第十二話 突入(裏)00
目が覚めた瞬間飛び起きた。
ベッドの上。周りを見ても誰もいない。
自室の向こう側、リビングで母が何かを作っている物音は聞こえるが、それ以外は何もない。
「なんだったんだ……あれは……」
息を吸う。そうして吐き出す。その行為すら無駄に疲れてしまう。
冷や汗が頬から流れて布団へ落ちていく。
呼吸の仕方すら、先ほどまで忘れかけていた。海の中にいたせいか。
嫌な夢を見たと呟きたいところだが……。
「あれは、夢じゃない」
リセットという存在の重大さを理解した。
しかし何かをするにはもう手遅れだと分かってしまったから。
これはもう、あの女の言う通り考え続けるしかないのかと。
「最悪だ……」
思い出すのは海里夏がリセットする直前の出来事。
紅葉達が食われ、死の間際に巻き戻しを図ったあの全て。
妖精のあの言葉。
バグらせてもいいと、笑いながら言ったそれはきっと妖精の一番の望み。
そうして────気が付けば俺は、海に落ちていた。
ただの夢かと思った。泳ぐことはできるし浮上することも可能。海面から先は青々とした空が広がっているだけで他は何もない。島も見当たらず、海のど真ん中に投げ捨てられたのかと錯覚した。
海里のリセットのせいなのかと思い込み、何が起きるのか見るまではと海の中を沈むことにした。
海中でも息は出来た。だからこれは現実じゃない。
痛みはないし、ふわふわとした身体の感覚に明晰夢だと予想する。
〈プログラミング改正可能。隔離実行……成功っと、ヤッホー神無月君。調子はどう?〉
「はっ?」
聞こえてきた声に、俺の予想は覆った。
その声は空から聞こえているようだった。妖精のような蔑みの声色ではない。あのアカネ神という女の、警戒を促すような気味の悪いものでもない。
凛とした声。
それを少しばかり崩して男っぽくしたら紅葉のようになるなと────俺は思った。
〈それは当然だよ。なんせ声は秋音ちゃんのプログラムから借りてるからね〉
「っ……考えが読めるのか」
〈ああ警戒しないで。今本当に絶好のチャンスなんだ。君が警戒するようなことは何もないから!〉
女は一つ咳払いをする。
声だけじゃなくて実態もそこにあったなら、きっと愛想笑いを浮かべた女か何かだろう。
「先に聞きたいことがある。プログラムってなんだ。お前は何をしたんだ」
〈プログラムはプログラムさ。データを改ざんし、妖精にバレないよう侵入したってだけ〉
こいつは一体何者なのか。俺に何の用なのか。
〈何者なのかについては後で話すよ。何の用なのかについての質問には答えてあげるわ────君は妖精の興味の対象から外れてる。だからその世界で唯一接触できるのが君だけだったんだ〉
「妖精から興味が外れた? どういうことだ……」
〈最初は第一候補として見られていたわ。でもある日、貴方は死んだでしょう?〉
その言葉に思い出すのはアカネ神とのやり取りだった。
鏡に取り込まれた後に感じた激痛。死の恐怖。そして彼女の意味深の声が脳裏によみがえる。
〈うん、それだよ。君は死んだ。生贄になった。だから妖精は君の事を放っておくことにした。なんせ君は人形になったも同じだからね〉
「人形って……俺の意志はここにある。ちゃんと生きているだろうが!」
〈でも君はずっと考えていたんだろう。なんで秋音ちゃんを殺さないといけないのか。このまま考えた通りのことを実行して、何か意味はあるのかって〉
何か否定を言おうとして、言葉が詰まった。
頭の隅で考えていた内容。何処か無意識に考えていたことなのに、いつの間にか否定していた。
誰かに思考が乗っ取られているんじゃないかと。
〈安心して、ちゃんと考えて、考えて考えて考え続けていれば……絶対にあなた自身の意志を通すことは出来るようにしてあげるから。あっでもほんと、ちゃんと考えないと駄目よ! 妖精は警戒心が高いからちょっとした考えで動かれたらすぐバレちゃうからね!〉
「……出来るようにしてあげるから、か。お前は俺の身体に何をする気だよ」
神様か何かかと思うが、それを女は否定する。
〈うーんそうだなぁ。私が何者かって話だけど、先に答えてあげよう。────私はただの侵入者。外界からの傍観者にして、隙あれば妖精堕落を狙う者〉
「外界から?」
〈まあそうはいってもその世界にもともと居た住人なんて一匹しかいないけれどね〉
「い、っぴき?」
それは、それはまさか。じゃあ俺たちは?
