かつての墓

「もう少しで到着します。」

「はてさて、どんな人達なのやら。」

「お優しい方々ですよ、ディンさんの思っている様な方々ではないと思います。」

 ダークエルフのものであろう気配から、若干警戒しているディンに対し、外園は笑いかける。

外園がそういうのなら間違いはないだろうが、とディンは考えるが、どうしても魔物に近いその波動は警戒してしまう。

 長年の戦いでの戦闘本能とでも言えば良いのだろうか、魔物=戦うだったディンにとっては、中々癖として習慣が抜けないのだろう。

「まあ、私も最初はそうでしたから、仕方がないのかもしれませんね。ディンさんは生物の波動と思考を探知出来る、なのであれば警戒も当たり前、という所でしょう。」

 外園は、もう慣れ切っているのか、余裕を見せている。

ディンが警戒するのは仕方がない、何せ魔物に近い波動を持っているのだから。

「誰かな?」

「……。ジェライセさん……。」

「はて、君の様な知り合いは居なかったはずだが。エルフが何の用だね?ここはダークエルフが出てくる、危険地帯だよ?」

「覚えてらっしゃらないのも無理はありませんね……。外園です、昔、貴方に救っていただいた。」

 話をしていると、ガサガサと草木が音を立て、ディンが魔物の様だと感じていた気配を纏った人物が出てくる。

その姿はエルフとは大きく違い、銀髪に褐色の肌、鋭く伸びた爪と牙を持っていて、闇を思わせれる妖しい瞳をしていた。

 外園が声をかけると、ダークエルフは少し考え込む様な仕草を見せ、目を大きく見開いた。

「外園……、外園君かい!?本当に外園君なのかい!?」

「はい、ジェライセさん。お久しぶりです。」

「大きくなったなぁ……。ロザウェルに連れていかれたとは知っていたけど、その後どうしていたんだい?何百年と経っている記憶があるが、ずっとロザウェルにいたのかい?」

 ジェライセは、懐かしいなと空を仰ぎ見ながら外園の肩をたたく。

外園は、ジェライセが生きていた事に、そして一番に会えた事に、喜びを感じ笑う。

「っと、積もる話はあとでしよう。そちらの方は何者かな?膨大な魔力を感じるけれど。」

「こちらの方は10代目竜神王、ディンさんと仰ります。ドラグニートの竜神様方を束ねる、10代目の王です。」

「竜神王……?確か、童話の話でそんな話があった様な気がするね。その竜神王様が、ダークエルフに何か用かな?」

「初めまして、ジェライセさん。童話に書いてあるのは先代、9代目竜神王の逸話だよ。俺は用があったわけじゃないんだけど、外園さんの警護をな。」

 ディンは言葉が通じるという事でジェライセへの警戒を解いていたが、逆にジェライセはディンを警戒している様だ。

ドラグニートの竜神の事は聞いた事はあるが、竜神王というのは御伽噺の世界の住人だ。

 その竜神王がこんな所で、しかも外園と一緒にいる理由がわからない、といった顔をしている。

「そうなのかい?フェルンはドラグニートから随分な警護役をつけてきたな。」

「そうではないのです。私は200年程前に、フェルンを脱しました。その後は世界を回り、最終的にはジパングに住み着いていたのです。詳しいお話は、集落に着いてからでもよろしいでしょうか?」

「……。外園君は真面目だったと認識しているし、信じよう。では竜神王様、こちらへ。」

「ディンでいいよ、ジェライセさん。」

「そうか、ではディン君、外園君、こちらへ。」

 外園の言葉を信じる事にしたジェライセは、いったんディンの事を受け入れる。

しかし、まだ疑心が完全に解けたわけではない、というのはディンが心を読んで理解した。

 ジェライセは2人が歩いて来た方向から反対側の、岩場の方へと移動し、2人はそれについていく。


「……。では、アンクウとして目覚めて、王都にさらわれて、神官として働いていた、と。そこで世界の滅亡を予言して、国を出た、と。」

「はい、簡潔に済ませればそういった事になります。」

「おかしいとは思っていたんだ。君達と出会ってから少しして、村の結界が破壊されていたと思えば、広場にたくさんの墓地があって。そして、その中に外園君の名前はなかった。村が再開発されると聞いた時、何か嫌な予感がしてね。私達が墓をこちらに移動したんだが、それは正解だったようだね。」

「墓を動かしてくださっていたのですか?」

 ほどなくして、洞窟に着いた3人。

集落のほとんどのダークエルフは、ディンを警戒しているのか出てこないが、ジェライセの住処にて話を聞いていたのだ。

 集落は、岩の洞窟の空洞を利用したつくりで、中にはあばら家の様な木造住宅と、松明の明りが淡く洞窟を照らしている。

ジェライセは、数百年前の古びた疑問の答えがやっと出た、と外園の顔を見ていて、外園は墓を移動していた事に驚いていた。

「外園君、君の居たあの村は、アンクウの力の目覚めによって滅びてしまった、それは間違いないのかな?」

「……、はい。私の力の暴発により、村全体が死の地と化してしまった。結界が破壊されたのは、その余波でしょう。しかし、皆さんは神木に近づくと危険だったのでは?」

「その影響かな、神木から流れるマナの流れが弱まっていたんだ。だから、私達が侵入しても問題がなかったんだよ。大多数の墓までとはいかなかったが、彼らと君の両親の墓を動かすくらいの時間はあった、というわけだよ。後で拝みに行くといい、彼らも待ち望んでいただろうから。」

「ありがとうございます……、ジェライセさん。私が生きている事は、墓標を見て知られたのでしょうか。」

「そうだね。墓標がない、そして誰かが墓を立てた。なら、それは生き残ったであろう外園君である可能性が高い、と思ってね。どこにいたかまではわからなかったが、生きている確信のようなものはあったかな。」

 ジェライセは、どこか寂しそうな表情を見せる。

それは数百年前の事だ、神木から発せられるマナの異常を感知して、村に行ったら人ひとり残っておらず、残っていたのは墓のみ。

 その墓の中には、かつて外園とともに自分達の真実を聞いてくれた、子供達の名前もあったのだから。

何が起きたのかはわからず、しかし死んでしまった事だけは理解出来た。

それが、ジェライセが体験した外園のアンクウとしての覚醒の記憶だ。

「国を出てからは、ずっと旅をしていたと言っていたね?」

「はい、別の集落にいた、キュリエと言うダークエルフの女の子と共に旅をしていましたが、ウィザリアで別れを告げる事になりました。その後、1人でジパングに赴き、居を構えたのです。」

「全ては世界滅亡を防ぐ為、か。」

「はい。確かにこの世界は醜いものも多い、見ていられない程汚れた事もあった。しかし、滅んでしまう程、救いのない世界ではない、と私は考えたのです。」

 フェルンを出る直前まで、外園は世界がどうなったとしても構わない、と思っていた。

それは、故郷を滅ぼしてしまった自分には、何かを救う力はなく、願ってはいけないと考えていたからだ。

 しかし、キュリエが現れた事により、事態は一転した。

あまりに純粋なキュリエの姿に、この子を守らねばならない、世界を守らねばならない、と使命感のような何かに駆られたのだ。

 そこからは早かった。

フェルンを脱し、世界を見て回り情報を集めようとして、マグナ以外のすべての国に赴き、竜神テンペシアと出会った。

テンペシアは、世界がまた戦争になる事を予見していて、滅亡を予言した外園の言葉に耳を傾け、旅の手伝いをしてくれた。

 外園が何不自由なく旅を出来たのは、テンペシアのおかげというのもあるだろう。

「それに、私は……。私は、長く続いて来た、ダークエルフの迫害の歴史を終わらせられたら、と考えました。結局、その手段は思い付きじまいでしたが。」

「君ならそういうと思ったよ。外園君は、あの場にいた子達の誰よりも、私の話を熱心に聞いてくれていた。何かきっかけを与えられたのなら、あの時助けた甲斐があるというものだ。それで、そんな外園君が、ディン君を連れてフェルンにやってきたのは何故なんだい?」

「聖獣の守り手の子供達に、精霊の加護を受けさせる為です。私はロザウェルに行ってしまったら危険かもしれない、とウィアデストロイドに来たのですよ。」

「それでこちらにも顔を出してくれた、という事か。なんと嬉しい事だ、古き友が私達の事を覚えていてくれたとは。ディン君、警戒してしまってすまない、私達は来客に慣れていない、しかも君の様な膨大な魔力を持っている者は、あまり例がなくてね。」

