雪林の姫君

「まさか…まずい!」

 ダルホスは何かに気付いたようで、慌てて俺の胸から剣である布都御魂ふつのみたまを引き抜こうとする。


 しかし、何故か布都御魂ふつのみたまは微動だにせず、剣に何かが纏わりついているようだ。


「くそっ…なんでだ!」


 死にかけの俺と焦るダルホス。その周囲には、気付けば白い粉が降り注いでいた。


 白い粉が俺の頬に触れると一瞬の冷たさと引き換えに掻き消えた。


 次の瞬間、俺たちの周囲に氷の枝が刺々しく突き立てられた。


 ダルホスは布都御魂ふつのみたまを手放し後方へ飛び退く。


 直後、地面に突き刺さる枝が成長して、ダルホスに絡みつくように伸びる。


 ダルホスはそれをかわし、指を鳴らして合図する。すると、俺に突き刺さっていた布都御魂ふつのみたまが紫雷に変わり、ダルスの手元へ戻っていく。


 胸から剣が引抜かれ、ようやく俺の人生に終わりが訪れる…はずだった。

 しかし、不思議な事に体中に見えない力が渦巻いており、何故か出血することは無かった。


「まさか雪国の姫様がお越しになるとは…」

 ダルホスは小馬鹿にしたように何者かへ声を向ける。


 気付けば、その何者かは意識が朦朧としている俺の隣に立っていた。


 流れるような長い銀髪。純白のドレスを身に纏う女性。その手には花の装飾が施された柄の白い直剣が握られていた。


 人とは思えぬ美しさに死に際ながら見惚れてしまった。


 姫と呼ばれた女性は凛としてダルホスへ告げる。

「ダルホスよ。既に風鳴砦かざなきとりでは我々フェリン軍が取り戻した。残党狩りをしていた貴軍も我が制圧下にある。無駄な抵抗は止め投降せよ!」


「さすがのバルドも姫様相手にはかなわなかったか」


「我は姫ではないし、そのような俗っぽい名で私を呼ぶな。我が名はフェリン帝国軍、第二師団長、カタリーナ・ゾイ・オーキュラス。投降する気がないなら氷の墓標で眠ってもらおう」


 彼女は白い直剣を地面に突き立てる。


 次の瞬間にダルホスの足元から氷の礫が湧き出る。ダルホスはそれに動じるとこなく布都御魂ふつのみたまを地面に突き立て雷で氷を砕き散らす。


「できればお相手したいが…少々分が悪いね」


天地万雷てんちばんらい

 ダルホスは天に向かって布都御魂ふつのみたまを掲げる。


 直後、雲一つなかった空に暗雲が垂れ込める。


 そして万もの雷が降り注ぐ。


 木々は焼け焦げ、地表は剥がれ、

 轟音と閃光が辺り一帯に満ちる。


 なんだ…この規模の魔法は…これがダルホスの本気…。

 俺はダルホスの力に圧倒されていた。


「これが砦を陥落させた技か…」


 白銀の女性は目の前の天変地異に動じることはなく、済ました顔で白の直剣を天に向ける。


 すると、きっさきから白い膜が頭上に張られ崩れ落ちた洞窟もとい拠点ごと覆った。


 そして、膜に直撃した雷は不思議なことに白い粉へと変換されていく。


「ここでバルドを失う訳にはいかない」

白光はっこう


 ダルホスの布都御魂ふつのみたままばゆいい光を放つ。


 …どれくらい経っただろうか。

 ホワイトアウトした視界が徐々に定まってくる。


「くっ…逃したたか!」

 語気とは裏腹に銀髪の女性の顔に感情の色は窺えない。

 

 状況を把握しようにも、俺の体は既に限界を迎えていた。

 そのまま突っ伏すように地面に倒れ込んだ。


 白い粉が降り積もり、森はこれまで見せたことのないような表情をしていた。


 途切れる意識の中で失ったものを数える。

 結局、俺は誰一人救えなかった。


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 ………ここは? 


 気が付くと俺はベッドの上に寝ていた。

部屋を見渡すと白を貴重とした壁と家具が並べられており、傍らには白いドレスを着た女性が椅子に座ったままうたた寝をしている。


 そんな状態だというのに背筋は伸び、姿勢を一切崩していないのが彼女の人となりを表していた。


 俺が起きた事に気が付くと白いドレスの女性は無表情のまま声を掛けてきた。

「目が覚めたみたいだな…。私の名はカタリーナ。貴殿のお陰で風鳴き《さがなき》砦の奪還に成功した。ご助力感謝する」


 カタリーナと名乗る女性は軽く会釈をして部屋から出ていった。


 俺はまた死にそびれたのか…。

 あの時死んでいれば…。仲間を失う辛さは嫌ってほど味わってきた。先に死ねる事が幸福とさえ思えてくる。


 …部屋の天井を仰いだまま俺の目からは止めどなく涙が溢れていた。今までは泣けなかった…。ダルホスへの復讐心が勝っていたのか…ようやく仲間の死を受け入れれのかはわからない。


 涙も枯れ果てた頃、ふと気付くと腹の上に違和感を感じる。


 違和感の原因に目をやると…白いフードを被った女の子が腹の上にちょこんと座っていた。


「おわっ!」

 驚いた俺は慌てて跳ね起きる。

 ぐっ…胸に激痛が走り、たまらず仰向けになる。


 女の子は俺が跳ね起きた勢いでベッドから落ちていた。

 彼女は何事もなかったように、フードからつなぎになっている白一色のスカートをはたきながら再び俺のお腹の上に跳び乗った。


 背丈は俺の半分程で、白いフードからは栗色の髪がはみ出していた。彼女は明るい茶色の瞳をしていて、あどけない顔立ちをしている。


「まったく…泣くほど痛みが残ってるなら動かないで下さい!」


「キミは?」


「あたしはフェリン帝国軍、第二師団、副官のアミーラです。今、回復してるんですから安静にして」


 回復…?確かに彼女がお腹に乗った瞬間、痛みが柔らかい…違う…和らいだ気がする。


「アミーラ、俺以外に生き残った奴は…?」


「それは…」

 彼女は言葉を濁し、言いにくそうに目を伏せる。


 …既に俺の頭には最悪の結末が浮かんでいた。

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