竜太との修行

「え?船の中では僕が皆さんに修行つけるの?」

「俺が戦ったら、船壊れそうだからな。」

「確かにそうだけど……。僕に出来るのかなぁ。」

 翌朝、朝食の場でディンが竜太に話をしていた。

船に乗っている1週間の間、時間を持て余すというのも芸がない、だから修行をしろ、と。

 竜太にも、そろそろ本格的に人を育てるという行為に、慣れてほしいという考えもディンの中にはあった。

「能力開放はした方が良いだろうな。俺が結界を張るから、蓮達5人を相手するなら能力開放しないと追いつかないだろ。」

「そう、だね。大地さん達、凄く強くなったし、僕も解放しないとすぐ負けちゃいそうだよ。」

「竜太君の能力開放?ってどんな力なの?」

「僕の力は父ちゃんとほとんど同じだよ。ただ、父ちゃん程強くないから普段から封印しなくても人に影響がないんだ。それに、僕魔法はほとんど使えないし……。」

 竜太は、ディンという竜神王の息子でありながら、魔法がほとんど使えない。

それは、人間の魂と1つになり生きているという部分が関わってくるのだが、竜太自身は才能がないのだと勘違いしている。

 ディンは、その勘違いを訂正はしようとしなかった。

それは、どうしようもない事であるという認識を、させない為だった。

「お兄ちゃんはどういう影響?があるのぉ?」

「俺か?そうだな……。例えば、俺が封印開放をしたまま生活をしていると、周囲にいる人が魔法を使える様になっちゃったりするんだよ。魂が影響されて、大昔の能力の一端を呼び起こす、って言うのが正しいな。」

「セスティアにいる人類は、魔法を使えない力のない民の末裔、と記してある本がありましたが、違うのでしょうか?」

「それは間違ってないよ。でも、力がないってのがそもそも認識として違うんだよ。能力を使う才能が無かっただけで、魔力自体は人間誰しも持っている。だから、俺の傍に居続けるとその能力を揺り起こしちまうんだ。」

 蓮はよくわからないという顔をしているが、外園は何かを理解したように頷いている。

 この世界にも、魔法を使えない存在は当然居る。

ジパングの民はほとんどが魔法を使えないし、フェルンでも魔法を使えない民がいた。

それは、ただ単に魔法が使えない訳では無く、魔法を使うという回路が活性化していないのだろう、と。

「私のいた世界も、魔法を使える人間はほとんど居なかったわね。私だって、魔法が使える訳でもないのだし。」

「Umm,先代竜神王ってのが、世界を分けた時に間違った、って事か?」

「人間でも得意分野が違う、のと遺伝だな。例えばジパング人は、1万年前には存在してなくて、2千年前位に魔法の使えない民を、四神が庇護する為に集めた。だから、その遺伝でほとんどの人間が魔法を使えない、だけど千年前の守護者みたいに、ごく稀に才のある者が現れる。そんな感じだな。」

 いよいよ以て、蓮はわからないという困惑の表情を浮かべている。

 四神の使い達は、その才ある者と言うのが自分の先祖なのだろうと理解していたが、では何故セスティアではそう言った存在が存在しないのか、が疑問に上がる。

「セスティアになんでその才ある者がいないか、については、先代竜神王がそう言った類の物全てを忘却して封印したから、だな。力は争いを産む、だけど全ての生物の力を忘却して封印しちまったら、魔物だ闇だに立ち向かえる存在が居なくなる。だから、セスティアに限定してそれをしたわけだな。」

