リリエルの言葉

「この馬車、早いのに全然揺れませんね。」

「そうですね、魔力が関係してると思いますけど、どうなんでしょう……。」

 馬車に乗ってから少しして、ジパングの馬車よりもずっと早い速度で移動していた一行。

馬車の後ろから見える景色が、あっという間に変わっていく。

 まだ時間はそこまで経っていないが、かなりの速度が出ている様子が伺える。

「一週間くらいかかるって話してたよね、結構時間かかるのかな。」

「マグナの神ってんがどんくらい待ってくれるか、じゃねぇか?だって、この後外園さんの故郷にも行くって言ってた気がするぜ?」

「フェルンという国だったでしょうか、精霊が治めているというお話ですが、どのような国なのでしょう?」

 外園は多くを語らない、過去を語らない。

ディン達にさえ、あまり過去や故郷の事を語らないのだ、四神の使い達が知らないのは至極当然だろう。

「外園さん、お家が無くなったって言ってたなぁ。なんだっけなぁ、自分のせいで故郷は滅びました、って言ってたよぉ?」

「外園さんが要因となって滅びた……?にわかには信じがたいお話ですね、外園さんは好戦的な正確ではありませんし。」

「儂らの知らぬ、何かがあるのかもしれぬな……。」

 自分達が精一杯だったから、というものあるが、最近まで自分達は何も知らな過ぎた、と大地は感じていた。

世界が数多ある事、ディンの考え、指南役達の生い立ち。

 それらを知らないままここまで来てしまって、これからもそれを知る機会があるかどうかはわからない。

不安や不信、ではないが、指南役とはいえ仲間の事を知らないというのは、少し寂しい様子だ。

「外園さんは、アンクウという種族に覚醒したって話をいつだったかしてた様な……。アンクウっていうのが、どういう種族かまでは教えてもらえませんでしたけど……。」

「アンクウ……?」

「っていう種族の妖精なんだって言ってましたよ?蓮君もそれは聞いてるよね?」

「うん!アンクウってなあに?って聞いたら、今は秘密ですよって言ってた!」

 竜太も蓮も、アンクウがどんな種族かまでは聞いていなかった。

ディン辺りには話していそうだが、自分達にまで話は回ってこなかったな、と。

 故郷を滅ぼしてしまった、という話は竜太も聞いていた為、その事とアンクウという種族に覚醒した事が繋がっているのか?と少しだけ疑問を持っていたが、まさか死神とまでは予想は出来ないだろう。

