四章
サウスディアンという国
「ここ、何処なんだ?」
「さあ、何処だろうな。転移でとりあえず大陸に跳んだからわかんねぇ。」
ジパングからマグナへ向かう途中の船が、クラーケンの襲撃によって転覆した。
その際、ディンは竜太達と自分達を別の場所に転移で跳ばした。
それは蓮達に今の実力を知ってもらう為と、少しでも旅に慣れてもらう為にだ。
クラーケンの襲撃は正直予想外だったが、好都合だったというべきだろう。
「私達の役目はもう終わりでしょう?さあ、クロノスをこの世界に呼び出して頂戴。」
「まだ皆がマグナには到着してない、まだまだ付き合ってもらうよ。」
「あら、竜神王ともあろう貴方が屁理屈をこねるっていうの?」
「いや、皆はソーラレスに跳ばしたんだ。事実、マグナにはついてないだろ?」
ディンの言葉に苛立つリリエル、しかしディンは至ってまじめだという感じだ。
事実、自分達は何処かわからない様な所に跳んだが、蓮達は確実にソーラレスに跳ばしたからだ。
「Hey!言い争いもいいが、現地の確認が最優先じゃないか?」
「そうですね、こちらが何処の国なのかによって、対応が変わってきますから。エクイティやウィザリアだった場合は大変なことになりますから。…、しかしこのあたりは熱帯林の様ですね。」
白いローブと黒いスーツに身を包んでいる外園が、少し暑いという仕草をする。
土色のハットを脱ぐと、うっすらと汗をかいていた。
「確かに暑いな、となると……。」
「お、ここが何処かわかった感じか?」
「多分だけど、サウスディアンじゃないか?地理的に、南部は熱帯気候だったはずだ。」
ディンが汗を拭いながら答えを出すと、外園は納得したような声を漏らす。
確かに、熱帯気候なのは地理的にサウスディアンである可能性が高い、というよりも、他に選択肢がないはずだ、と。
こんな熱帯林が茂っているのなら、その可能性は高いだろう。
「サウスディアン……。確か数年前から、内部紛争が起きていたと小耳に挟んだ覚えがありますね。私はジパングに渡った後でしたので、実情は知りませんが。」
「紛争?争ってるのってマグナだけじゃねーの?」
「まあ、紛争くらいならあってもおかしくはないだろ。取り合えず街がどっかにあるはずだから、そこで情報収集だな。」
「紛争……。」
話している内に、リリエルの顔が少し険しくなる。
何かを思い出しているかの様な、それは嫌な記憶である様な。
「早めに移動をしようじゃないか、現状を知らずに動くのは少々まずい。」
「そうですね、紛争が続いていると仮定しますと、巻き込まれる可能性もありますから。」
ウォルフと外園が意見を言い、全員がそれに良しと答え移動を開始する。
ディンが先頭に立ち、他が追随する形になった。
「なぁディン、あいつら平気なのかよ?」
「平気じゃないだろうけど、マグナに着いたら結局あの子らだけで行動してもらわなきゃならないんだ。いい練習になるだろ。」
「そういうもんなのかぁ?てか、ディンおめぇは一緒に動くんだろ?」
「まあそうなんだけどな、蓮もずっと俺にべったりって訳にもいかないだろ?ある程度は自立しなきゃいけない、そう思わないか?」
その話を聞いて、酷だなとセレンは思う。
両親に11年の内7年も虐待され続けて、やっと出来た拠り所であるディンから、たった半年で自立知ろというのだから。
家庭環境があまり良くなかったセレンに言わせれば、後数年はべったりしてないと気が済まないのではないだろうかと思われる。
半年間蓮を見てきた、正直な感想だ。
「蓮はもう11歳だ、ある程度は子供じゃいられない部分が出てくるさ。」
「Umm.それはそうかもしれないが、竜神王サンよ。蓮君はまだ心が未熟だ、そこはどうするんだ?」
「それを育んでもらう為の旅でもあるからな、あの子らと一緒に旅をするってのがいい方向に進んでくれるが良いんだと思ってるよ。」
熱帯林をディンの共鳴探知で人の居る方へと進みながら、話を続ける。
無論魔物や紛争状態の興奮した人間などには注意しつつ、警戒を解かずにだ。
セレンを除けば全員が戦闘が可能で、外園とセレン以外は数多の戦場を乗り越えてきた身だ。
竜太や蓮、四神の使い達が警戒するのとは、段違いの警戒網になっている。
「蓮君は今頃悲しんでいるでしょうねぇ。」