「でも、僕は魔法使えるよぉ?」

「蓮の場合は、デインの力を借りてるからだよ。デインの力と潜在的な親和性があって、それを発現してるんだ。」

「えーっと、うーんと。」

 ディンの説明がわからず、蓮は悩む。

デインの力を借りている事はさんざ説明された為知っていたが、親和性があり、の部分が理解出来ない。

 そもそも蓮はまだ11歳、言葉を知らなくてもおかしくはない。

「簡単に言えば、蓮はデインに似てるから使えるって事だな。」

「そうなんだぁ!デインさんと僕って、何が似てるんだろう?」

「それは俺も知らないな。原理は理解してるけど、デインが話したがらないから。」

 知っているな、と外園とウォルフ、リリエルは腹の内で考える。

それを表に出したり、不信感を表情に出す様な事はしないが、ディンが知ってて隠している理由が何かある、と。

 特に外園は、デインとディンの会話を聞いているし、ディンから蓮の状態を聞いている為、何が共通点なのかは簡単に想像がつく。

「話はとりあえずこのあたりにしとこうか、そろそろ出ないと船が出ちまうから。」

「はーい!」

「大地さん、船酔いが無いと宜しいですが……。」

「薬は、飲んだ……。」

 薬が効いてくれる事を願う、と大地は難しい表情をする。

もしも薬が効かなければ、自分はまた船の上でダウン状態が続いてしまう。

それは苦行というよりも、苦痛だ。

 そんな事を考えながら一行は朝食を食べ終わり、船へと向けて移動を開始した。


「酔いが、来ぬな……。」

「って事は、ちゃんと薬が効いてくれてるんですかね?良かったですね、大地さん。」

「うむ……。」

 時を移して、船の上。

 午前中に出航した船の上で、もう日が高く昇り午後になっていたが、大地が船酔いする様子は見受けられない。

外園が買ってきた薬が効いているのだろうと、大地と竜太はホッとする。

「お昼ご飯食べたら、修行ですね。僕が相手で大丈夫かは、わかんないですけど……。」

「大丈夫だ、竜太よ……。お主は、強いのだから……。」

 修行場へと向かいながら、不安げにこぼす竜太。

そんな竜太を、大地は真実で励まそうとする。

 大地達からすれば、竜太は十分すぎる程強い。

それこそディン達と肩を並べて戦ってきたのだから、実戦経験という意味合いでも段違いだ。

「ありがとうございます、頑張りますね。」

「それが良い……。儂も、しっかりせねばな……。」

 皆が待っている修行場のドアに手をかけながら、いつもとは違う緊張に包まれる竜太。

大地はその背中を見ながら、何故ここまで自信がないのか、と少しだけ疑問を持った。


「じゃあ、修行始めましょうか。僕能力開放するので、皆さん全力で……、多分大丈夫、かな?」

「蓮も封印開放して戦いな、今の竜太ならそれくらい相手出来るだろ。」

「はーい!」

 50メートル平方、高さ4メートル程の修行場。

その中で蓮が封印開放をして戦うというのは、船が壊れる可能性がある。

 しかし、ディンはそこを気にしていない様で、竜太もディンが何をする気かを理解しているから止めようとはしない。

『竜陰術 竜陰絶界』

 ディンが呟くと、部屋の中心を起点として五芒星が描かれ、結界が張られる。

 ディンの使う結界は強力で、世界を破壊する様な攻撃でさえ防げると竜太は認識していた。

事実、ディンの使う竜陰絶界は破られた事が一度しかない、それもディンがその結界を使う様になってから1400年間だ。

 デインの力を3割程度使用出来る蓮がどれだけ暴れた所で、結界は破壊出来ないだろう。

「皆遠慮なく修行しろよ、船の心配はいらないから。」

「竜太君、行きますよ!」

「はい!……、封印開放……。」

 竜太が能力の開放を行い、その瞳が蒼玉と翡翠に変わる。

「竜神剣、竜の愛よ……。」

 続いて竜太が呟くと、蓮が背負っているのとほとんど同じ、碧玉の填まった鞘に納められた剣が、竜太の背中に出現する。

 竜太は剣を抜くと、右手を軸に正眼に構え、5人の攻撃を待つ。

