修行を経て

 竜太が修行に加わってから3日、その実力の差を四神の使い達は思い知る事になった。

 自分達がディン相手に5.6分でばてる所を、竜太は平気で30分と戦っている。

竜太はある程度本気を出しているらしく、能力の開放を行い修行に取り組んでいるわけだが、その動きに誰もついてはいけていない。

 それに、実戦経験の差が如実に出てきてしまっているというのも、実力差の1つの様だ。

竜太は約半年間ではあるが、魔物と戦い続けてきた。

その後も、修行は欠かさず自分の能力の封印を解く努力を重ねてきた。

その結果が、まだ3か月4か月しか戦いに身を置いていない、四神の使い達との実力の差を広げている。


「竜太君、ほんとに強いね……!」

「そうですかね?皆さんも十分強いと思いますよ?」

「おめぇだけ……、息も乱れてねぇじゃねぇかよ……!」

 四神の使い達と蓮、明日奈が息を切らして座り込んでいる中で、涼しげな顔をしている竜太。

竜太はまだまだいけるが、他の面々がもう無理だとギブアップしていて、ディンは仕方が無いかと剣を消していた。

 竜太だけ修行を続けるというのも、選択肢としては無くはないが、今は足並みを揃える事の方が大切だ、とディンは竜太に修行の続きとは言わなかった。

「皆さんの方が成長速度が早いですよ。僕、父ちゃんに第二段階解放させるのに、結構時間かかりましたから。」

「それは、私達が7人で修行をしているからではないでしょうか?事実、ディンさんと竜太君の一騎打ちの時は第三段階解放までされていらっしゃるわけですし。」

「まあでも、最初よりは皆で連携取れる様になってきたんじゃないかな?私も、少しずつ支援の使い所がわかってきた気がするよ?」

 事実として、6人は竜太についていくのに精一杯だ。

竜太の攻撃のテンポについていくというのは、今の6人にとっては至難の業の様で、通常の修行よりずっとスタミナを消費する。

封印開放をした蓮でさえも、竜太の動きにはついていけていない。

 そんな中、もう今日が修行最終日なのだ。

「皆さん、水分補給をしてくださいね。脱水は体の不調を起こしますから。」

「外園さん、ありがと……!」

「清華さん、貴女の戦略の立て方、中々良くなってきてるわよ。その調子で、皆の動きを観察すると良いわ。」

「は、はい……。」

 指南役達は暇そうにしている、というよりも茶々を入れている。

 そもそもが、自分達は本当に指南の為だけに呼ばれたのだ。

それをディンが引き受けている現状、セレンが武器の魔力の流れを確認する以外、ほとんどやる事が無い。

 外園は世話係とでも言えば良いのだろうか、積極的におせっかいを焼いている。

「……ぷはぁ!」

「この水、美味しいね。なんだか普通の水とは違う?」

「何か……、秘密が……?」

「この水は氷の都市ブリジールで採れる、雪解け水ですよ。他の都市のものより、栄養が豊富なんだとか。」

 雹竜ブリジールの都市は、ドラグニートの北側にある積雪地帯だ。

北の方に山があり、そこから流れる川の水はドラグニート全体に流通している、1つの名産品だ。

滋養強壮効果がある、と巷では噂されていて、一種の薬の様な扱いを受けている事もある。

「ブリジールさん、元気かなぁ。あの時は怖かったなぁ……。」

「竜太は雹竜様と面識があるのですか?」

「はい、僕の修行の成果を試す時に、本気で殺されそうになりました……。」

「ブリジールはきついからな、竜太を試す時も本気だったんだろ。」

 竜太は前に会った時はしんどい思いをした、と思い出す。

それもそのはず、ブリジールは力試しと言いつつ、本気で竜太を殺そうとしていたのだから。

 どれだけ竜太が強くなっているか、覚悟をしているかという試練だったが、遠目から見ていたディンも、流石にやりすぎだと思ったものだ、と思い出す。

「ブリジールという竜神様は、氷の属性を司られているのでしょうか?」

「そうだよ、ブリジールは氷の竜だ。性格は冷徹だけど情には熱い、いい奴だよ。たまにキレると、ちょっとおっかないけどな。」

「あら、ディン君にも怖いものがあるのね。意外というか、貴方王なんでしょ?」