「かもしれないな。」
「ディンさん、意外とドライですねぇ。彼の事が心配なのではないですか?」
「ん?心配してるよ?でも、竜太も居るしあの子らも居るから、大丈夫だろって感じ。」
外園が少し突っ込んだ話をしようとするが、案外あっさりとしているディン。
ディンの目的は今回の元凶を倒す事、そして蓮の闇を癒す事。
だから、ある意味楽観視しているとでも言えば良いのだろうか。
他の戦士達とふれあい、己の闇を癒す。
そうなって欲しいと願っているから、ある意味四神の使い達や竜太を信頼している、とでも言えばいいのだろうか。
「彼の闇はディンさんが居なくては暴走しえるのでは?」
「……。その時はその時だ、俺は俺のやらなきゃならない事をするだけだよ。」
「……、それって。」
外園とディンが話していた所に、何か考えていた様子だったリリエルが口を挟んでくる。
その表情はいつもより険しく、それが許せないと言った風だ。
「蓮君を斬るって言うの?あんなに慕っている子を?」
「それが、年輪の世界の守護者の役目だからね。」
「非道ね。」
蓮に慕われているから、情が湧いているのかもしれない。
自分に出来ていない復讐を遂げたから、羨んでいるのかもしれない。
リリエルの感情はよくわからないが、とにかくディンのその選択肢を是と出来ない様子だ。
「oh!リリエルちゃんから非道なんて言葉が出てくるとは、意外だな。」
「私は復讐者、それを成す為に手段は選ばないわ。でも、しなくていい殺しまでするつもりもないわ。」
「俺もしなくていい殺しなんてするつもりはないよ。ただ、そういう覚悟をしておかないといけないってだけだ。あの子の為にも、この世界群の為にも。」
ディンは揺れている。
まだ覚悟は定まっていないし、決意も出来ていない。
しかしそれを他人に喋るわけにも、その揺れ動いている状態で居るわけにもいかない。
何故なら、ディンアストレフという存在は竜神王、無数に広がる年輪の世界と呼ばれるこの世界群の、守護者なのだから。
個人の感情や感情論で動いて世界が滅亡の危機に瀕する事になったら、そう考えると個人の感情では動けない。
「ならば危うい芽は摘み取っておくべき、とも考えられますが?」
「俺も不要な殺しはしないししたくない、最後まで希望にかけたいのさ。そうしなきゃいけない時が来るまでは、そうはしたくないんだよ。」
たった半年の間とは言え、兄弟として接してきた身だ。
蓮を斬りたくはないし、闇に飲み込まれて欲しくもない。
しかし、もしそうなってしまった場合の事も考えておかなければならない。
「蓮君を斬るのなら、相応の覚悟は必要な様ね。」
「そうなるな、大事な弟なんだから。」
「大事なら、貴方があの子の闇を払ってあげるのが筋じゃないのかしら?貴方なら、それくらい出来るでしょう?」
「……。蓮は今、絶妙なバランスの上で生きてるんだ。今闇だけを切り離したりしたら、それこそ蓮の心が壊れちゃうんだよ。」
リリエルが手っ取り早い解決方法を提示するが、ディンはそれをする気は無いようだ。
そもそも論、生きる者はすべからく光と闇を持ち合わせている、その闇だけを取り払うというのもリスクが生じてしまう。
だから竜神達は、生ける者が抱えられなくなり、魔物化した闇を癒し光へと還元するのだ。
竜神の剣はその為に存在し、闇を癒し光を守る為に竜神は存在するのだ。
「Umm,蓮君の闇を取り払う事はリスクがあるという事だな?だから旅の内に癒そうと、竜神王サンはそう考えている訳だ。」
「そうなんか?俺にはさっぱりわかんねぇけど、ディンにも考えがあんだな。」
「出来れば、ね。ただ、出来なかった時の事も考えておかきゃいけないってだけだよ。」
熱帯林を早足で進みながら、ディンは何か考え込むような仕草を見せる。
もしもの事を考えてしまうと、少しどころではなく気が重い。
半年とは言え兄弟として過ごして来たのだ、それも当たり前なのだろう。
「待って、何かいるわ。」
「おっと、そうだな。」
ディンが考え込んでいると、リリエルが声を発する。
まだ熱帯林が何処までも続いている様子だが、何かの気配を察知した様だ。
「そこにいるのはわかっているわ、出てきなさい。」
リリエルが茂みに向かい声を放つと、ガサガサと茂みが揺れる。
