生まれた家
「明日にはロザウェルに着きますね。」
「そうか、じゃあ今日あたりで俺達は雲隠れだな。」
「お兄ちゃん達、どこ行くのぉ?」
「外園さんに任せるよ、俺は地形をちゃんと把握してないし。」
7日が経ち、ロザウェルにほど近い村の宿にて。
ディンと外園は、外園がこれ以上近づくのは危険だと感じ、何処かに隠れる算段をしていた。
「ロザウェルに着いたら、どうすればいいの?」
「町の中央、巨大な神木がありますので、そちらに向かってください。聖獣の守り手、と言えば話が通じるはずです。」
「精霊の加護を受けてくればいいんだよね?」
「そうだな。サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム、ウィルオウィスプの加護を、それぞれ受けてきてくれ。誰がどの加護を受けるのかは、向こうが教えてくれるだろう。」
ディンはそういうと、外園の方を向く。
どこか行きたい所があるのなら、今のうちにという事だろう。
「ではディンさん、私の思い描いた場所に行って頂く事は可能でしょうか?」
「出来るよ、んじゃ行くか。竜太、そっちは任せたぞ。」
「わかった。」
宿の部屋からディンと外園が転移で消え、6人はそれぞれ与えられた部屋へ戻る。
精霊の名前は、何処かで聞いた事がある様な名前だったが、どんな見た目をしているのだろう?と疑問を浮かべながら。
「ここでいいか?」
「……。はい、ここで合っています。」
転移した先は、先ほどまでいた村とそう変わらない小さな村の入口だ。
古びた門があり、そこにはトロル族の門番がいて、結界の中には神木がちらりと見えている。
この村に外園が来た理由、はディンは外園が語らずとも理解していた。
「ここがそうなのか?」
「はい。私の暮らしていた村の、その跡地に出来たという村。ウィアデストロイド、それがこの村の名です。」
門番に挨拶をして、村の中に入る。
木造住宅が何百年と持つわけがないのは当たり前だが、比較的綺麗な建築物が多く、教会や一部の煉瓦の建築はだいぶん古い様子が伺える。
「……。」
外園は、フェルンを去ってから初めて、この村に来た。
そもそも、村が再建されたという話しか聞いておらず、どんな様子かまではわからなかった。
「ここが、私の生家です。今は宿になっている様ですね。」
「そっか。」
感傷に浸りたいであろう、しかし一人にするわけにもいかない。
外園がフェルンに狙われている可能性がある以上、警護をしないわけにはいかないのだ。
「入りましょう。」
「あぁ。」
外園は覚悟を決めた様に、声を出す。
2人は、外園の生家だという宿に入っていった。
「いらっしゃい、今日は盛況でな、2人なら相部屋になるが、いいかい?」
「……。はい、構いません。いいですか?ディンさん。」
「俺は構わないよ。」
少し内装は変わっているが、外見と間取りは変わっていなかった。
リビングにあたる部分が受付と食堂を兼ねたスペースになっており、2階の3部屋が客室になっている様だ。
飾りつけなどは全く違うが、懐かしい光景に、外園は一瞬固まってしまう。
聞いていた、覚悟をしていたはずなのに、感傷に浸ってしまう。
「夕飯はいるかね?酒は飲むか?ここはウィスキーが名産でな。」
「はい、頂くとしましょう。ディンさんは飲まれませんよね?」
「そうだな、俺は遠慮しとくよ。」
麻布の服を着たエルフの男性、このエルフがきっと今のこの家の主人なのだろう。
宿の受付を済まし、夕食までは部屋にいてくれと言われ、部屋に通される。
「……。」
部屋の内装は変わっている、壁紙なども変えられている。
しかし、外園は懐かしいという感情に、支配されてしまう。
「もう少しで夕飯だ、待っててくれ。」
受付のエルフはオイルランプに火を灯すと、1階へ降りて行った。
忘れられるはずもない、昔は背が高いと思っていた出窓に、隣に連続した小さい傷。
それは、外園の成長の証として、両親が付けてくれていた跡だった。
「何もかもが変わってしまった、そう思っていました……。しかし、私の居た証は、残っていたのですね……。」
「身長に合わせて傷を掘る、か。そういう事をしてたんだな、外園さんの家は。」
「はい……。子供は私一人でしたので、奥の部屋を母が、横の部屋を父が使っていました。この部屋は、私が幼少の折に使っていた部屋です。」
「そうか……。懐かしい、というより悲しいか。」
家族がいなくなってしまった、それはディンも経験してきた事だ。
その痛みを知っているから、外園に多くの言葉はかけられなかった。
