想いの行方

「ただいま。」

「おかえりなさい、ディンさん。」

「向こうどうなってたんだ?」

 ディンが転移を使い戻ってきて、4人の元に現れる。

 リリエルは先ほどの外園との会話を噛み締めていて、セレンが蓮達の様子を気にする。

「餓鬼が100体位来てたのに、のんびり寝てたよ。魔物除けの結界もないってのに、のんきなもんさ。」

「そっか、じゃああいつらは動いてんだな?」

「港に向かってるよ。」

「じゃあ俺達も移動か?合流すんだろ?」

 ディンは合流はするが、と頭の中で考えていたが、リリエルの纏う空気の違いに気づき、そちらを向く。

リリエルは少し恥ずかしそうな、何処か嬉しそうな微笑みを浮かべていて、纏う気配が転移で飛ぶ前と少し違っていた。

 それを不思議そうに眺めていると、リリエルがその視線に気づく。

「……。ディン君、貴方にも言っておかないといけないわね。」

「ん?何かあったのか?」

「……、ありがとう。」

「お礼を言われる様な事はした覚えがないけどなぁ…、何かあったのか?」

 リリエルがまさか礼を言ってくるとは思っていなかったディンが、思わず問う。

リリエルは礼をいう事が恥ずかしいのか、少しの間沈黙し、そして口を開いた。

「……。私も仲間だと、外園さんが言ってくれたわ。それは、貴方もそうなんでしょう?私をこの旅に引き入れてくれて、感謝してるわ。」

「成程、そういう事か。俺はリリエルさんの力を借りたくて呼んだだけだ、仲間だとは思ってるけど、礼を言われる様な動機じゃないよ。」

「それでも、よ。思い出したの、昔の事を。外園さんにウォルフさん、セレンが話してくれたおかげで、そしてあの時貴方が想いを話してくれて。エド達を、仲間だと思っていた、友達の様に思っていた、と。だから、私は出来る事をしたいの。」