そこから、警戒した様な、張りつめた表情をした少年が一人、出てきた。
「なんでわかったんだ……?」
「気配がしたからよ、殺気ではないから敵じゃないと判断したのかしら?」
「……。あんた達、なにもんだ?奴らの仲間じゃなさそうだけど……。」
少年はボロボロのシャツに半ズボンという服装で、マスケット銃を抱えていた。
灰色の髪の毛はぼさぼさで、白いシャツは泥にまみれ、青い瞳が警戒心を持って一行を見ている。
それを見て、一行はまだ紛争が続いている事を理解する。
「俺達はジパングから来たんだ、知ってるかい?小さな島国だよ。」
「ジパング……?知らない、俺他の国行った事ねぇし。」
「まあ君の敵では無いって事だ、安心してくれ。」
ディンが少年に優しく答えると、少年は少しだけ警戒心を緩めたようだった。
その時にディンと少年の目が合い、少年は何か暖かい気持ちが湧き上がってきた様だったが、あまり理解はしていなかった。
まだ10歳前後であろうその少年は、しかし戦場には長く居たような気配を感じさせる。
「貴方達の敵っていうのは何者?私達がそうじゃないというのなら、この国の人間かしら?」
「この国を牛耳ってる悪党どもだよ、何年か前に革命だかなんだかを起こしてから、この国はおかしくなったんだ。」
「そう。それで、貴方の仲間は近くに居るのかしら?それとも貴方一人?」
「……。」
少年は話すかどうかを、悩んでいる様に見える。
それもそうだ、敵ではないだろうが味方でもない、もしも敵の手にでも落ちれば情報漏洩が待っている。
幼いながらに、慎重にならなければならないとわかっている様だ。
「……。俺一人だけ、ここらは戦闘がないから俺みたいな子供が偵察にこさせられるんだ。」
「そうみたいね。余程の達人が居でもしない限り、他に気配は感じられないもの。」
「なんでわかるんだ……!?」
「私は暗殺者、それくらいの事が出来ないとおかしいでしょう。」
暗殺者、という言葉を聞いて少年がびくっと反応する。
少年は抱えていたマスケット銃を慌てて構え、リリエルへと向ける。
「俺達は敵じゃないよ?」
「暗殺者って事は、人殺しだ……!あいつらと一緒だ……!」
「……。撃ちたければ撃ちなさい、当たるかどうかの保証はしないけれど。」
リリエルはそれに狼狽える事無く、平常心で言葉を発する。
少年は、震える銃口をリリエルに向け、引き金に指をかける。
BANG!
リリエルの胴体を狙った銃弾が、飛来する。
リリエルはそれを最初から見切っていたかのように、体を横に捻り躱した。
「な、なんであたんないんだ!」
「だから言ったでしょう?当たるかどうかの保証はしないって。」
「落ち着きたまえ少年。俺達は敵じゃない、彼女の暗殺者というのも過去の話だ。それに、君が撃ったそれも人殺しの道具じゃないか?」
リリエルが銃弾を避けたのを興味深そうに眺めていたウォルフが、少年を諭す様に話す。
「それは……。だって、あいつらは……。」
「怖がるなよ、俺らは争いたいたくてここに居るんじゃねぇんだ。」
「でも、暗殺者って……。」
「彼女はとある国では暗殺稼業に身を置いていましたが、今は引退しているのですよ。争いを好まない、平和な人物です。」
少年を落ち着かせるために、わざと嘘をつく外園。
こういう相手は、まず落ち着かせないと話が出来ないと知っている。
だから、その為にある程度の嘘はつくし、まず第一にそこをと考える。
「私は暗殺者を止めたわけじゃ」
「と言う事なんだ、信じてくれ。俺達はジパングから来た、それだけなんだ。」
「……。あいつらとはちげぇって信じていいのか……?」
「ああ、君の言う革命家達とは関係がない。そもそも、革命が起こってたことすら知らない身だ。」
「……。」
リリエルが言いかけた所で、ディンが遮る。
せっかく少し落ち着いてきたこの少年を、また刺激するのは如何なものかと考えたからだ。
リリエルは不服そうな顔をするが、多勢に無勢だと考え言葉を止めた。
「……。わかった、ここらはまだ安全な方だけど、俺達の基地に来いよ。安全だし、あんたらから色々聞きてぇし。」
「ありがとう、そうしてくれると助かるよ。そういえば君、名前は?」
「俺?俺はエドモンド、エドモンド・アーレン。」