「王って言ってもブリジール達の方が年上だしな、俺も怖いもんは怖い。」

 怖い、といってもその質は普通の感覚とは違うのだろうと、リリエルは考える。

恐らく、おっかないという言葉の響きの様に、遊びの様な感覚なのだろうと。

 ディンが竜太を除けば竜神としては最年少だが、それを感じさせないのは、やはり王としての素質や言動からだろう。

 それに、他の竜神が、ディンに勝てる様な力を持っているとも、指南役達は思えなかった。

特に直接戦闘をしたリリエルは、実力では誰にも劣らないというのは、事実だろうと感じていた。


「さあ、休憩はここら辺にして修行の続きだ。」

「えぇ……!?もうちょっと、休ませてくださいよ……。」

「今日が最終日だぞ?甘えてる場合か?」

 今日の修行を終えたら、また移動を開始する事になる。

今度は指南役達との引き離しは考えていない、一緒に行動するとはいっても、戦うのは四神の使い達と蓮、竜太の6人だ。

 明日奈はあくまでサポート役、というよりも有事の際のピンチヒッターとして、場に慣れさせていただけだ。

竜太は戦えるだろうが、こんなもので疲弊してへたり込んでいたら、とてもではないが神々には勝てないだろう。

「僕、頑張る!」

「お、蓮いい調子だな。」

「蓮君が頑張ってるのに、俺達が頑張んないのはかっこ悪いよね!」

 蓮が立ち上がり、それを皮切りに四神の使い達も立ち上がる。

 ディンは剣を構えながら、その調子だと心の内で褒める。

何があっても折れない心、それを少しずつ育んでいけたら、とあえて修行を過酷にしていたからだ。

「さて、少しきつくしていこうか!」

 これから先、過酷な試練が沢山待っているだろう。

しかし、それにも負けない強い精神を、この修行で持ってほしい。

ディンはそう願いながら、修行の手を厳しくしていった。


「疲れたぁ……。」

「お疲れ様です、皆さん良い動きしてましたよ。」

「ほんとぉ?」

「うん、蓮君も凄い強くなったと思うよ?」

 修行が終わり、腹ペコだった5人と竜太は宿の食堂にいた。

ディン達は話があるからと、先に食事をとってくる様にと言われたのだ。

 山羊の乳のシチューを頬張りながら、蓮は嬉しそうに笑う。

他の4人も、自分達が強くなれた事を実感していて、これならある程度は戦えるのではないか、と感じていた。

「竜太君には及びませんが、私達もだいぶん強くなれたのでは無いでしょうか?皆さん、動きが以前とは全く違いますし。」

「そうだな、俺達もちったぁ強くなれてるんだろ。ディンがバケモン級につえぇから、実感しにくいだけで。」

「俊平さん、化け物とは言い方が失礼なのではありませんか?ディンさんも、きっと傷ついてしまいます。」

「例えだよ例え、あいつの強さはそんだけだってこった。」

 セスティアでは、ディンを化け物扱いする人間は少なくない。

ディン自身、というよりも、ディンが依り代としていた悠輔が、昔化け物と罵られ友と決別しかけた事もある。

 そんな事情を知ってか知らずか、清華は俊平を諫める。

自分達の為に修行をしてくれている人に、そんな物言いはしてはいけないと考えているからだ。

「お兄ちゃんはばけものじゃないよ!すっごい優しいもん!」

「そうだね、蓮君には凄い優しいもんね、ディンさん。俺達には厳しいけど……。」

「儂らは……、戦士だ……。厳しくなるのも、仕方あるまい……。」

 修平からしたら、ディンはウォルフ以上に厳しく、強い指南役という印象だ。

セスティアで戦っていた戦士という事実も、勿論頭の中にはあるが、この1週間でそれが塗り替えられてしまった様だ。

 化け物とテレビで揶揄されていたのも知っていたが、そうとは思えなかった。

 以前、修平と綾子が外に散歩に出ている時に魔物がすぐ近くに現れ、それをディン達が倒した。

救世主、ではないが恩人の様な感情を持っていたが、それを忘れてしまう程に、ディンの修行は厳しかった。

「明日からまた移動って、そう言えば何処に行くんだろう?ディンさん、なんか言ってたっけ?」