「封印開放……。」

「蓮君を軸に戦いましょう!皆さん!」

「おうよ!」

「わかった!」

 蓮が封印開放をし準備を整えると、各々武器を取り構える。

蓮は両刃剣をくっつけ、水平に構えた。

「行くよ!竜太君!」

 蓮が最初に突撃し、竜太に接近する。

剣を右から薙ぎ払う様に振りかぶり、竜太の胴体を狙った鋭い一撃を繰り出した。

「蓮君、強くなったね!」

 竜太は、それを簡単に受け止め、弾く。

ディンの見立て通りとでも言えば良いのだろうか、やはりまだ竜太の方が強い様だ。

 弾かれ勢いで吹き飛んだ蓮だったが、壁に激突する前に態勢を立て直し、壁に着地する様に足をつけ、ジャンプする要領で飛んだ。

「そこだ!」

 それとほぼ同時に、一番速度の早い俊平が竜太に攻撃を繰り出し、蓮と同時攻撃を竜太に喰らわせようとする。

「……。」

 竜太は冷静に俊平の攻撃を受け、後ろから飛んできている蓮の剣を受け止めるべく、俊平を蹴り飛ばした。

「くっそ!」

 蹴り飛ばされた俊平も即座に態勢を立て直し、次の攻撃へ向けて動く。

 痛みに対する耐性と、攻撃を受けた後に動く機転。

それは、ディンとの一週間の修行の中で、嫌という程育てられてきた。

「そりゃぁ!」

 修平は竜太のすぐ近くまで走ると、雷と風の魔力を織り交ぜた真空波を打ち出した。

竜太は一瞬気を取られるが、思い切り剣を振り真空波を消し、突撃してきた蓮の剣を受け、受け流す。

「私達も、忘れないで下さい!」

「行くぞ……!」

 追いついた大地と清華が、棍と太刀、脇差での三連撃を繰り出す。

普通の使い手なら捌ききれないであろう、その速度と威力。

 しかし、竜太も伊達に戦いに身を置いてきたわけではない。

左右から不規則に繰り出される攻撃を、難なく捌いていく。

「そこだよ!」

 大地と清華の攻撃が重なり、竜太が剣でそれを受け止めた瞬間。

隙を狙っていた蓮が、竜太の背中の方から攻撃する為に飛んだ。


「皆、いい線いってんなぁ。」

「竜太君、強いのね。貴方と修行してる時にも感じたけれど、私より強いんじゃないかしら?」

「リリエルちゃんの強さと、竜太の強さは別のベクトルだからな。単純な比較じゃわからんぞ?」

 修行を眺めていた指南役達は、この一週間での四神の使いと蓮の成長に少々驚くと共に、それを1人で相手している竜太の強さに驚いていた。

竜太も竜神で、ディンの息子なのだから強いとは予想はつくが、呼吸1つテンポ1つ乱さずに、5人を相手にしているというのは驚きだ。

 しかも、まだ13歳という幼さで、そこまでの強さを得るのには、相当な努力を重ねてきただろう。

これで能力を封印されている部分があるというのだから、驚きは尽きない。

「本気の竜太君と、本気のディン君。いったい、どっちが強いの?」

「それは私も気になりますね、ディンさんの方が強いと予想しますが。」

「ん?竜太の方が強いよ?単純に竜太が全部の力を解放出来たとしたら、俺勝てないよ。」

「そうなの!?竜太君、そんなに強いんだ!」

 実際の所、竜太には竜神王であるディンの血と、先代竜神王の力の一端が継承されている。

先代竜神王の力自体はディンも継承しているのだが、それはディンの基礎の部分に当たる力が該当する。

 竜太の場合、基礎の力に先代の能力の一部が加わっている為、本気を出せればディンと同等か、それ以上の力を発揮する事が出来るだろう。

 ディンの出生、ディンは竜神王の血族ではあるが、父親が1柱の竜神だという事も、その事実の根拠になり得るだろう。

「俺は竜神と人間の元クォーター、竜太はハーフクォーター。今じゃ俺は根っからの竜神だけど、竜神王から生まれた存在と竜神から生まれた存在じゃ、基礎能力値が違うんだろうさ。」

「ディンは悔しくないの?竜太に負けるって。」

「そうだな、悔しいと言うより、安心だな。俺に何かあった時に、任せられるから。もし俺が何処かでくたばったら、俺の力は竜太に継承される仕組みになってる。だから、魔法なんかも使える様になるだろうな。」