 ディンはリリエルの言葉を聞いて、外園達が何を話したのかを察する。

 そして、リリエルの「出来る事をしたい」の内容を推測し、次の言葉を告げた。

「俺達に今出来る事は、一刻も早くこの戦争を止める事だ。そしたら、ドラグニートの竜達がこの国の内情に介入する余裕が出来る、紛争を止める事も出来る。」

「……。なら、早く清華さん達と合流しましょう。彼女達じゃないと、この戦争は止められないのでしょう?」

「そうだな、明日の昼頃には港に着くだろうから、俺達もそれに合わせて移動しよう。それまでは自由行動だ、何をしても俺は咎めないよ。」

 自由行動と言われても、もう夜も更けてきている。

何かやるというより、各自睡眠を取ればいいというニュアンスだろう。

 だが、リリエルは何かやりたい事がある様で、考える素振りを見せる。

「ディン君、シャベルは用意できるかしら。」

「それくらいお安い御用だけど、何に使うんだ?」

「やっておきたい事があるのよ。」

 ディンは首を傾げ、シャベルを転移で取り出す。

それをリリエルに渡すと、リリエルはどこかへ行ってしまう。

「何する気なんだ?」

「さぁ、わかんないな。でも、自由行動って言ったしな。」

 ゆっくり出来るな、と煙草に火を点けながら、ディンは首を傾げる。

しかし、その心の内では、リリエルが何をしたいのかはなんとなく理解していた。

 だが、セレンにそれをべらべらと話すのも少し違うか、とわからないふりをする。

リリエルは気配を殺していないから、何処にいるのかもわかる。

 だから、好きにさせてやろうという事だ。

「リリエルちゃんなりにケジメをつけよう、って事だなあれは。」

「それで彼女の心が穏やかになるといいのですが……。リリエルさんは苦悩を忘れようとしていた、それに向き合うのは大変ですからねぇ。」

 少し離れた所で休憩していたウォルフと外園は、リリエルが何をする気なのかを察し、煙草やパイプを吸いながら話をしていた。

 ウォルフはそこまで心配をしていない様子が見受けられるが、外園は外園自身が発言した事もあり、気になる様だ。

「外園君、君は心配性だな。」

「私も仲間や友、家族を過去に失った事があるのです、それも自分の力が原因で。ですから、リリエルさんには同じ様な思いをしてほしくないのですよ。」

「君の力?君は未来を見通す力を持つ妖精なんじゃなかったか?」

「私の力は、それだけではないのです。アンクウと呼ばれる妖精は、それに相応しい力と代償を与えられるのですよ。」

 何かを思い出す様な、遠い目をする外園。

もう何百年前の話だっただろうか、しかし今でも鮮明に覚えている、その記憶。

 これから先何千年と生きる事になったとしても、あの時の事は忘れないだろう。

「アンクウ、確か何処かの国の言葉で死神、だったか?俺のいた世界には妖精なんぞ存在しなかったから、御伽噺でしか聞いたことも無いが。」

「ええ、アンクウは死神。選ばれた者は、自身の意思に関係なく、その力を発現してしまう事があるのです。」

「成る程な、それで友や家族がいなくなっちまったって訳か。」

「はい。」

 パイプの煙を深く吸い込み、吐き出すと同時に深いため息をつく外園。

 ウォルフの目には、リリエルに同じ思いをしてほしくないという他に、もう自分が同じ思いをしたくない、という風に映った。

 だから、リリエルも失いたくない、無用な悲しみに縁を持ってほしくないのだ、と。

「まあ、君の気持ちは伝わるさ。リリエルちゃんは、ああ見えて他人の気持ちの機微に気づきやすいからな。」

「そうですね、彼女は本当は優しい。」

 パイプの煙が宵闇の中へと消えていく。

それを眺めながら、外園はリリエルの心境を憂いた。


「このあたりでいいかしら、ね。」

 その頃リリエルは、街はずれの広い土地に来ていた。

周りには枯れた畑があり、丁度使われていない土地の様だった。

「さて、時間もないし、やりましょうか。」

 リリエルは、ディンから渡されたシャベルを両手で持つと、地面に穴を開け始める。

ディンに頼めば魔法の1つや2つで簡単に穴を開けられそうだが、しかし自分でやりたいと願い、手作業で。

 曇天の中、月明りが少しだけ出てきた。

その月明りのおかげで、なんとなくだが掘った穴の深さが確認出来る。

「……。」

 無言でシャベルを動かし、穴を掘るリリエル。

深さが30cm程度になった所で手を止め、シャベルを穴の横に置いた。

「エド、レジナ、ベアト……。貴方達は、ここに生きていたのよ……。」

 トレンチコートのポケットに手を入れ、3つの宝玉を取りだす。

微かに熱を持っていて暖かいそれを、リリエルは静かに穴の中にいれた。

「……。」

 シャベルをまた手に取り、掘り返した土を戻していく。

 宝玉が土を被り、埋まっていくその姿に、悲しみが湧いてくる。

しかし、その手を止める事はしなかった。

「……。」

 すぐに土は埋め終わり、リリエルは今度は手頃な大きさの岩を近くで見つけた。

道案内の看板を支えているであろう、リリエルの顔より少し大きい平面な岩を、リリエルは1つ拝借した。

「貴方達の事は、忘れないわ……。」

 宝玉を埋めた所に戻ると、そのすぐ後ろに岩を置き、妖刀アコニートを手に取る。

静かに、岩に文字を刻むリリエル。

 エドモンド・アーレン 

 ベアト・レスティア 

 レジナ・ロンド

 3つの名前が掘られたその岩は、墓標へと姿を変えた。

「だから、安らかに眠って頂戴……。」

 静かに安息を願い、そして。

リリエルは、岩を撫でその場を去った。


 リリエルが4人の元に戻ると、4人はディンの起こした炎を囲い仮眠を取っていた。

リリエルが戻った事で起きるかとも思ったが、そもそもリリエルの気配は慣れているので警戒していない様子だ。

 外園とセレンは気配を感じる能力は持っていないし、ディンとウォルフなら敵だった場合すぐ気が付くだろう。

つまり、周囲に敵はいないという事だ。

 炎の近に寄り、静かに座るリリエル。

「……。」

「リリエルさん、お帰り。」

「……、ディン君。寝ていたんじゃないかしら?」

「まあ、いつでも起きれる様にしてたから。」

 少しの間沈黙が続いたが、ディンが目を覚ましリリエルに声をかける。

 ディンが感じているリリエルの纏っている空気は、この数日で劇的に変化していた。

それこそ、蓮や竜太と接している時の様な。

それとも、悲しんでいる様な、そんな気配だ。

「私は、どうすれば良かったのかしらね。」

「さぁ、それはリリエルさんにしかわからない事だ。他人の俺がどうこう言った所で、それが正解になる事はないよ。」

「……、そうかもしれないわね。でも、聞きたいの。貴方だったら、どうしていたかを。」

 リリエルは、寂しそうな眼をしながらディンに語り掛ける。

 つい数日前のリリエルだったら、そんな事は言わなかっただろう。

誰かに自分の行動の是非を問うなど、1人だったリリエルには無縁の事柄だ。

「俺もさ、復讐心に駆られた事があるんだよ。もうほとんど覚えてない、1400年以上前の話。」

「その時、貴方はどうしたの?」

「あの時は確か、俺に依り代として体を貸してくれてた、そんな子が殺された時だった。まだ俺が人間の中にいて、1つの肉体を2人の魂として共存してた頃だ。人間に殺されたその子の仇を取りたくて、殺した奴を殺そうと思った。でも、その子の双子の兄に止められたんだ。」