「仏と精霊の加護を受ける、と確か仰られていましたから、もう一度ソーラレスに赴くのではないでしょうか?精霊の加護と言うのは、よくわかりませんが。」

「精霊、つまり外園さんの故郷フェルンですね。フェルンは精霊が治めてて、外園さんは妖精ですから。」

「精霊と妖精、何が違うんだ?」

 そこまでは知らない、という様子の竜太。

外園やディンなら何か知っているだろうが、そう言えば違いについて聞いた事が無かった、と。

 しかし、行く必要があるのなら、いつかは話をされるだろうと考えていた為、そこまで気に留めていなかった。

「外園さんもあんまり自分の事は話さないというか、あんまり僕とかには話してくれないので、どんな生活してたのかも知らないんですよね……。」

「お料理はとってもおいしいよね!」

「確かに、外園さんのおつくりになられる料理は、どれも美味しい物でしたね。昔から、料理をされていたのでしょうかね?」

 ウォルフやリリエルについても、詳しくは知らない6人。

思えば、竜太の出自に関してもそうだが、四神の使い達は指南役の事を知らなすぎる。

というより、修行や戦いの中で聞く事が出来ていなかった、というのが正しいだろうか。

「今度外園さんに聞いてみようよ!」

「あんまり詮索しすぎない様にしないとね、聞かれたくない事もあるだろうし。」

「はーい!」

 今は食事と食べてしまおうか、と竜太が話を締め、一行は食事に戻る。


「彼らは強くなりましたが、間に合いますかねぇ?」

「神々に勝てるのかしらね、私は勝てない様に見えるけれど。」

 ちょっとした会議室の様になっている部屋で、話をしていた指南役達。

ピノと明日奈は自分達は話がわからないから、と四神の使い達の元に向かっていた。

 外園とリリエルがまず口を出し、ディンに問う。

「今のままじゃ間に合わないな。だから、仏と精霊の加護を受けに行くんだよ。それに、最上級魔法も習得が必要になるだろうさ。」

「という事は、ウィザリアにも赴くという事ですね。」

「それに、セレンが皆に渡す武器の素材もどっかで探さなきゃだな。」

 今の所、セレンは竜神の武器より強い武器を作れる素材を、見つけられていない。

このまま見つからなかったら、という焦りもセレンの中にはあったが、ディンは見つかるだろうと楽観視している様子だ。

「竜神王サンの予測じゃ、何処にある?」

「さぁ?俺鉱石とか詳しくないから。」

「蓮の武器は作ったんだろ?どうやって作ったんだ?」

「蓮の武器な、あれは俺の剣と同じ様な原理だよ。蓮の心の具象化、だから名前をつける時、ルミナ&ウィケッドって名前にしたんだ。」

 ルミナとはラテン語で光、ウィケッドは英語で邪悪。

蓮の持つ淡い光と、大きな闇を差し示す意味合いだ。

 蓮の心の剣を作りだす時に、ディンはあえて光だけを取り出す事はしなかった。

それは、闇を安易に抑え込んで、圧迫する事により暴走を招く可能性があると考えたからだ。

「なら他の4人の武器も作れるんじゃないかしら?セレンを呼んで、時間を掛けて鉱石を探す必要はあったのかしら?」

「蓮はデインの力を身に宿してる、って事は俺達竜神と同じ原理で剣を発現出来るって事になるんだよ。他の子らは、デインの力は借りてないだろ?だから出来ないんだよ。」

「出来ちまったら俺の出番ないだろ?悲しい事言わないでくれよな、全く……。」

 ディンはセレンに工房を与えた時、4人分の武器を注文した。

1年前の時点では蓮はデインの力を持っておらず、戦いに参加する理由もなかった。

デインが蓮に力を与えた、その事象自体が、ディンが蓮を迎えに行くつい数日前の事だった。

 蓮が何故両親を殺したか、そこにディンは干渉していないが、デインが力を与えた事が、何かきっかけになっているのは間違い無いと踏んでいる。

「そう言えば聞いてなかったわね。デインという神は、何故蓮君に力を与えたの?」

「……。ちっぽけで淡い光と、暗く大きな闇を抱えた存在。他者の闇すらも抱え込む存在っていうのは、例がほとんどないんだ。デインは、自分と同じだった蓮を助けたかったんじゃないかと、俺は思ってるよ。」