 それは、ディンが自分が死んだ場合を考えた時の保険の様なものだ。

竜太は次元転移や時空超越が使えない、そうなると外界を守る事が出来なくなってしまう。

それを防ぐ為に、ディンが万が一にでも死んだ場合は、その力の全てを竜太が継承する様に特別な術式を組み込んである。

 輪廻閉じし最期の王、と初代竜神王に予言されていたディンだが、それが何を以て最期かまでは聞いていない。

だから、最悪の場合を考え、そんな事をしているのだ。

「まあそんなこんなで、竜太にはある程度慣れてもらっておかないといけないんだよ。外界に出るきっかけが無かったから、今回の特異なケースはある意味有難いよ。」

「竜太の奴も大変だな、こんなでっけぇ父親が目の前にいるんだからよ。」

「それさえ超える素養を持ってるって、俺は信じてるからな。」

 事実としてディンが死んだ場合、竜太はディンを超える力を持つ事になる。

ただ、その器である肉体は、竜神王の力を使うに値する物へと変貌してしまうだろう。

 ディンの見た目が15歳程度な理由も、そこにある。

ディンは竜神の血が濃いが、本来ならもう少し早く身体的成長を迎えるはずだった。

 それが、先代竜神王の力を取り込んだ事により、そして完全な竜神王となった事により、変わってしまったのだ。

「ディンさんの力を受け継いだ竜太、どれだけの力を持つ事になるのでしょうかね?」

「さぁ?でも、世界を閉じる力も継承されるだろうし、選択次第で何でもできるんじゃないか?」

 閉じる者、と予言されたディンと、その息子である竜太。

もしもディンが世界を閉じる前に死んでしまったら、竜太はその役目も引き継ぐ事になる。

 だから、ディンは死ぬわけには行かない。

それは、家族との別れを竜太にも経験させる事に他ならないのだから


「はぁ、はぁ、はぁ。」

「皆さんお疲れ様です、今日はこの辺にしときましょうか。」

「竜太君、つよぉい……!」

「ありがとう、蓮君。」

 修行開始から15分が経ち、四神の使い達と蓮は床に大の字に倒れていた。

だいぶ体力を消耗した様子で、立つ気力が残っていない様にディン達には見える。

 そんな中、竜太は涼しい顔をして能力の封印をすると、竜の愛を鞘に納め、消した。

「だいぶ皆成長してるな、この調子で行けばいいところまで行くだろ。」

「神々にも勝てる、のかしらね?」

「そうだな、そのレベルまではまだ到達してないけど、これからも修行を積んで、各国の長の加護を受ければ、あるいは。」

 例えば、竜太とこの世界の神々が戦ったとしたら、いい勝負をするだろう。

竜太の今の能力はディンの第三段階解放に類似する、つまりディンも第三段階解放をしなければ、この世界の神々に勝てるかどうかはわからない。

 その竜太を相手に15分戦えるという事は、この世界の神相手にも15分程度耐久をするだけなら出来る、それが今の戦士達の実力だ。

 勿論、リリエルはディンに第四段階解放をさせたが、神々に簡単に勝てるのか?と問われると話が変わってくるが、大体の指標としての認識は正しいだろう。

「竜太君も、本当にお強いですね……。私達は、まだまだ未熟です……。」

「皆さんも十分強いですよ、僕も結構本気出しましたしね。体力面は、まあ皆さんは人間なのでちょっと僕がずるしてるだけですよ。」

「でもよ、竜太相手に1人で戦えるくれぇじゃねぇと、神様なんかに勝てねぇんだろ?」

 俊平は前の様に捻くれる事も無く、真摯に修行に向き合っている。

先祖と邂逅した際の自分の気持ち、それを忘れずにいれるから、なのだろう。

 他の3人も、純粋に修行に向き合っていて、雑念がほとんどない。

それくらい本気を出さないと自分自身が危険という事もあるが、何より戦う理由という物をきちんと理解したのが、大きいだろうとディンは見ていた。

「今日はここまでにしましょう、無理は良くないです。」

「まだ、時間あるからさ。ちょっと休憩したら、俺達組み手でもしようよ。」

「そう、だな……。儂らで修行するのも、意味はあるだろう……。」

 竜太はもう限界だろうと考え提案したが、修平と大地の言葉で5人はまだやる気がある事が伺える。

流石に竜太を相手にするには体力の回復が追いつかないが、互いに切磋琢磨しあうというのも、悪い事ではない。

 ディン達が提案をする前に自主的に提案を出した事に、ウォルフは修平の成長を感じていた。

今までの修平だったら、へこたれて休む事を提案していただろう、と。

「修平君よ、良い傾向だな。」

「清華さんも、成長したわね。最初の戦いが嘘みたいだわ。」

「俺、もう俊平にゃ勝てねぇな。」

 それぞれの指南役が、四神の使い達の成長を感じていた。

特にセレンは、戦闘能力があまり高くない事もあり、自分が教える事はもう何もないなと考えていた。

 リリエルやウォルフは、まだまだ実戦経験が足りていないとは感じていたが、しかしこの成長速度には驚いていた。

「じゃ、俺達は一旦退くか。皆がじっくりやるのに、眺めてるってのも品がないしな。」

「oh!賛成だな。」

「清華さん、頑張りなさいね。」

「皆さん、洋服などが破れたら私に申しつけてください。」

 指南役達は修行場を離れ、四神の使い達と蓮だけが修行場に残る。

ディンは竜陰絶界を解いていたが、まあ問題ないだろうと考えていた。

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