばゆく発光する純白の鎧を身にまとった金髪の騎士が割って入り、総帥の一太刀をロングソードで受け止める。


「なんだよ…せっかく面白くなったってのに…邪魔すんなよ、ジーク」


「総帥になったんだからいい加減自覚を持ってもらわないと…」


 総帥はジークと呼ばれた青年に諌められ黒刀を鞘に納めた。


「俺だって好きで総帥になったわけじゃねぇんだ。これぐらいの自由が許されたっていいだろ」


「いいや、キミのせいでフェリン帝国の王族は壊滅したんだぞ。その責任を取ってもらわないと」


「お前だって反乱に加担したじゃねぇか」


「それはキミが王族に喧嘩を売ったから仕方なく助けたんだよ」


「お前の助けなんざなくても俺一人で充分だったろ」


 ツヴァイト総帥とジークと呼ばれた青年は

 俺とカタリーナをそっちのけで言い争いを続ける。


「ジーク第一師団長。エウリオ王国の捕虜の前ですし、ここは穏便に…」


 カタリーナに諌められたジークはバツが悪そうに軽く咳払いをして、改めて俺に向き直る。ツヴァイト総帥はヘソを曲げたのか、しかめっ面をしながら玉座に座り直した。


「キミがクロムくん…だったかな?私はフェリン帝国第一師団長のジークだ。見苦しいところをお見せしたね」


 ジークは総帥とは違って礼儀正しく、どちらかといえば良識人のようだ。


「これから俺の処遇はどうなる?」


「そうだね。それについては私に決定権がないからね。ツヴァイ、どうするんだい?」


「あぁ?だからそれを決めるためにコイツに刀を抜いたんだろうが!それをお前らが揃って邪魔したんだろ」


「それで、どうするんだい?」

 苛つくツヴァイト総帥に対して、特に動じた様子もなくジークは淡々と言葉を返す。


「興が冷めた。ただ…捕まえておいて無駄な食い扶持ぶちを増やすより、フェリン軍に加入してもらえばいんじゃねえか?加護星かごぼしなんだろうし多少の役には立つだろ」

 突然の申し出に俺の頭は混乱する。


「待ってください!俺としてはありがたい申し出ですが…そんな簡単に信用してもいいんですか?」


「別に信用なんざしてねぇさ。裏切るならそん時は切り捨てればいい」


「…でも」


「なんだお前、意外と面倒な奴だな。おい、リーナ!こいつの処遇はお前に任せる。エウロピ村の奴らもリーナんとこの宿舎にいるんだろ?後は頼んだ」


 動揺している俺をよそにカタリーナは

「承知致しました」と頭を下げる。


「それより風鳴き砦の様子はどうだ?」

 ツヴァイト総帥の問いかけにジークが嫌味を交え答える。


「まったく、ようやく本題に入れるよ。現在、風鳴き砦は第五師団が駐留していて、砦の城壁の修復作業中だ」


「城壁なんぞダルホスの前じゃ意味ねえだろ。

 シルフが星に還った今、砦の維持は困難だ。

 第五師団に伝えろ。月魔法で幻影だけ砦に残し、今夜中にそのまま北上しつつ首都までの道中の村人たちを首都まで避難させろ、あと第七師団も援護に向え。

 同じくイースには三、四師団が、西ウースには八、十師団が村々の避難にあたれ!

 最悪のケースは地方に向かった各師団が各個撃破されることだ。

 もうすぐ桜月おうげつだ。北海ノースダークの氷が解け逢魔おうまや蛮族が攻めてくる可能性もある。エウリオ王国もこのタイミングで攻めてくる可能性が高い。首都に集まり全勢力で迎え討つ」


 その後もツヴァイト総帥の采配で第二、十二師団は北海ノースダークの守備。その残りの師団は首都の防衛と避難民の居住区の建設。兵糧の確保にあたることとなった。


 俺はカタリーナに連れられ第二師団の宿舎に戻っていた。

「カタリーナ第二師団長。ツヴァイト総帥の采配はすごいですね」


「そうだな。だが、本当に凄いかどうかは戦を終えてみないとわからぬ。この世界は結果が全てだからな」


 粗雑に見えて民を命を大切しているツヴァイト総帥を俺は改めて見直した。


「人の事よりお前はどうするんだ?このまま半端者で身を置くのか?」


 俺はカタリーナに痛いところを突かれ上手く返答できずにいた。


「すみません。もう一夜だけ時間をいただけますか?」


「それは構わぬが、敵は待ってはくれぬぞ」


 カタリーナは正論ばかり突きつけてくる。

…まるでダルボスのように。

俺は味方に被害をもたらした自分を棚に上げ、被害を最小限に抑えたダルホスを批難している。


 自分や周りの人間を蔑ろにされたから…復讐を決意したが…結局は我が身が可愛いだけだった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る