「故郷を滅ぼしてしまったという事と、何か繋がりがあるのでしょうかね……?しかし、外園さんが私達にお話してくれるとも思えませんが……。」

「外園殿にも、秘めておきたい事は、あるだろう……。」

「あの人、何考えてっかわかんねぇけどさ、なんか疑う気にはなんねぇんだよな。」

 四神の使い達も蓮も、外園が死神という異名を持つ事は知らないし、予想出来ない。

外園が使用する武器を見れば何かわかるかもしれないが、今の所外園が武器の類を使った所を、誰も見ていない。

 そもそも外園は近距離戦を得意としていない、ディンやセレンですら武器を見た事があるだけで、振るっている所は見た事がない。

外園の故郷であるフェルンの住人なら何か知っているだろうが、現状では誰も情報を持っていなかった。

「今は仏様の加護を受けに行く事に集中しましょう、外園さんが今度話してくれるかもしれないですし。」

「そうですね、仏陀の加護とはどの様なものなのかはわかりませんが、ディンさんが必要だと仰られたのなら、必要なのでしょうし。」

「ディンさん、何処までわかってやってるんだろう?なんか、未来見えてるっぽい時ない?」

「大体は経験則だって言ってましたよ?色んな世界を見て回って、守護者を育ててきたからわかる事があるって、言ってました。」

 竜太も、時々ディンには未来が見えているのではないか?と思う事はある。

がしかし、ディン自身が経験則を元に予測を立てているだけだと言っていたから、それを信じているのだ。

 ディンが何か偽っていたり、隠していたりしても、それに気づく事は出来ないだろう。

だから、最初から信じてしまおうと、そう竜太は結論をつけたのだ。

「日が沈んできたぞ、そろそろどっか街にでも着くんじゃねぇか?」

「そうだね、暗くなってきた。」

「今日のご飯何かなぁ!」

 話をしている内に、西日が馬車を優しく照らす。

そろそろ今日の移動は終わるだろうと、一行は少し安心した様子だった。


「皆、外に出て貰ってもいいかい?」

「はい、テンペシア様。」

 ドラグニートは西の神殿、夜の月明りに照らされた神殿の中。

テンペシアは何かに気づくと、傍仕えの者達を部屋の外に追い出した。

「王様、何か用かな?」

「相変わらず話が早くて助かる。」

 傍仕えの者達が居なくなると同時に、ディンが現れる。

テンペシアは何か用かな?と首を傾げ、ディンの言葉を待つ。

「サウスディアンが紛争をしてた、それは知ってるな?」

「そうだね、数年前からレジスタンスが出来てしまっているね。」

「ドラグニートから銃が流れてる事は?」

「……。知っているよ、サウスディアンから来た人間が流していたはずだよ。」

 やはりか、とディンは顔をしかめる。

テンペシアは掟を遵守する事に細かい、だから知っていて放置したのではないか、と。

 流石にジパングの玄武の村の事までは咎めるつもりはなかったが、こちらは少し状況が違う、という風だ。

「知ってるなら止めろよな……。おかげでこっちは後味悪い事になってるからな?」

「何かあったのかい?王様の子供達に被害が及んだわけでもないだろう?」

「俺じゃないんだよ、リリエルさんがな。」

「リリエル……。確か、王様が同行を頼んだ復讐者だったね。彼女がどうかしたのかい?」

 まだ詳細を知らない様子のテンペシアに、ディンは事の顛末を伝える。

エドモンド達が死んでしまった事、リリエルの心境の変化。

 テンペシアを説得する為に、お眼鏡に叶いそうな材料を。


「……。僕達竜神は人間の争いには手を出さない、それは王様もセスティアでしている事だろう?」

「それはそうなんだけどな、この世界と向こうじゃ事情もお前らの影響度も違うだろ?だから介入して欲しいって事なんだけどな。約束というか、話しちまったし。」

「王様は相変わらず、仲間や友には甘いんだね。まあ、そう言う人達がいてくれる事に僕は安心するんだけど。」

 テンペシアより、ディンの方が本来幼い。

見た目で言えばどっこいどっこいだが、テンペシアは5000歳を超えていて、ディンは1500歳前後だ。

 1柱の竜神として、大人として、ディンの事を心配しているのだ。

「事情はわかったよ、この戦争が終わったら会議を開いてみる。ただ、他の竜神がどういうかまでは保証出来ないかな。」

「お前の言葉は通りやすいだろ?」

「そうかな、僕達は対等だと思っているから。」

「力関係じゃない、言葉の重みだ。」

 テンペシアは今生きている竜神の中で、竜太とディンに次いで若い。

他の竜神は1万年前の世界分割の大戦争を経験している中、テンペシアだけは記録としてしか知らない。

 しかし、テンペシアの発言力は現在の竜神の中では高い方だと、ディンは認識している。

どんな時でも冷静に物事を分析し、中立の立場から発言をする、その姿勢が一目置かれているのだ。

「あとヴォルガロに言っといてくれ、銃の管理はしっかりしろって。」

「それはわかったよ、流出に気づかなかったヴォルガロにも責任があるからね。」

「責めすぎない様にな、それじゃ。」

 ディンはそれだけ言うと転移を発動し、消えた。

テンペシアは1人になった部屋の中で、ため息を1つついた。

「王様、悲しいんだろうな。」

 それは王を憂いての事、自分より若くして、自分より大きな物を背負う事になってしまった若者への憂いだった。


「あらディン君、どこかに出かけていたの?」

「ちょっと竜神に会いに行ってたんだよ。」

「そう。」

 ディンがソーラレスに戻ってきて宿の外で煙草を吸っていると、リリエルが表に出てきた。

何か話したいのだろうか、とディンは静かにリリエルの言葉を待つ。

「……。エド達は、あの子達は、あの人達は、どうすれば救えたのかしらね。」

「わからない訳でもないけど、それはリリエルさんが答えを出さなきゃいけない事だ。」

「そうね、わかっているわ。でも聞きたいの、貴方ならどうしていたかを。」

 ディンは答えを知っているだろうと、リリエルは考えていた。

それは間違いではないだろう、ディンは数多ある世界を守ってきた竜神王なのだから。

 その世界の守護者を育て、共に戦い、世界を魔物や闇の脅威から守る。

そんな事をずっとしてきたのだから、リリエルの言いたい事もわかるだろう、と。

「俺だったらどうするか、だったな。そうだな……、俺だったら、守る事に専念するな。世界を守らなきゃならないっていうのは当たり前として、その上で守り抜く。まあ、それが出来なかった事も勿論あるけどさ。」

「力を持たない子供が、誰かを救いたいと願ったら。貴方は、どうするかしら?」

「……。その願いが誠実な物だったら、俺はそれを叶えようとするだろうな。心が澄んでいる子供の願いは、出来る限り叶えてやりたい。」

「……。なんで、貴方は私の世界には来なかったのかしらね……。私の運命を狂わせたクロノスは、貴方の敵なんでしょう?」

 恨み言、という訳でもなさそうな、なんとも言えない表情のリリエル。

答えは幾つか持ち合わせがある、しかしそのどれが正解なのか、という感じだ。

「リリエルさんの故郷の事に関しては、それが人間同士の争いだったからだな。そもそも、リリエルさんが戦争に巻き込まれた時、俺は力を取り戻せてなかったから。それに、あの頃は世界を管轄する竜神がまだ生きてた。」

「その竜神も、貴方が殺したのかしら?」

「そうだな、竜太と八竜、それに王の血筋の数人ともう一人以外は、俺が全員殺した。そうしないと、人間を滅ぼしてたからな。」

 ディンが話していた事は覚えている、対立があり戦争が起きたと。

その結果として各世界を守っていた竜神が居なくなり、ディン1人で全ての世界を守らなければならくなったのだ。

 ディンはその選択を後悔はしていないが、もっと竜神達がしっかりしていたら、リリエルの運命は変わったかもしれないだろう。

それこそ、クロノスの存在にもっと早く気づき、対処が出来ていたかもしれない。

「後悔はないって感じね。貴方はいつもそうなのかしら、後悔とは無縁の所にいそうだわ?」

「そんな事も無いんだけどな。デインの事だって後悔してるし、竜太だって俺の我が儘で戦わせてるんだ。」

 ディンは飄々とした調子ではあるが、その言葉に偽りはないだろうとリリエルは感じていた。

ディンは、いつも誰かに謝っている様な、何処かそんなニュアンスを感じさせる空気を纏っているからだ。

 特に竜太や蓮と話をしていたり、関わっている時には、それが顕著になるとリリエルは感じていた。

これは、ディン達を仲間と思うようになってから気づいた事だ。

 リリエルやセレン達も、出来れば巻き込みたく無かったと思っているのだろう、と。

「貴方はある意味誠実過ぎるのよ、ずっとそうしていたって、過去は変わらないでしょう?」

「過去は変わらなくても、未来は変えられるかもしれないからさ。もし、同じ様な事が起きたら対処しやすいだろ?」

「……、そうね。でも、貴方のそれはもう二度と起こりえない事じゃないのかしら?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。俺も未来は見る事は出来ない、だからわかんないよ。」