「デインってのも、他の奴の闇を抱えてた、って事か?」

「デインは千年前のセスティアの守護者だ。世界の闇をその身に抱えて、封印されて世界を守る事を選んだんだよ。」

 ディンは蓮の存在自体は会う前から知っていたが、何かをしようとしていた訳では無かった。

ただ、デインと同じ様な存在がいて、いつかは世界に多大な影響を及ぼしかねない魔物を生み出すかもしれない、程度の認識だった。

 その時は魔物を倒せばいい、そうすれば他の魔物と同じく人の心に還元される、と思っていたのだが、デインが力を与えてからその考えに違和感を持った。

そして、旅を始める少し前に、ある1つの答えに行きついたのだ。

「蓮君がデイン様と同じ結末を辿る可能性がある、とディンさんは仰られていましたが、そうならない可能性はどれくらいあるのでしょうか?」

「正直、こればっかりは俺も例外過ぎて予測が立てられない。なんで蓮が正気を保ってられてるのかすら、わかんないんだ。」

「奇跡、かしらね。竜神王である貴方が知らないのなら、誰も知りようが無いのでしょうし。」

「かもしれないな。もしかしたら、デインが蓮の住んでた土地に封印されてた、っていうのも関わりがあるかもしれないな。」

 今の所、蓮の闇は暴走した事が一度しかない。

その一度は、蓮が両親を殺したときの事だ。

 蓮は我慢の限界だったというが、ディンが気配を探知した時には、闇が溢れそうになっていた。

そこにディンという光が介入し、闇の暴走を止めた、というのが正しい所だろう。

「蓮って、なんでそんな風になっちまったんだ?」

「親からの虐待だとか、学校でのいじめだとか、そう言った負の積み重ねが、蓮自体に闇が集約する様になった。っていうのが、多分正解じゃないか?」

 ディンはもう1つ、可能性を考えている。

しかし、その可能性が本当だったとしたら、ディンの敵というのは相当狡猾な相手なのだろうと考えられる。

 幾重にも策を巡らし、世界に存在として生まれようとしていた。

デインも蓮も、その器として利用されようとしたという事になる。


「何か策謀めいた物を感じるな、竜神王サンはそこらへんはどう考えてるんだ?」

「策謀や陰謀の類なら、悪意がそこに生まれる。それなら、俺の探知に引っかかるはずなんだ。」

 暫しの無言の後、紅茶を飲んでいたウォルフが疑問を口にする。

なんとなくだが、ウォルフはディンが何か隠していると気づいていた。

 ウォルフだけではない、外園もディンが何か隠していると感じていたし、リリエルも今しがたの問答に違和感を覚えていた。

 ディンが本気で隠すつもりが無いのか、はたまた洞察力が鋭いが故の疑念なのか。

そこまではわからなかったが、ディンは現時点で何か知っている、というのが3人の認識だ。

 語らないというのが、ディンが信頼していないのか、それとも竜神の掟によるものなのか。

そこまでは探りを入れていないからわからなかったが、ディンが何かを知っているという事だけは認識出来ていた。


「お兄ちゃん、寝るー?」

「もう少ししたら寝るよ、蓮は先に寝るか?」

「ううん、お兄ちゃんと一緒にお休みする!」

 食事と入浴を終えた蓮が部屋に戻ると、ディンは部屋の窓辺から椅子に座って外を眺めていた。

 蓮はそちらに歩いていき、ディンの反対側の椅子に座る。

「蓮、なんか飲むか?」

「いいのぉ?じゃあ、オレンジジュース飲みたい!」

「オレンジジュースな、ほれ。」

 窓から外を眺めていたディンが、蓮にふと問いかけ、転移でオレンジジュースを出す。

蓮は嬉しそうにそれを受け取り、風呂上りの少し水分の抜けた体を潤す。

 ディンは、何かを言うでもなく、物思いに耽る様子を見せ、蓮はそれを不思議そうに眺めていた。

「なあ蓮、もし俺と離れ離れになっちゃったら、頑張るんだぞ?」

「えー?お兄ちゃんと一緒がいいなぁ……。」

「まあ、もしもの事があったら、だよ。」

 それは遠い未来の話かもしれない、近い将来の話かもしれない。

今のままディンが描いた予想通りに事が進んでしまったら、必ず別れの時が来る。

 結局死を以てして別れとは来るものだが、そうではない別れというのが、遠くない未来に来てしまう。

それを防ぎたくて、ディンは色々としているのが、それが実を成すとも限らないのだ。

「蓮、俺は蓮の事、大好きだからな。」

「やったー!僕もお兄ちゃんの事大好きだよ!」

「そっか、ありがとな。」

 今は言うべきではない、これからもそうかもしれない。

ディンは、蓮を守れるのかという、漠然とした不安を覚えたが、それを蓮に悟られるわけにもいかない。

 守ると誓った、ななら守るだけだ、と自分に言い聞かせ、蓮の頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る