外園は、懐かしそうに身長を図った傷を眺め、小さく「ありがとう」と言った。
「そろそろ教えて頂いても宜しいでしょうか?ご家族の事を。」
「それは竜神の、かな?」
「はい、ディンさんが手に掛けたと竜太が仰られていましたが。」
夕食を終え、部屋に戻り、外園はウィスキーを飲んでいた。
飲みながら、以前から気になっていた事だ、とディンに問う。
「そうだな、竜神の家族は全員、俺が殺した事になるな。家族だけじゃない、竜神のほとんどを。」
「それは何故でしょう?」
「竜神全体に関しては、人間を滅ぼそうとしてたから、だな。前にも説明した気がするけど、人間がいなくなれば世界から魔物が消えると思ってた、だから全面戦争をするしかなかったんだ。」
そういえばそんな事を言っていたな、と外園は思い出す。
竜神という世界を守護する役割を持っている種族が、まさか人間を滅ぼそうとしていたとは、と驚いた記憶がある。
「家族に関しては、俺が力を失ってた事が原因だな。先代、先代の妻、俺の母さん、父さんは、俺に力を取り戻させる為に、俺に斬らせたんだ。魂の一端である竜神剣を継承する事で、俺の力が回復するってな。」
「ディンさんが力を失っていた時期があったと?」
「そうだな。不完全な竜神だった頃、時空超越っていう時間を飛ぶ魔法を使って、その時に力をすべて使い切って失ったんだ。その後は、寿命を魔力に変える能力だったり、先代の魔力だったりを借りたりして、何とかやってたんだ。今は、母さん達の魔力もあったり、俺自身力を取り戻してたりする。」
時間を逆行していた事は聞いていたが、まさか力を全て失ったとは、想像がつかなかっただろう。
時間を逆行する魔法、というのが、それだけ大きな魔力を消費するのだとは考えられるが、力全てを失う程、とまでは。
「それで、ディンさんは竜神剣を複数お持ちだと、そう言う事ですね?」
「確か、1000本以上は持ってるよ。まあ、ほとんどは竜の御霊っていう1つの剣にまとめてるけどな。」
そこまで竜神という神が存在していた事も驚きだが、ディンがそれらを全て1人で殺したというのもまた、驚きだ。
敵になったら容赦はしないだろうな、とは思っていたが、まさか同族をそこまで殺してしまうとは、と。
「残った竜神の中でも、数人は今はもういない。残された竜神は八竜とデイン、竜太と俺だけだ。」
「では、その竜神がいらっしゃった世界というのは、今はどうなっているのでしょう?」
「今は誰もいない、俺がたまに墓参りに行くくらいだよ。あの世界は今、俺が許しを出さない限りは竜神以外は立ち入れない。仮にも神の住んでた世界だ、悪用されたりしたら困るからな。」
生き物の居ない世界、それは世界を成していると言えるのだろうか。
外園は、そんな事を考えながら、しかしディンが何かしたのだろう、と考えた。
「神の気が残っている世界、そこは特別な力を有している、という事でしょうか?1つの世界が滅べば、全ての世界が滅ぶとお聞きしましたが。」
「1つの種族が滅んだってだけで、世界が滅んだわけじゃないから。」
「しかし、人間を滅ぼされてしまったら、世界が滅んでしまう、のでは?」
「それは人間の持つ闇に起因するんだ。生物何にしろ、光と闇を持ってる。人間はそれが顕著で、抱えきれない闇が魔物になって生まれ落ちる。もし、人間が滅ぼされたら、その闇が一気に世界を侵食する事になる。」
「そして世界が滅ぶ、という事ですか。私達も闇は抱えている、という認識でよろしいのでしょうか?魔物の生い立ちも私は知らずにいましたが。」
その認識で合ってるよ、とディンは頷く。
人間だけではない、この世界では亜人も含み、全ての感情ある生物は光と闇を持っている。
その闇が溢れてしまったのが魔物、そしてそれが対処できない程一気に現れたら。
先代竜神王の弟レヴィノルは、大した事にはならないと人間殲滅を目指していたが、ディンと母レイラ、叔母のアイラ達がそれを止めた。
その際、千幾ばくかの竜神を、ディンは1人で相手したのだ。
「竜神のほとんどが、レヴィノルの口車に乗せられて人間を滅ぼそうとしてた。それを止めるには、殺すしかなかったんだよ。」
「それで、同族であられる竜神様方を殺害された、と。……。世界を守るという使命を持った存在が、世界を滅ぼしかねない事をしようとした。それは、過ちなのでしょうかねぇ。」
「どうだろうな。もしかしたら、俺があいつらを止めたのが過ちだったのかもしれないしな。」
それは、今になってもわからない。