「それで、貴方は止めたのかしら?」

 ディンは思い出す。

もう掠れた記憶になってしまっている、その時の事を。

 ディンの依り代であり、セスティアにいる1人の戦士である「悠輔」という人間が、まだ戦士では無かった頃。

何の力も持たずに、殺されてしまった時の事を。

「正確には止められた、だな。その子は自分の命を掛けて、俺が人間を殺すのを止めようとしたんだ。13歳だったのに、考えるのが苦手だったのに。」

「その子は、今も生きているの?」

「生きているし、死んでいる。俺は悠輔を失った後、デインに負けて、一度家族を全員失った。それで、それが嫌で仕方がなくて、時間を逆行したんだ。その時に力を失って、竜太を戦場に送り出さなきゃならなくなった。今生きているのは、時間を遡った後に生まれた子だよ。」

「……。その子は、貴方の事を覚えていたの?」

「いや、そもそも俺や悠輔は存在していない世界だったから。でも、それでも俺を父と呼んでくれている、だから今はそれでいい。」

 大切な人だったのだろう、だから復讐の手を止めたのだろう。

リリエルはそう考え、そんな存在の記憶の中に自分がいなかったら、と考えた。

 わからない。

わからないが、きっと苦しい。

「……。貴方は、それでも守りたいと願った。自分が忘れられたとしても、その子を守りたかった。違うかしら?」

「ご明察、その通りだよ。俺はあの子達を守りたくて、あの子達だけを守りたくて、時間を遡ったんだ。死を受け入れられなかった、とも言うけどね。」

「……。もし私が今その力を使えるとしたら、使うのかしら…。それとも、もっと昔に使ったのかしら。」

 家族を、友を、仲間を。

シードルを、失う前に戻る事が出来たのなら。

リリエルは戻るだろうか、自分が存在しないという事に耐えられるだろうか。

 そんな事を、ディンの話を聞いて考える。

「俺は守れなかったんだ。大切な人達を、大切な弟達を。その結果が許せなくて時間を遡って、またデインと戦った。デインに1回負けたけど、先代の竜神王や家族が力を貸してくれて、デインを救い出す事が出来た。だから、満足してるよ。例え、2度と兄と言われる事が無かったとしても。」

「そう……。」

「でも、リリエルさんや竜太達に、同じ思いはして欲しくない。だから、後悔のない道を進んで欲しい。その為に出来る事なら、俺は手伝うつもりでいるよ。勿論、竜神の掟の範囲内で、だけどさ。」

 リリエルは、ディンの心の余裕は年齢から来るものだと思っていた。

1500年も生きているのだから、大抵の事には対処出来るのだろう、と。

 しかし、今ならわかる。

ディンも、過酷な経験を幾度となくしてきた。

 だから、どんな事があっても動じずに行動出来るのだ、と。

「私は……、後悔してるのかしら……。」

「さあ、な。それはリリエルさんにしかわからない事だけど、はた目から見たら後悔してる様に見えるかな。」

「どうするのが、正解だったのかしらね。」

「エド達の願いを叶える、それはエドのお父さん達を無事に他の基地に送る事。でも、あの男がエド達を殺したのも事実だ。そうなると、正解なんて何処にもないのかもしれないな。」

 リリエルは雲間から見える月明りを眺めながら、ディンは自分が発動した炎を見やりながら、考える。

 ディンは、何かエドモンド達を特別扱いしていた訳ではない。

しかし、エドモンドの父親は気に入らないと思っていた。

 自己利益の為に自分の子供を犠牲にしようとし、反省しようともしない屑。

それが、ディンの認識だ。

「あの男は死んで当然の行いをした屑だ、それは他に言いようのない事実だ。でも、そんな男を助けたいと願ったエド達もいた。」

「エド達は、父親を最期まで気にかけていたわ……。オヤジ達は無事か、って。」

「だからこの問題は難しい、答えが見当たらないんだ。リリエルさんにとっての正しさは、エド達にとっては正しくなかった。でも、俺個人の意見を言わせてもらうなら、あの男は殺されて然るべきだと思う。」