 リリエルは初めて、ディンが怯えていると思った。

家族を失う事を恐れ、そうならない様に全力を尽くしている、そう見えた。

 それはあながち間違いではない、ディンは家族を失いたくないと心から思っているのだから。


「……。本当に、貴方はクロノスと同じ神だとは思えないわ。」

「守る者と破壊する者だからな、似てちゃ困る。」

「そうじゃないわよ、わかっているんでしょう?」

「……。」

 リリエルの言う違うの意味は、わかっている。

だが、自分がクロノスに似通っている部分がある様な気がして、その問いにはいと答えられないディン。

 確かに、動機も行動も違う、世界を守る存在と世界を破壊しようとする存在だ。

しかし。

「俺も破壊者になり得る存在だからな、もしそうなったらその時は止めてくれ。」

「貴方がクロノスの様になるとは、とてもじゃないけど思えないわね。でも、それは竜太君の役目なのでしょう?私が手伝っても良いのかしら?」

「今の竜太には荷が重い、1人で戦うっていうのは。だから、リリエルさん達がその時は支えてやってくれよ。」

 ディンは少し、寂しそうに笑う。

もし本当にその時が来てしまったら、全てを竜太に託さなければならない。

 それに、ディン自身の事を竜太に殺してもらわなければ、世界が滅んでしまう。

そんな重荷を息子1人に背負わせたくない、そうリリエルは感じ取った。

「万が一そんな事になってしまったら、私は貴方を止めるかもしれないわね。でも勘違いしないで頂戴、それは私の意思よ。」

「それでいい、人間ってのは意思の力で動くのが一番良いからな。」

「でも、私は信じているわ。貴方はクロノスにはならない、世界を守り続けるって。」

 リリエルの口から、信じるという言葉が出てきた事に驚くディン。

ここ最近は丸くなったなとは思っていたが、まさかここまで変わっているとは、という風だ。

 リリエル自身、そんな事を言った自分に驚いていたが、その気持ちは本物の様だ。

「皆信じているわよ、貴方の事を。」

「それは嬉しいな。」

「だから、守って見せて頂戴。この世界を、この世界群を。私には醜いとしか思えないこの世界を、貴方は美しいと感じているのでしょう?」

 ディンが守りたい世界は、きっと美しいのだろう。

リリエルは、自分にはもういない家族という存在に、少し憧れを持った。

 それを失う辛さも、自分もディンも知っている。

だから、もう失わない様に、とそう願うのであった。


「お腹いっぱーい!」

「精進料理、美味しかったね。」

「しょうじんりょうりって言うの?」

「ここの人達は仏教を信仰してるからね、食べる物に制限があるんだよ。」

 港から中心都市への街道の途中の街に泊まっていた竜太達は、夕食を終えて風呂に入っていた。

蓮は初めて食べる精進料理に驚いていて、竜太に興味ありげに話を聞いていた。

 大地達もその場にいて、共に湯に浸かっているのだが、馬車での移動が思ったより疲れたのか、静かに入っていた。

「仏教って、大地さんも入ってたんだよね?」

「そうだな……。儂は、もう関係がないが……。」

「そうなのぉ?」

「儂は、仏門を捨てたからな……。」

 仏門の話になると、顔が少し険しくなる大地。

自分は仏門を抜けた、もう従うつもりもない、と。

 それは、もう二度とセスティアに帰れないかもしれない、と考えていたからだが、それだけ大地にとっては仏門は苦痛だったのだろう。

「大地、帰ったらどうすんだ?寺継ぐんじゃねぇのか?」

「……。儂は、願わくば……。旅に、出たいと思っておる……。」

「旅?旅行って事?大地君1人で大丈夫なの?」

 大地の願望というのは、全員今初めて聞いた。

俊平はこの戦いが終わったら東京に出たいと言っていたし、修平や清華は道場を継ぐと言っていた。

蓮は、竜太やディン達家族と暮らす事になるだろうとはしゃいでいて、竜太は元の生活に戻るだけだ。

 そんな中、寺を継ぐつもりがない大地がどうしたいのか、というのを誰も聞いていなかった。

「旅かぁ……。大地さん、何処に行きたいんです?」

「そうだな……。まずは、日本を回りたい……。」

「って事は、いつかは世界中回りたいって感じなの?」

「そう、だな……。」

 世界を見て回り、見分を広めたいと願っていた大地。

その動機は、この世界に来て、色々な物を見て回り、色々な国を回っているのが楽しいと感じているからだった。

 戦争の真っただ中で楽しむというのもおかしい話かも知れないが、大地は純粋に知らない物に触れるのが楽しいと感じていた。

それを表に出す事はしなかったが、ディンは心が読めるのだからばれているだろう。

「良いですね、旅。」

「僕達の所にも遊びに来てくれる?」

「うむ……。皆の元で、皆の家族にも会いたい……。」

 自分は家族との関係性が悪いが、俊平も話に聞いている限りでは家族関係が悪いが、それでも会ってみたいと大地は思っていた。

外界と触れる事が檀家との接触だけだった大地の、純粋な好奇心という所だろう

「まずは戦争止めないとだけどね、頑張ろうよ。」

「そう、だな……。」

 神と戦う覚悟が出来ているのか、と聞かれれば、まだ覚悟は足りないだろう。

しかし、その覚悟もこの旅の中で育んでいければ良い、とディン達指南役は考えていて、それは出来るだろうとディンは予想していた。

 竜太も含め、まだまだ成長中の6人なのだから、きっと良い方向に向かってくれるだろう、と。


「皆さん、お帰りなさい。」

「おう、清華はもう寝んのか?」

「もう少しだけ起きていようと思います、少し髪も乾かしたいので。」

 先に部屋に戻っていた清華が、5人を出迎える。

清華はサービスで出されたお茶を飲んでいて、少し湯冷ましをしている様子だ。

「大地君がさ、旅に出たいんだって。俺、びっくりしたよ。」

「そうなのですか?大地さん、その夢が叶うと良いですね。」

「有難い……。」

 風呂で話していた大地の事を清華に伝えると、清華も驚いた様子だった。

だが、ずっと寺にいた大地がそう願うのもおかしい話ではないだろう、と応援する。

 大地は夢を語ったのが初めてだったのか、少し恥ずかしそうにはにかんでいた。

「今日は休んで、また明日移動ですね。道中何もないと良いですけど……。」

「馬車は早いですし、あの魔物に襲われる事も無いでしょう、大丈夫ですよ、きっと。」

「そうだな、何にもなく加護が受けられりゃ一番良いな。」

 男性陣はすぐに布団に入り、清華も髪の毛が乾いた所で布団に入る。

一行はすぐに眠りにつき、夜は更けていった。

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