ファインダー越しの君へ
さぬかいと
第1話『小さな春』
1-1
切り取られた広大な景色を、綺麗だと思い始めたのは何時からだろう。
流れる時間の中で、一瞬だけ輝く生き物の姿や優美な野山の四季を収めることが楽しいと思ったのは、何時からだろう。
瞳に映るものの中に、何か面白いものはないかと親の御下がりのデジタルカメラを持って外を出歩くようになったのは、何時からだろう。
ふとした瞬間に、今までのことを思い返して色々な何故や何が浮かんでくる。
少し立ち止まってそれらを考えてみるけど、私がそうしたいからという単純な理由しかなく、他の答えは見つかりそうにないので、早々に諦めてカメラを持って今日も街中を一人で歩いていた。
周りを田畑に囲まれた田舎町の中心地は、他の場所と比べると道路の整備や高層ビルもいくつかはちゃんと建っているので、それなりには栄えていると思う。
でも、テレビに映るような街並みよりはビルの背も低く、掲げられている看板も地味なので珍しい光景なんて簡単に見つかったりはしない。それを分かっていても小さな変化を探して、そしてそれを撮るために街中を散策するのが今の日課になっていた。
信号機を目印に進んで、その途中で立ち止まってぐるりと見回す。生憎ながら目新しいものは何もなかったので、次は三本先の街灯を目印にして歩き出していく。
好きでしている時間もこんなことが続けば疲れだけが溜まっていくばかりで、次第に遅くなる足の動きは市街地の片隅にある公園の前で完全に止まっていた。
私の家の近くでは見慣れない場所で、他に人影はなく身体も休めと言わんばかりに足が張ってしまっているので、その一角にあるベンチに腰かけてぼんやりと空を見上げていた。
青く澄み渡る世界を、大きさの違う白い雲がふわふわと浮かびながら泳いでいく。その景色にそよ風に揺られて映り込む桜の木には、一週間前に来た時よりも大きくなった蕾が花開く瞬間を今かと待ちわびていた。
その様子が私の目にしっかりと止まり、肩から掛けている小さな鞄からデジタルカメラを衝動的に取り出して構える。
ぼやけないように被写体との腕を伸ばしたりして距離をとり、オート機能でピントを合わせて、そして写真を一枚。
フラッシュを焚いたのもあって、影になっていた白桃色の花弁が本来の色より鮮やかに写し出されていた。
今日は何もないと諦めかけていたところに良いシャッターチャンスが訪れたので、ひとまずは満足して心の中でガッツポーズをする。良い事があれば自然と気分も高まり、もう少し探してみようと先ほどまでの疲れなんてなかったかのようにベンチから身体を勢いよく持ち上げて前を向く。
その視界の先、桜の奥に人がいるのに気付いたのはその直後のことだった。
この近辺ではまず見かけない白桃色の髪を風に靡かせながら、まだ開花前の桜をじっと眺めている。こっちに背中を向けているので顔は分からないけれど、身長は私と同じぐらいなので、おそらく同い年の子のようだ。
突然現れた珍しい髪の女の子に、散っていた私の目線はどんどん釘付けになっていく。
その彼女の立ち姿は不思議と周りの桜によく馴染んでいて、風と共に踊る髪先からは花弁でも舞いそうなほどに温かく優美な雰囲気を作り出していた。
こんな所で何してるのかな。
何でそんな髪の色をしてるんだろう。
この辺りでは見かけないけど、最近引っ越してきたのかな。
考えるほどに疑問は増え続け、彼女に対する興味もどんどん増し、気づけば胸の鼓動が五月蠅いほどに高鳴っていた。
その好奇心に従うように衝動的にカメラを構え、相手の子をファインダーでしっかりと相手を捉えピントを合わせ始める。遠くでごそごそと動いていると、その気配を察して園子はゆっくりとこっちに振り返っていた。
遠目からでも分かる顔の輪郭に各部位のバランスが綺麗に重なり、横顔だけでも絵になるほどの端正な形が春の風物詩に囲まれた公園の中でしっかりと溶け込んでいた。
そのまま写真を撮れば、素敵な一枚が出来上がる。
今の光景を収めたいがために勝手にカメラを向けたことには後で謝ろうと思いながら、右の人差し指をシャッターのボタンにかけて力を込めていく。
けれど、その後にフラッシュが光ることもなければシャッター音が鳴ることもなかった。
彼女が放っている雰囲気のせいなのか、それとも勝手に撮ろうとしている罪悪感なのか、あとちょっとのところで力が入らずにずっと硬直したままの時間が続いてしまっている。
何とかしようと力を入れようとして身体を動かそうとしているところに、割り込むように強風が砂埃を巻き上げ私たちに襲い掛かろうとしていた。
慌てて埃の侵入を防ごうとカメラを抱え、腕を前にして防ぐ。
その瞬間に見えた彼女は、何事もないかのように微動だにしていた。
そのまま突風に曝され、砂に全身を叩かれしばらく身動きが取れずにいたが、一分もしないうちに止みはじめ再び穏やかな気候に戻っていく。
ほっと一息つき、髪についた砂埃を払いながら顔を上げていく。
そこに、さっきまでいたあの女の子はいなくなっていた。
急いで立っていた場所にまで駆け寄ってみる。しかし、そこにいた形跡は何もなくあの春一番と一緒になって消えたみたいになっていた。
あの子、何処行っちゃったんだろう。
気になってしばらく周囲を探してみるけれど、周りには黒か白の頭の人しか見当たらない。
あんな華やかな髪の女の子を見つけられず、せっかくのシャッターチャンスも物にできず、思うようにいかないこと続きで大きく肩を落としていた。
けれど、同時に希望も抱いているみたいで、胸の奥がほんのりと温かくなっていた。
何でこんな気持ちになっているんだろう。
根拠なんて分からないし、見ず知らずの子にそんなことを感じるなんて少し不気味に思われるかもしない。
でも、きっとそう遠くない未来でまた会うような、そんな気がして。
名前も何も知らない桜の女の子との再会を想像してみて、胸が一度その音を大きく高鳴らせる。
三月も終わりに近づき、新しい出会いの季節がもうすぐそこにまで迫っていた。
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