第八話 さぁて、それはどうでしょうか?





 陽葵の言動に俺たちは戸惑う。

 いや、春臣は戸惑っているだけだけれども。俺はただ首を横に振って無理だと言った。



「巣穴に入るだなんて自殺行為だ。それは止めた方が良い!」


「おや、君は入ったことがあるのか?」


「い、いや……ない、けど……でもなんというか、それだけはやっちゃいけないような気がして……」


「紅葉と同じく俺も反対だ。巣穴ってことは奴のホームグラウンドだろ。嫌な予感がする」


「春臣……」



 春臣の言う通り、安易に飛び込んではならないと何故か心の奥底からそう魂が叫んでいるのだ。


 ざわめく階下の空気とは別に、俺達の周囲は別世界のように冷え切っていた。何処からか風の音が聞こえる程度の静寂に包まれる。


 冷や汗をかいて、これから先の事を考える。

 陽葵の言動が正しいのかどうかを理解するために。



(ゲームだったら……夕青2で転校生が穴を広げて大変な騒ぎを起こしたのは覚えてる。それ以外にもバグでプレイヤーが突っ込んでゲームを壊したっていうのを見た記憶もある……)



 それ以外は何も知らない。

 ただあの化け物達がうようよ存在していること。穴を広げてしまったら大惨事になること。それぐらいしか分からない。突っ込んでいった先がゲーム崩壊であれば……。



 ────いや待てよ。ゲームが崩壊する? それって逆に良い事なんじゃないだろうか。

 死ぬかどうかも重要だけれど、一番大切なのはちゃんと生き残り鏡を見つけて壊すこと。妖精の呪縛から抜け出すこと。


 もちろんゲームと現実を比べてはならない。例えゲーム世界と同じように動いているのだとしても。

 それは分かっている。ちゃんと理解はしている。


 でも巣穴に入るだなんて行為はやってはならない。ゲーム知識だけじゃない、あの中は危険なんだと思えてならないのだ。何故なのかは分からないけれど。


 あっ、でもそれって妖精に感情を操られている可能性もあるのか?

 妖精が行かせたくないから俺たちの感情を変に動かしているとかあり得そうだな。春臣が俺に賛成したのはそのせいだとか。


 いやでも危険なのは確かだし、行くのはやっぱりやめておいた方が良いような気がするし……。



「このままでいても、意味は何もないだろう?」



 ふと、陽葵が小さく問いかける。



「警戒心というのは人間にとって生きるために最も重要な感情表現だ。しかし私にはそれは必要ない。そもそも現状生きるか死ぬかではなく、妖精とどう戦うのかが問題ではないのか?」


「あーそうだな。朝比奈の言う通りだ。でも前提として死んでリセットも何も出来なかったらどうするつもりなんだよ。戻れなかったら? また生き返るとは限らねえんだぞ」



 春臣の忠告に陽葵は「それももっともな意見だな」と頷く。

 しかしそれでも彼女は譲らなかった。



「どうせまた時間が巻き戻るのなら私はあの巣穴の中がどうなっているのかを確かめたい。何もしないより何かをして、死んでいった方がマシだと私は思うのでね」



 何もしないより何かをする。それで死んでしまっても構わないと、狂ったような言動を陽葵は言った。

 きっともう、陽葵は巣穴に入ると決めている。何があろうとも誰にも止めることはできない。それが夕赤主人公。

 誰よりも格好良いと言われた女だ。意思は曲げないその硬い心が、俺には眩しいと感じた。



 本当にそれで、何かを残せたなら────。



(でも、単純に巣穴に入っても意味なんてあるのか?)



 普通に入ることは出来るかもしれない。この陽葵は戦闘能力が優れているし、化け物相手に退くことはあり得ない。

 でも化け物の問題じゃない。その巣穴の中が水の中だったら? 人が生きるための環境じゃなかったら? 温度、空気、様々な要因が異なれば死ぬのは陽葵だぞ。


 無駄死にという言葉が思い浮かぶ。

 陽葵は確かに格好いいけれど、そういう猪突猛進な部分で死に急ぐタイプでもあった。だから夕赤が先頭に優れていようともすぐゲームオーバーしてしまう高難易度ゲームなのだと思い出す。



(ここはゲームじゃない。でも皆同じだ。性格も生き様も何もかも似ている。だから……)



 巣穴に入るのではない。

 巣穴の中へ入れるかどうかを知るために。そして鏡を見つけ出すために。



「陽葵、どうせなら冬野白兎って人を味方につけるために協力しないか?」




 境界線の世界を行き来できる白兎の存在が必要だと思えた。

 白兎とは誰なのかと陽葵が聞くの俺は説明する。

 彼女の異質な存在について知っている部分だけを話していく。



「……ふむ、確かに無謀に挑戦するよりは何かを知っている者を味方につけた方が早いだろう。しかしその者が本当に味方になれるという保証はあるのか?」


「それは────」


「あーちっと微妙だけどな。でも話をするぐらいなら大丈夫なんじゃねえのか、紅葉?」


「まあ……そうだね、春臣。警戒はされると思うけれど、ちょっとした話ぐらいならできると思う。嘘をつかれる可能性もあるけれど……」


「それでもいい。反応を確認すれば嘘かどうかぐらいは見抜ける。それより問題は────」


「えっ?」



 陽葵が振り向いた先に影があった。

 扉の一部分に映し出された硝子に向かって上履きを投げた陽葵が何かを睨む。影というからには、人が誰か聞いたのかと思った。


 しかしそう思えたのは一瞬。


 それはとても小さく、見慣れた人型のシルエットをしていると気づく。



「あっ……」



 背筋がぞっと、凍り付く。


 その影はガラス越しにこちらをじっと見つめているように感じた。

 俺達を観察しているように、見えてしまった。




「まさか、妖精?」


「ああ。どうやら聞かれていたようだ。済まない。気を抜いていた」


「い、いや……俺も全然分からなかったから……」


「ああ、まさか聞いてたとはな……あーくっそ。朝比奈、アレに何時気付いたんだよ」


「つい先ほどだ。だから何時聞いていたのかは分からない」


「じゃあ、最初っから聞いてたって可能性もあるよなぁ」



 冷や汗をかき、頭を掻く。

 妖精がいた事実が怖い。あいつが俺達を観察していた意味に恐怖心を抱く。


 何故、俺達を見つめていた。

 なんで?




「……まさか、俺たちが妖精にとって警戒すべき話をしていたから近づいてきたとか?」





 俺の独り言に、春臣と陽葵がハッと目を見開いた。

 そうしてお互いの顔を見つめて頷くのだ。




「うっし。これでちょっとは前進したよな?」


「……うん」




 あの巣穴の向こう側に、何かがある。





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