考えをまとめようとして────
〈ああ、ごめん失言だったわ。それはまだ考えちゃ駄目よ〉
────急に、思考がかき消されたのだ。
「っ……お前、俺に何をした!」
頭が重い。動かない。
思考が回らない。考えようとして言葉が詰まる。こんな気分悪い感覚、初めてだ。
〈考えるなら向こうで目覚めてからやってほしいの。こちらで見つけた答えをそのまま向こうに持っていったら流石に妖精に感知される。それだけは避けたいから〉
「……そうか。お前は妖精の敵ってことか。俺に何かさせたいから隔離したのか?」
〈うーん流石は神無月鏡夜。考えないようにってプログラム改ざんしてもすぐ動くんだから……あーもう。後で何とかしよう……〉
深い溜息を吐いた女の呟き声に眉を顰める。
身体を動かすのが億劫で、いつの間にか俺の身体は海底で沈んでいた。遠くの方に見える海面は日の明かりが綺麗に輝いているのが見える。
コポコポと俺の口から泡が出てくるが、喋っている声は違和感があるほど鮮明に出すことができる。
〈答えにたどり着く前にヒントをあなたにたくさん与えるから絶対に覚えておいてね〉
「はぁ?」
〈まず妖精は貴方を嫌っているわ。今は無関心の域に近いけれど、事線に触れればまた何かしでかすでしょう。その程度には見張っているってこと忘れないでね〉
妖精が俺を嫌っている、か。
あまり接触したわけじゃないから分からない。こいつの言葉が嘘かどうかすら分からない。
〈私は本当のことしか話さないわよ。────次、妖精はその世界じゃ創造神のようなもの。ゲームマスターって意味。貴方なら理解できるわよね?〉
またか、と。俺は正直言ってうんざりしていた。
紅葉とアカネ神が言っていた。夏も……言っていたっけか。
〈ハイハイ考えない!〉
ノイズが走り、言葉が上手く思考に乗せられなくなる。クソっ、この野郎……。
〈文句を言うのも後! 時間は限られてるんだから……それで次、私がいる世界で妖精は意図的にバグを引き起こしてリセットを繰り返してるの。つまり途中で消し去ったセーブデータをいっぱい作りたいってわけ〉
「はっ?」
〈妖精はセーブデータを増やしたいのよ。ゲームマスターたる自分の一部をちぎっては増やしてを繰り返してる。プラナリアみたいにね? いいえ、アレよりは酷いかしら……〉
「ま、まて……ああくそ。考えさせろよ……!!」
〈ダメ―! それでね……えっと、貴方は……ああ見たことあるのね。なら分かるでしょう。妖精がゲームプレイヤーだった誰かに向けて「貴方が扉になるのです」って言った言葉を。扉を作るのは簡単、鍵はまあなくても困らない……壊しても良いから。ただ重要なのは、その扉を開けるための力たる導きの手。妖精が唯一望んでいるものよ〉
「だから……クソが!」
考えられない自分が憎い。
こいつの情報を覚えるために必死に頭に刻むが、それ以外何もできないのが本当に憎い。
〈夕日丘夕陽という女が、その導きの手に成りかけた〉
「えっ」
〈その次は紅葉秋音という存在が第一候補となった〉
思考しようとしていたのに、頭を押さえていた手が止まった。
〈妖精は本当の意味で神になりたいのよ。だからあなたを嫌っているの。貴方は神から最も遠い────神無しの苗字と、本当は神じゃないってことの真実を移す鏡の名の要素を合わせた魂を持っている存在だから〉
「は、ぁ?」
〈あなたは唯一の天敵よ。神を求める存在を止めるために必要なの。だからそこにいる。主人公として存在するのもそのせい……だから、妖精はバグを引き起こしたいの。自分の存在強化を高めるためだけじゃなくて、主人公そのものを消し去るための強いバグを生み出したいからよ〉
頭に刻まれた彼女の言葉のせいで、頭痛がする。
ズキズキと脈打つかのような痛みに俺は呻いた。
〈忘れないで、思い出して。貴方は今、妖精のせいで魂がぐちゃぐちゃなの。かつてそこにあった『紅葉秋音』の魂で何とか生きているようなボロボロの状態なの。今の紅葉秋音を守るために、神無月鏡夜を守るために、あなた達は同じ魂を共有している。妖精がバグらせるだけじゃなくて、神無月の存在そのものを消そうとしているから〉
声が遠のいているように感じた。
〈思い出しなさい、あなたはその世界の住人じゃない。お願い。思い出して、自分が誰なのかを。妖精が探している■■の魂が何処にあるのかを────〉
ノイズが鼓膜を揺らす。
海水の音が響く。
ゴポゴポと音が響いて、彼女の声をかき消していく。
〈私は外界の傍観者。貴方の手助けをするために、私は見守っているから────〉
そんな声が、聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます