ソーラレスを離れて

 パチパチと焚火の爆ぜる音が聞こえてくる、そんな夜。

川沿いを歩いていた一行は、夜の帳が降りた所で休憩していた。

「港町までどれくらいだろう?」

「さあな、取り合えず腹減ったからこれ食おうぜ。」

「それもそうだね。」

 竜太が釣った魚を焚火で焼き、それを六人で焚火を囲み食べ始める。

朝から歩いていて、昼食を抜いていた一行の腹に、魚の旨味が沁みる。

「これ、なんて魚なんだろう?」

「うーん、鮭に近い味だけど、ちょっと違うね。」

 蓮は初めて食べるその味を不思議がりながら、こういった仲間と過ごす時間を楽しんでいた。

 五人はそれをなんとなく察していたり理解していたりするから、あまり水を差す様な事は言わない。

「みんなでこうするの、なんだか懐かしいなぁ。」

「そうだな、こんなことすんの小学ん時以来だぜ。」

「私もこういった事をするのは久しぶりですね、お魚をこういう風に食べるのは初めてです。」

「……。」

 大地にとっては何回か経験した、他の面々からしたら小中学校の林間学校以来の出来事。

認識のずれに、大地は少しだけ悲しい気持ちになる。

「林間学校って、みんなで遊ぶの?僕行ってないからわかんないや。」

「そうだねぇ。皆で泊って仲良く遊んだり、お化け屋敷したりしたなぁ。」

 思えば遠いところまで来てしまったものだ、と竜太は懐かしむ。

 あの頃の自分はまだ何も知らず、戦いにも身を置いていなかったな、と。

自らの使命も、魔物も竜神という存在も知らなかった、母や友も沢山いた。

 中学に入るまでは、平凡な人間だったな、と。

「っと今は懐かしんでる場合じゃなかった……。これ食べたら休みましょう、明日朝からまた移動ですから。」

「そうだね、寝るのちょっと大変そうだけど、ゆっくり休もう。」

「そういえば修平さん、背中の傷の方は平気ですか?まだ痛むのではないですか?」

「大丈夫だよ?ちょっと痛むけど、そこまで酷くもないし。」

 座ったまま寝るという経験を初めてする蓮に修平、清華と俊平。

上手く寝れるかどうかという話ではあったが、まあそこは何とかなるだろうと竜太は考えていた。

 自分はあまり寝ずに索敵をしておこう、と頭の片隅で考える。

「ふう、美味かった。川魚釣って食べるんなんてホント久々だったわ。」

「……、そうだな……。」

「さ、寝よう。明日も早いし。」

「そうですね。」

 四人は欠伸をすると、石に座ったまま目を瞑り、眠ろうとする。

 大地は慣れているからかすぐに眠りに落ち、他の三人も徐々にまどろみの中へと沈んていった。

「ねぇ竜太君、竜太君はお兄ちゃんの子守唄って知ってる?」

「子守唄?それがどうかしたの?」

「僕がね、眠れない時によく歌ってくれてたの。竜太君は知ってるのかなぁって。」

「うーん……、覚えがないなぁ。」

 まだ寝付けなかった蓮が、竜太にふと話を振る。

それはディンが蓮に歌っていた子守唄の話で、どうやら竜太は知らない様子だ。

「竜太君なら知ってると思ったんだけどなぁ……?」

「ごめんね、わかんないや。蓮君も寝なよ、もう遅いんだし。」

「そうだね、おやすみ竜太君……。」

 蓮は欠伸をすると、ゆっくりと眠りに落ちていった。

竜太は一人、焚火を眺めながらボーっと考え事をしていた。

 これからドラグニートに向かう、そこでディン達と合流する。

安心出来るな、まだまだ自分には誰かを導くなんて早かったんだ、と。

「眠い……。」

 うたた寝くらいはしてもいいだろうか、と竜太は目を瞑る。

睡魔がゆっくりとやってきて、竜太は眠りについた。


「やれやれ、魔物除けの結界もないのにのんきだな。」

 皆が眠りについた頃、焚火の横に光が零れ、ディンが現れる。

「これ魔物が出てきたら大変だったぞ?というか来てるぞ?」

 ディンが探知波動を展開すると、周囲には100体程の魔物が確認出来た。

それらは少し遠い所にいて、こちらに向かってきている様だった。

「さて、少しサービスだ。」

 ディンはそちらの方へと転移で跳び、魔物の群れの中心に現れる。

「……、成る程そういう事か。」

 餓鬼達はディンに気付き、一斉に襲い掛かって来る。

ディンはそんな餓鬼の攻撃を避けながら、疑問を確信へと変えていく。

「竜神王剣・竜の誇り。」

 次々に繰り出される攻撃を避けながら、ディンは自身の剣を出す。

「第一段階開放。全てを喰らう雷よ……。」

 雷を帯電させ魔物がいる端まで跳び、魔物がいる範囲を見定める。

『雷咆斬!』

 丁度魔物の群れが入りきる範囲に、雷の魔法剣を放つディン。

蓮の使うそれとは比べ物にならない、まさに雷が横一線に流れ魔物を焼き尽くす。

 一瞬の輝きと雷の余波が残り、焼き残された餓鬼の残骸だけが取り残される。

「……。」

 ディンはそれを見て何かを確信すると、転移を使いその場から消えた。


「父ちゃん……?」

 うたた寝をしていた竜太は、微かにディンの気配を感じ、目を覚ます。

「こっちの方から……。」

 ディンの気配がした方へ歩き出し、すぐにディンの気配が消えたことに気付く。

「あれ……?」

 気配は消えたが取り合えず、とそちらの方へと向かう竜太。

10分程歩くと、何故ディンの気配がしたのかがわかった。

「これ……。」

 死屍累々、餓鬼の屍が霧散していた。

こんな事をするのも、こんな事が出来るのも、ごく一部の存在だけだろう。

 ディンが来て餓鬼の群れを倒した、と自然にそう考えられる。

「来てくれたんだ……。」

 嬉しい様な、悔しい様な、そんな感情が芽生える。

助けに来てくれてホッとしたのと、自分達ではこの数はさばききれないだろうと思われた事だ。

 竜太自身、これくらいの量の餓鬼なら対処は出来る。

がしかし、皆を導けという言葉から、一人で戦うという選択肢を持てなかっただろう。

「……。」

 一人で戦えば良いだけだったはずなのに、ディンにはそれは出来ないだろうと判断された。

 確かに竜太自身、餓鬼が襲い掛かってきた事に気付いたら、皆を起こしていただろう。

 判断力が足りない、皆の力量から戦える相手を選べない。

ディンに、そう言われた気がしてしまった。

「仕方ないか……。」

 トボトボと来た道を戻る竜太、その足取りは考え事からか重たい。

パチパチと火の爆ぜる音が聞こえてきた頃には、少し時間が経っていた。

「皆さん……。」

 皆、すやすやと寝息を立てて寝ている。

起こさない様にと、静かに移動する竜太。

「竜太か……?」

「だ、大地さん……。」

「目が覚めたのだが、お主がおらぬものでな……。少し気になっていたのだが、何かあったか……?」

「実は……。」

 竜太は語る、餓鬼が大量に現れそして、ディンが一人それを打ち倒したことを。

まだ少し暗い表情をしていただろうか、焚火の光に竜太の顔は翳りを見せる。

「お主の父は強い………。しかし、お主の様に優しくはないのだな……。」

「そんなことは無いんです、僕達兄弟とかにはすっごく優しくしてくれるし、守ってくれるし……。」

「しかし……。それでは、お主が成長する機会を、奪っているのではないか……?」

 大地は、父が檀家にそうしていたように、諭す様に話をする。

竜太の心が少しでも軽くなればいい、何か力になりたい、そう思って。

「……。大地さんは優しいですね、でも大丈夫ですよ?」

「そうか……?儂には、そうは見えぬが……。」

「父ちゃんを超えようなんて、大仰な事考えてもししかたありませんから。」

 超えられない壁、それが竜太の中にはあるようだ。

大地はそれを認識すると、どう言葉を続ければいいかわからなくなる。

 父の事を超えられない壁と思ったことがない為、中々共感出来ないのだ。

「……。寝ましょう、大地さん。明日はまた移動です。」

「そう、だな……。」

 この件に関してはこれでお終い、と竜太が寝るように言う。

 大地はいつもの竜太と少し様子が違う事に戸惑いながら、しかしそれには従った方が良いだろうと考え、また眠りにつく。

「……。」

 いつかは超えたい、そう願ったこともある。

しかし、それは叶わぬ願いだともわかっている。

 自分は竜神と人間の間の存在、ディンは完全な竜神の、しかも王。 

超えたくとも、超えられない。

「寝ないでおかないと……。」

 今度はうたた寝をしないようにしよう、ディンに心配されない様にと。

 超えたいと思っていた時期の事を思い出すと、少し懐かしさを感じる。

しかし、ディンもある程度は実力がついてきたから、今回連れてきたのではないか、と考えながら、夜は更けていった。


「ふあぁ……。」

「あ、蓮君おはよう。」

「竜太君、おはよ!」

 蓮が朝目覚めると、まだ皆寝ていた。

 竜太は焚火を絶やさず燃やしながら起きていて、蓮が起きた事に気付くと挨拶をする。

蓮は固まった体をほぐす様に動かしながら、周囲を見渡す。

「昨日、お兄ちゃん来なかった?」

「え?なんで?」

「うーん、お兄ちゃんの技の気配?がしたんだけど……。気のせいだったのかなぁ。」

 蓮は寝ぼけていたのだろうか、ディンの放った技の気配を感じ取っていたようだ。

竜太はそれに驚きつつ、蓮に説明をした。

「じゃあ、お兄ちゃんが助けてくれたんだ!」

「そうなるかな?父ちゃんが何とかしてくれたみたい。」

「後でありがとうって言わないとね!」

 こういう時、蓮は純粋だからある意味助かっているのかもしれない。

捻くれないというか、自分が弱いという考えに至らない。

 ただ単純に、ディンが助けてくれたという事実に感謝している。

「早くお兄ちゃんに会いたいなぁ……。」

「楽しみ?」

「うん!また修行してもらうんだ!」

 強くなりたい、その為にはディンと修行をしたい。

蓮の単純明快とでも言えばいいのだろうか、そういった思考が読み取れる。

「ふあ……。」

「あ、修平さんおはよ!」

「んー、おはよう、蓮君。」

 二人で話していたところに、修平が目を覚ます。

ふああと欠伸をし、体をほぐす。

「座って寝るなんて初めてだったけど、意外と寝れたなぁ。」

「背中の傷は大丈夫ですか?」

「え?うん、もう痛みもそんなにないよ。」

 温暖な気候であるソーラレスだからか、空手着の背中が破れている事もそこまで気にはならない。

少し涼しい風が吹けば、そういえば背中が破れていたなと感じるくらいだ。

「ん……。皆さん、おはようございます。」

「ふあぁ……、結構寝れたな。」

 次に清華が起きて、その声に俊平が目を覚ます。

二人とも体が固まっている様で、肩や腰を動かし体をほぐす。

 そんなことをしているうちに、大地も目を覚まし体をほぐしていた。

「さあ、移動しましょう。」

「そうですね、急ぎましょう。」

 焚火の火を消すと、竜太と蓮が先頭に立って歩き始める一行。

 竜太は探知をしながら進むが、魔物の気配は感じられない。

急ぎではあるが、安全に移動が出来そうだな、と竜太は一人ホッとした。


「ここですかね?」

「港だー!」

 それから数時間後、昼頃。

 街に着いた一行は、船の姿を見て港町だと判断した。

街並み自体は西端地区とあまり変わらなかったが、遠目に見て船が見える。

「今からでも船出てるかな?」

「どうでしょう、聞いて見ましょうか。」

 街に入ると、やはり周りは僧衣ばかり。

 船はジパングで見た物より少し小型で、しかし蒸気船である様だ。

 ソーラレスから出る人というの自体が珍しいのだろうと考えられるが、遠めに見てもこれでドラグニートまで行けるのかが少し不安だ。

 世界地図を確認すると、軸の世界で言えば小規模な太平洋を横断する様な物なのだから。

「あの、今日って船出ますか?」

「はい、今日の便は最終便が残っていますよ。」

 街の入り口に立っていた、門番の様な人物に竜太が話しかけると、丁寧な答えが返ってくる。

取り合えず船には乗れそうだとホッとした一行だが、もう一つ問題があった。

「船に乗る料金って、一人どれくらいになりますか?」

「御一人辺り40シルバーになりますね、六名なので2ゴールド40シルバーになります。」

「そうですか、足りるかな……。」

 竜太はずた袋の中身を確認し、3ゴールド程入っている事を確認する。

「足りそうですね、早く港に行きましょう。」

「またお船乗れるの楽しみだね!」

「そうだね、急ごうか。案内、ありがとうございます。」

 門番に礼を言うと、さっさと港へ向け歩き始める一行。

街自体が小規模で、あまり人間もいない様子が伺える。

 あまり栄えてはいない様で、ちらほらと人がいるがあまり活気はなさそうだ。

「人が少ないのは何故でしょう?ジパングの港町は活気がありましたが……。」

「ここから旅立つ人も、ここに来る人も少ないからじゃないですかね?ソーラレス自体あまり他国との交流は無いって話だったような……。」

 実際の所、ソーラレスから他国に行く人間は極端に少ない。

仏門の布教の為に旅立つ高僧がいたり、他国の文化を学びに行く学者がいる程度だ。

 逆にソーラレスに来る旅人や学者、他国からの干渉や交流も少ない。

鎖国している訳ではなく、交流が少ないだけなのだが。

「取り合えず船に乗ってドラグニートに向かいましょう、どれくらいかかるかわからないけど……。」

「時間はねぇんだ、急ごうぜ。」

 あっという間に船着き場に着いた一行は、船のすぐ近くに立っていた僧に向け声をかける。

「あの、ドラグニートまで行きたいんですけど、ここからで行けますか?」

「はい、ドラグニート行きの船はこちらです。六名様ですので、2ゴールド40シルバーになります。」

「はい、これでお願いします。」

「ではこちらへ、出発の時間まであと少しですので、船内でお待ちください。」

 渡り板の方を僧は差し、そちらに行くようにと伝えてくる。

 一行は渡り板から船に乗り、甲板で出港を待つ。

船の出港時間ぎりぎりだった様で、すぐに渡り板が外される。

「船が出るぞー!」

 船頭の声が響き、蒸気機関特有のシューっという音がする。

蓮が音の方を見ると、船の後ろの方の煙突から、煙が上がっていた。

 ゆっくりと発進する船は、徐々に徐々に陸から離れていった。


「そろそろあっちも移動開始したかな、俺達も行こうか。」

「……。さようなら、エド、ベアト、レジナ。貴方達の事は、忘れないわ。」

「もういいのか?」

「えぇ、弔いは済ませたわ。私は私に出来る事をする、それはこの世界の狂った戦争を止める為に、清華さんを育てる事よ。」

「……。宝玉、持っていかなくていいのかい?」

「この子達のいた世界はここよ、この子達の生きた証は、私が心に留めておくわ。」

「そっか、リリエルさんがそういうならそれでいいんだ。」

「……。行きましょう、ディン君。」

「そうだな。」

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