ディンは毛ほども後悔などしていないが、もしも今も竜神達が生きていたら、何かが変わったのだろうか、と考える事はある。
今なら過去を変える事も出来るが、しかしそれをするつもりもない。
過去に戻った時点で、竜神王という存在がその世界線から消え、世界は滅んでしまう。
行きつく先は過去でも、並行世界になってしまうのだから。
「過去に戻る力、それを使う代償は多いと感じますね。」
「自分の存在が消えて、自分の代わりの魂が生まれるからな。竜太は、本来は十代目竜神王になってたはずの魂だよ。」
「それが、ディンさんが過去へ行った事で変わってしまった、と。」
「そうだな。」
王の宿命を押し付ける事ならなくて良かった、と少し安心した部分はあるが、しかし竜太にも争わせてしまっている事に、ディンは心を痛めている。
本来なら竜太は戦わなくて良かったはずなのに、自分の我儘で戦う事になってしまった、と。
「そうだ。墓と言えば、外園さんの家族とか友達とかの墓っていうのは、消されちゃってるのか?」
「そうですね。私が弔った場所は、今は広場になっているんだとか。」
「そか、それは辛いな。」
外園がディンの話を聞きたがったのは、きっと気を紛らわせたいからだったのだろう。
ディンは弔いに行く事を提案しようと思ったが、それは叶いそうにもない様だ。
アンクウという超常能力を持つ者、の存在をそれほど隠蔽したかったのだろう。
しかし、ディンは外園の関係者の墓がどこかにある、と直感で感じていた。
何かを言われたわけではない、ただ何となく、外園のまだ生きている関係者の誰かが、何か手を打ったのではないか?と。
「明日はどうする?精霊の試練が何になるかはわかんないけど、まだここに滞在する事になると思うぞ?」
「……。ダークエルフの皆さんに、お会いしに行こうかと思っています。彼らがまだ、私の覚えている場所に暮らしていたら、の話ですが。ジェライセさんという方が、きっといらっしゃるはずです。」
「ついて行っても?」
「はい、お願いします。」
ウィスキーのグラスが空になっているのに気付いたディンが、素朴な形のガラスのボトルからウィスキーを注ぐ。
外園はそれを受け取り、ゆっくりと一口飲んで、昔の事を思い出していた。
「精霊、ってどんな姿をしているのかしらね?」
「さぁ、どなんだろ?俺、精霊とか妖精とか見た事ねぇし、さっぱりだ。」
「ピノは何か知っているのかしら?精霊の姿だとか。」
「あたしも知らないわ。精霊ってでも、マナの集合体でしょう?形があるのかどうかすら怪しいんじゃない?」
時々リリエルが姿を消したり、ピノが花を探しに行ったりする以外は、何もすることがなかった待機組の一行。
ウォルフも長らく銃を撃っていない、これは少々腕が訛ってしまうかもな、などと考えていた。
「クェイサーが何か言ってたかなぁ。精霊はちゃんと姿かたちのあるものだった気がするよ?どんな姿なのか、までは聞いてなかったけど……。」
「そうなのね、ありがとう、明日奈さん。」
「それで、精霊がどうかした?」
「ちょっとした興味よ、私の世界にはいなかった存在だから、どんな姿なのか、ちょっとだけ気になったのよ。」
本当に、ほんのちょっとした興味だった様だ。
リリエルの居た世界では人間が主な種族で、精霊や妖精といった存在は御伽噺だった。
だから、それらが実在するこの世界の、それらはどんな姿かたちをしているのか、が気になった様だ。
「Umm,俺の世界にも、精霊なんてのは居なかったな。どんな成りをしてるのかっていうのは、少し気になるところだ。」
ウォルフの居た世界というのは、年輪の世界の外側の世界だ。
しかし、年輪の世界とも言葉が通じる、というのがリリエル達の認識だ。
どんな世界があって、何が起こっているのか、それはディンですら知らない。
「貴方の世界、興味があるわね。」
「hahaha,君達では向かえない世界だがな。好奇心ってのは悪くないな。」
世界を渡る力を持っているリリエルでも、年輪の世界群の外には行けない。
そもそも、世界を渡る力を持っていると知ったのは、ディン達と合流する少し前の事だ。
まだ見ぬ世界達が沢山ある、旅をするのには飽きないだろう。
そんな事を、知ってか知らずか、ウォルフは笑った。
「精霊ってどんな感じなんだろな?」
「さぁ?外園さん何も言ってなかったし、白虎君とかみたいな感じなんじゃないかな?竜太君は何か聞いてる?」
「いえ、僕も何も聞いてないですね。ただ、精霊は思念体とは言ってたかな?四神と同じで、実体を持たないって言ってた気がします。」