「エドモンド君か、宜しくね。」
少年、エドモンドは熱帯林を一行が来たのとは逆方向へと歩き始める。
ディンが探知していた人間の居る方向と一致していて、本当に基地に連れていくつもりの様子だ。
「貴方達の仲間というのは、どういった人達なのかしら?」
「俺達はレジスタンスなんだよ、革命軍が国をめちゃくちゃにしたから、昔の生活を取り戻したいんだ。」
「貴方、歳はいくつ?」
「12、でも8歳の頃から戦ってるんだぜ。」
エドモンドは少し恰好をつけながら、マスケット銃を揺らす。
8歳から戦っていると言う事は、少なくとも4から5年間は紛争が続いている事になる。
竜神達からはそんな報告を受けていなかった、とディンは考えるが、クロノスの手にかかっていない紛争ならそれも当たり前かと考える。
「戦いは怖くはないの?貴方まだ子供でしょう?」
「怖くねぇよ!俺だって立派な戦士だしな!」
「そう……、そうなのね。」
リリエルは何処か複雑そうな顔をしながら、話を聞く。
「もうすぐ俺達の基地に着くからよ!色々話聞かせてくれよ!」
「話?」
「外国の話だよ!あんたらジパングってとこから来たんだろ?俺達、平和になったら外国行こうって話してるんだ!」
「そう、わかったわ。」
リリエルは何処からか湧いてくる、不可思議な感情の出所を考えていた。
自分に何処か似ている境遇の子供がいる、だから何だというのか。
自分の周りにもそんな子供は沢山いたじゃないか、と。
「そんであんたら、どうやってこの国来たんだ?港はあいつらが監視してるはずだろ?」
「転移っていう魔法に乗っけられて来たんだよ、知ってるかい?」
「しらねぇ魔法だ……。あんたら、やっぱり面白そうだな!」
エドモンドは知らない言葉や国が出てくる事に、わくわくしている様だ。
まだ子供らしい一面を持っている事に少し安心するディン達、しかしこんな子供も紛争に関わっているのかと考えると胸が痛い。
特にディンは、エドモンドと同じくらいの歳の子供が居る為、その気持ちは強い。
「もうすぐ俺達の基地に着くからよ、色々教えてくれよ!」
「それくらいなら御安い御用だよ、エドモンド君。」
「エドでいいよ!」
「わかったよ、エド。」
根っこが素直な子供なのだろう、ディン達は簡単に自分達を信じたことに驚く。
紛争状態で、しかも兵士なのだから、もう少しくらい警戒心があってもいいのではないか、と。
特に戦場に身を置いていたリリエルとウォルフは、こんな状態でよく今までやってこれたなと衝撃は大きい。
そんな戸惑いの中、一行はエドモンドについていくと、少しずつ熱帯林の視界が晴れてくる。
森を抜け、どうやら街の様な何処かへとたどり着いた様だ。
街と言っても、所々破壊され荒廃していたのだが。
「紛争してるってだけはあるな。」
「仕方ないだろ、あいつらがここら辺まで攻めてくるんだから。」
「ここの辺りは都市からは離れているのかしら?あまり人の気配も感じないわ。」
「よくわかったな、ここは南の街アデルだ。都市は確か、モレルって名前だったっけ。」
ディンが地形把握の為に探知波動を広げると、先ほどまでいた熱帯林が南側にあり、そこから中心、北部にかけて人が多い地域が何か所か確認出来た。
更に北部に探知を広げると、人間が多い地域が何か所か探知出来たが、それは北の国であるノースディアンだろうと推測出来る。
「さ、ここ降りたら俺達の基地だ。入ってくれよ。」
「わかったわ。」
街中を少し歩いていたら、防空壕の様な地下に続いている場所にたどり着く。
エドモンドはさっさと地下へと降りていき、ディン達もそれに続く。
もしもエドモンドが嘘をついていたとしても対処は出来るし、そもそもディンは心が読めるから嘘はつけない。
それをわかっている外園やウォルフにリリエルは、ディンが何も言ってこないし何かのサインも送ってこない事から、エドモンドが嘘をついていないと判断した。
「さ、ここだ。」
地下に降りて少し洞窟を進むと、重々しい鉄扉が目の前に現れた。
「みんな、喜んでくれるかなぁ!」
エドモンドは何処かわくわくした顔をしながら、鉄扉を開いた。
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