「気にしないでくれ。俺も、魔物に近い気配ってだけで警戒してたんだ。貴方達は優しい、それは十分に理解したつもりだ。」

 それは有難い、とジェライセは笑う。

笑っている顔は、その妖しげな闇を思わせる深い紫色の瞳からは想像がつかない程、優しげだった。

牙や爪も、慣れてしまえば種族の特徴として見られる、怯える程のものでもないな、と。

「墓の所まで案内しよう、集落の中では可哀そうだったから、少し離れた場所に移動しておいたんだ。」

「お願いします。」

「ディン君はどうするかね?ここに残っても構わないが。」

「警護が役割だからな、一緒に行くよ。」

 ジェライセは立ち上がると、先に外に出る。

外園は、何処か嬉しそうな、しかしどこか悲しそうな表情を、ディンに向けて見せた。

「私は、拝んでも良いのでしょうか。」

「それは外園さんの権利だよ。アンクウにだって、好きで覚醒したわけじゃないんだ。そういうのは、出来る内にしておいた方が良い。」

 ディンにそう言われ、覚悟を決める外園。

立ち上がると、ジェライセの後をついて行って、その後ろをディンがゆっくりとついて行った。


「ここが神木の前だよ、お代は結構だから、精霊の元に行くと良いよ。」

「ありがとうございます。」

「おじいさん、ありがとぉ!」

 夜になるまで移動して、やっと神木の根本に到着した6人。

馬車を下りると、そのあまりに巨大な神木の姿に、驚きながら感動さえ覚える。

「行きましょう、こっちのはずです。」

 しかし、観光をしている場合ではない。

竜太が強い気配の方へと歩きだし、それに5人がついていく。

 すると、神木の根本には大きな白い神殿があり、入口にはトロルの門番が2人立っていた。

「そこで止まれ!旅の者が何用だ!」

「聖獣の守り手、と言えば伝わるでしょうか?精霊の加護を受けに来ました。」

「聖獣の守り手?確かに王よりその人間の通達は来ているが、貴様らが?」

「はい、こちらの4人がそうです、蓮君はデイン神の力を行使していて、僕は竜神なんです。」

 明らかに疑いの目を向けながら、トロルは棍棒をぱちぱちと手に乗せている。

トロルは魔力の差異を感じる能力はない、だから単純に弱そうに見える6人を見て、疑っているのだろう。

「門番さん、そちらの方々は聖獣の守り手で間違いないですよ。そこをお退きなさい。」

「はっ!かしこまりました!」

 竜太がどう説明したものかと考えた時に、どこからともなく声が聞こえてくる。

その声は女性のもので、何処か気品を感じさせながら、威圧感を感じるものだった。

 門番のトロルもそれに反応し、門を開く様に指示を出す。

「さぁ、お入りなさい、子供達。」

「えっと、ありがとうございます。」

 声に諭され、驚いている中で門をくぐり、6人は神殿の中へと入っていった。


「お待ちしていましたよ、子供達。」

「貴女は?」

「私はこの国の王、ディアーヌ。貴方達をお待ちしていましたよ、子供達、そして竜神の子よ。」

 神殿の中に入ってすぐ、先ほどの声の女性が出迎えてくれる。

女性は確かに王と名乗っていて、煌びやかな装飾をした薄氷色のドレスを身にまとっていて、金色のロングヘア―に、外園と同じ尖った耳をしていた。

 その瞳はドレスと同じ薄氷色で、どこまでも澄んでいる、という表現が相応しい程に美しく、女性である清華でさえ見惚れてしまう程だった。

「精霊が待っています、さぁこちらへ。」

「あの、僕はどうしていたらいいですか?」

「貴方は精霊の力を求めていませんのね、ではこちらへ。」

 ディアーヌが従者の女性を呼ぶと、竜太はそちらへと促される。

一瞬竜太は不安になったが、まあディンの掛けた忘却魔法もある、と気を持ち直して、従者の女性についてその場を離れた。

「貴方達にそれぞれ力を与える精霊はこちらですよ、扉の中にお入りなさい。」

 白を基調とした神殿を進んでいき、大きな扉が何個か現れる。

それぞれが自分達の持つ属性に対応しているのだろう、と5人は直感し、それぞれの扉の前に立つ。

「中では精霊の試練が待ち受けています、子供達。命を落とす様な事はありませんが、気を付けて。」

 扉が開き、中から光が零れ出す。

眩しさを感じながら、5人はそれぞれの扉をくぐり、精霊の元へと向かった。