夕食を終え、食堂でのんびりしていた6人。
まだ寝るには早いが、やる事もないからと、集まっていたのだ。
「デインさんはいるよぉ?」
「叔父さんは思念体じゃないからね。確か、この世界の神様で実体を持ってるのは、ソーラレスの仏様とマグナの神々、後は竜神の皆さんだったかな?」
「実体を持たぬ……、という事は、見えぬのでは、無いか……?」
「しかし、青龍さん達は私達の所に姿を現してくれました。それと同じ事が、その精霊様方にも出来るのではないでしょうか?」
四神、青龍達も思念体で、肉体を持っていない。
本来神とはそういうものなのかもしれないが、例外として仏陀やマグナの神々は受肉しているのだろう。
竜神は他種族から「神」と呼ばれているだけであって、厳密には神ではなく守護者というのも、違いだろう。
「そいや、竜神ってのは他にもいんのか?竜太とかディンさん、ヴォルガロさんとか以外によ。」
「現在生きている竜神は、僕達親子とデイン叔父さん、ドラグニートの八竜の皆さんだけですね。僕も詳しい事は聞いてませんが、14年前にほとんどの竜神は死んでしまったそうです。」
ケシニア、レヴィストロ、アリステス、アイラという竜神には会った事があるが、そのほかの竜神は知らない竜太。
それもそうだろう、竜太が生まれる1年前にディンが全滅させたのだから。
ディンの父と母であるレイラやディラン、先代やライラには思念体としてあって話したことがあるが、その他の竜神は、セスティアの最終闘争の時に、ディンが剣から魂を呼び出して戦ったのを知っている、というより共に戦ったが一言も言葉は交わさなかった。
だから、竜太は他の竜神達を存在としてしか知らなかったのだ。
「竜神は、遠い昔から世界を守る守護者で、厳密には神様ではないって、父ちゃんが言ってた気がします。」
「守護者って、お兄ちゃんの事じゃないのぉ?」
「うん。父ちゃんは10代目竜神王、セスティアの守護者なんだ。本当は、1つの世界に1人の竜神がいて、世界の守護を担ってたんだ。けど、いなくなっちゃったから、今は父ちゃんが全部の世界を回ってるよ。」
それで、年齢が高くなっているのか、と大地と清華は納得した。
異世界を飛び回って、世界を守護しているのだから、それだけ年齢を重ねていてもおかしくはない、と。
「竜太君は、同行される事はあるのでしょうか?」
「僕は今回が初めてですよ、今まではセスティアの事で精一杯でしたから。」
「そうだ、向こうは大丈夫なの?魔物が現れたりしたら、戦える人いなくない?」
「悠にぃが戦えますし、そもそもセスティアにはもう魔物は出てこない、って父ちゃんが言ってました。だから、これからは色んな世界を回ることになるだろうって。世界によって時間の流れは違うらしいので、もしかしたら僕も、セスティアでの年齢より実年齢が重なるかもしれないです。」
それは、それだけ早く死んでしまう可能性だ。
竜太自身は時間とともに成長し、老いていくわけなのだが、竜太の家族からしたら、気が付いたら成長していて、気が付いたら老いている、という事になってしまう。
だからディンは、今回限りにしようと考えているわけだが、ディンが死んでしまったら、その役目を竜太が引き継がなければならない。
「僕は人間の魂と竜神の魂が融合してる、って父ちゃんが言ってましたけど、年齢の重ね方とか、寿命とかはどうなるかはわからないんですよ。」
「じゃあ、ディンさんみたいに1000年とか生きるって確定してるわけじゃないの?」
「はい。父ちゃんは、多分人間と同じ寿命だろうって言ってました。」
しかし、それはディンの力を継承しなかった場合の話だ。
ディンの力を全て継承した場合、恐らく人間ではいられなくなってしまう。
完全なる竜神王、その力には人間では耐えられない魔力がある。
それを竜太はまだ知らない、それはディンが竜太にそうなってほしくないからだ。
「孤独、なのだな。ディン殿は……。」
「そうですね。父ちゃんは1人、ずっと戦ってきたんです。僕達が戦ってるのとは、別の所で。誰かに背負わせたくないって、本当は皆さんにも同じ事を思っていると思います。」
ディンは最後には独りぼっちになってしまう、それは避けられない運命だ。
それをどこかで考えていた竜太は、だからこそ仲間と共に過ごす時間を、家族と過ごす時間を、大切にして欲しいと切に願っていた。
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