「でも、エド達は父親が生きる事を願った……。」

 答えの出ない問い。

それはリリエルにはわからない、そしてそれはディンにもわからない。

 ディンの中での正解は、リリエルにとっての正解ではない。

勿論リリエルにとっての正解は、ディンにとっては正解ではない。

「この話は今日はおしまいにしよう、答えは出ないんだから。」

「……、そうね……。」

「リリエルさん、少し休んだ方がいいな。体動かして、少しは疲れてるだろ?」

「……。」

 ディンがリリエルの方を見て話をするが、リリエルはうわの空の様子だった。

答えの出ない問いを、自問自答し続けているのだろう。

 その瞳は三日月を映していたが、きっと今は何も見ていない。

そう結論を出したディンは、邪魔をしない様にと仮眠に戻った。


 朝が来た。

 ディンが目を覚ますと、リリエル以外の全員がその場で目を覚ましていた。

「あれ、リリエルさんは?」

「リリエルちゃんなら何処かに行っちまったよ、向こうの方向に向かったな。」

 起きたディンが尋ねると、ウォルフがリリエルの歩いて行った方向を指さす。

ディンが共鳴探知を発動すると、リリエルの気配に、エドモンド達の気配が少しずれた所にあった。

「迎えに行ってくるか?」

「俺が行ってくるよ、皆は準備しといてくれ。」

 ウォルフの指さした方向は、丁度朝日が差し込む東の方角だった。

ディンは眩しさに目を細めながら、リリエルを迎えに行く。

「リリエルさんはこの国を離れる事に、納得しますかねぇ。」

「さあな、リリエルちゃんの心持ち次第だ。」

「リリエルがここから離れたくない……?もしかして、レジスタンス壊滅させるとかぶっそーな事じゃねぇよな……?」

「hahaha!そんな物騒は起きないさ。」

 セレンがリリエルならやりかねないと言葉にすると、ウォルフは大笑いをしてセレンの肩を叩いた。

外園も面白かったらしく、肩を震わせ笑っていた。


「リリエルさん、そろそろ出発するよ。」

「……、わかったわ。」

「これ……。お墓、作ったのか。」

「ええ、私にはこれくらいしか思いつかなかったわ。」

 朝日が暖かい日差しをおろす中、ディンはリリエルの元に歩いていった。

リリエルは、昨晩作った3人の墓標の前に立っていた。

「ねえディン君、貴方の世界や国では、死者を弔う時どうするのかしら?」

「俺の国か?俺の国は、両手を合わせて胸の前において、冥福を祈るんだ。リリエルさんの国ではどうしてたんだ?」

「……。教えてもらう前に、父も母もいなくなってしまったわ。だから、わからないの。墓標を立てた覚えはあるけれど、それ以上はした覚えもないわ。」

 リリエルはそういうと、ディン方を見る。

ディンは、これは自分が見本を見せろという事だと察し、3人の墓標の前に立つ。

「……。」

 ディンは隻腕だ、両手を合わせる事は出来ない。

片手で拝み、眼を瞑って少し下を向く。

「……。」

 リリエルはそれを真似するように、両手の掌を合わせ、眼を瞑り下を向いて合掌した。

静かに、エドモンド達の冥福を祈る。

 遠くで、鳥が鳴く声がした。

「これが俺の国の作法だ、それでよかったのか?」

「……、ええ。」

 ディンが眼を開き、頭を上げてリリエルに問いかける。

リリエルはディンの方を向き、寂しげな顔をして見せた。

「そろそろあっちも移動開始したかな、俺達も行こうか。」

「……。さようなら、エド、ベアト、レジナ。貴方達の事は、忘れないわ。」

「もういいのか?」

 満足するまで冥福を祈るのも、人間の性だと考えていたディン。

 だから、リリエルにもういいのかと問いかける。

リリエルは墓標の方へ向き直ると、別れを告げた。

「えぇ、弔いは済ませたわ。私は私に出来る事をする、それはこの世界の狂った戦争を止める為に、清華さんを育てる事よ。」

「……。宝玉、持っていかなくていいのかい?」

 魂の宝玉、それはその者の生きた証。

ディンの使う「竜炎」により、物質化した魂の欠片。

 大切な人ならば、それを持っていけばいいと考えていた。

「この子達のいた世界はここよ、この子達の生きた証は、私が心に留めておくわ。」

「そっか、リリエルさんがそういうならそれでいいんだ。」

「……。行きましょう、ディン君。」

「そうだな。」

 小さな鳥が3羽、墓標の上を飛んで行った。

それはまるで、エドモンド達がきちんと逝ったのだと、リリエルに告げている様だった。

 ディンが墓標に背を向け歩きだす。

リリエルは、最後にもう一度エドモンド達の冥福を祈り、ディンの後ろを歩き出した。

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