「こっちだ。」

 ジェライセについて行った2人は、暗い中集落のある岩場から少し離れた森に来ていた。

鬱蒼とした木々の生える森の中、少し先にちょっとした平地がある様だ。

 集落の家を作り直すときにでも伐採したのだろうか、地面がむき出しになっているその場所には、外園がかつて建てた墓が、そのまま残っていた。

「……。」

「村人全員の分は移動出来なかったんだ、すまない外園君。」

「いえ……。ありがとう、ございます……。」

 そこに到着すると、ディンが魔力で炎を灯し、辺りを照らす。

テイラット、アリサ、トリムントス、3人の共にダークエルフの真実を聞いた友人達と、そして両親。

懐かしい名前、忘れる事の出来ない名前の墓が、そこにはあった。

 外園は、普段の冷静沈着な姿はどこに行ってしまったのか、べっ甲の眼鏡の奥の瞳を涙で濡らし、悲しそうな、しかしどこか嬉しそうな声を震わせる。

「私は……。2度と、皆に会えないと思っていました……。弔う事も、拝む事も、許されないのだと……。」

「外園君が悪い訳じゃないんだ、そんなに責任を感じる事もないんだよ。すべては運が悪かった、ただそれだけなんだよ。」

 外園は涙を流しながら、セスティアでは神に祈る様に手を握り、拝む。

「父よ、母よ、友よ……。私は、世界を守ると決めました……。この世界は、醜い……。しかし、救いは、あるべきなのだと……。それは、許されるのでしょうか……?」

 独白。

それは、自分が殺してしまった家族や友に、許しを請いたいと願っていたからだろう。

 ジェライセもディンも、何も言わない。

ただ、外園の言葉に耳を傾け、その感情のままにさせておこうと、目くばせをした。

「私は……。何もかもを、失ってしまったと、そう思っていました……。しかし、貴方達は、確かに生きていたのです……。私が生きている限り、貴方達は私の中で……。」

 生きていて欲しい。

記憶の中ででも、生きていて欲しい。

 それは、願いだった。

記憶の中にある限り、その者の中で生き続ける、生き続けて欲しい。

せめてもの償い、とは違う、外園の願い。

「……。父よ、貴方に教わった事を、私は忘れないでしょう……。母よ、貴方に貰った愛を、私は尊びましょう……。友よ、貴方達と共に過ごした時間を、私は誇りましょう……。だから、安らかに眠ってください……。貴方達が生きていた世界は、必ず守って見せます。」

 外園はそういうと、涙をローブで拭う。

もう涙は流さない、これ以上は泣いても意味がない。

「ジェライセさん、本当にありがとうございます。貴方の覚悟と行動がなければ、私はこうして拝む事すら出来なかった。」

「もう、良いのかい?」

「弔いは済ませました。私は世界を守ると決めた、彼らの生きていた美しい世界を。ならば、涙は意味をなさないでしょう。そうでしょう?ディンさん。」

「……。俺には何かを言う資格はない、外園さんが決めた様にすればいいと思う。一緒に、世界を守ろう。」

 外園は、何処か寂しそうな笑顔を見せる。

普段の外園からは考えられないその姿は、決して他の人間には見せないだろう。

 強がっている訳ではない、それが意味のない事だと理解しているからだ。

「戻りましょう。精霊の試練には一日はかかります、フェルン側が何かをしてこないと良いのですが。」

「今の所は大丈夫だな。竜太は女王と一緒にいる、皆はそれぞれ精霊と接触した所だろ。」

 ディンは、竜太がフェルンの中で一番強い妖魔力を持っている女性と一緒にいる事を探知で確認し、それが女王だと認識していた。

他の5人はそれぞれ、大きなマナの塊と接触した所で、それが精霊だろうと考えられる。

 今の所、フェルン側に怪しい動きはなく、あったとしてもすぐに対処が出来るだろう。

「ジェライセさん、今晩宿泊をお願いしてもよろしいでしょうか?村には戻れないでしょうし。」

「あぁ、構わないよ。あまり寝心地は良くないだろうが、泊まっていってくれ。話はまだまだあることだしね。」

 最後にもう一度拝むと、外園は元来た道を戻る。

ディンとジェライセは、外園がそれで良いのなら、とその後をついていき、墓は無人になった。

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